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第8話 整理券


『駅前のファミレスに例のブツを持って来い』


 そんなメッセージが翔から送られてきたのは、校長先生によるありがたいお話を経て終業式が終わった後だった。

 夏休みが始まると言うことで生徒の熱気は凄まじく、部活やら遊びやらで盛り上がる同級生を尻目に教室をさっさと後にした秀次は翔との待ち合わせ場所に向かった。





「遅かったな秀次、待ちくたびれたぜ」

「……そちらに座っているのは誰?」


 開店したばっかりのファミレスはガラガラで、禁煙席の角席に座る親友が直ぐ見つかる。

 そこまでは良かったが、翔の隣に見覚えのない眼鏡をかけた黒髪ロングの女の子がいるのは全く想定外だった。


 誰とは聞いたものの、雰囲気的に彼女は恐らく翔の今の彼女だろう。

 制服を着ているため学生だとは判断できるか、同級生かどうかは怪しい。

 年下は無いにしても、年上なら今までの経験から十分あり得る。


 前にも事前に知らされず待ち合わせ場所に行ったら、初対面の女の子2人をいきなり紹介された時がある。

 その時は2股がバレて収拾がつかないので仲介役を買って欲しいという何とも行き当たりばったりな頼み事だった。


 自由奔放な親友に振り回されるのはいつもの事だが、女の子関係は大体めんどくさいことと決まっている。

 今日は頼まれたブツを渡すだけだと思ったのに、何だか嫌な予感がプンプンしてきて秀次は思わず後ずさりしてしまう。

 

「とりあえず座れって。例のブツはちゃんと持ってきたか?」

「あ、ああ……。ほれ、先生めちゃくちゃ怒ってたぞ」


 流石にこのまま帰るのは憚られ、嫌な予感はするものの促されるままに翔と謎の眼鏡っ子の反対側の席に座る。


 バックから取り出したクリアファイルを渡すと、翔は中身を全部机に広げて一枚一枚眺め始めた。


「赤点3つ、補修2つ……思ったより大分良かったな」

「想定がどこまで低いか気になるな」

「全科目赤点くらいは覚悟してた」

「俺が言えた事じゃないが、勉強しような……」


 薄茶色のテーブルを埋めるA4の紙たちは今回の期末テストの結果だ。

 見事なまでに真っ白で間違いを示すチェックマークが多い翔の答案は目も当てられない数字が並んでいて、隣に座っている謎の眼鏡っ子も若干引いている。


 秀次も今回、順位を200下げる大失敗を犯したが、翔のこれは次元が違う。

 1、2時間で終わるのに登校するのはダルいと言ってテスト返却日と終業式をサボった翔の答案を預かった時、普段温厚な担任の先生が珍しくキレかけていたのが印象的だった。

 それ程までに翔の成績と生活態度は悪いのだが、本人に反省の色と改善の気持ちがない以上は何を言っても無駄だろう。


「補修はちゃんとでろよ? このままだと留年も見えてくる」

「行けたら行くわ」

「それ絶対行かないやつ」

「冗談だって、俺も進級はしたいし」

 

 どこまで本気でどこまで冗談か分からないのが怖いが、とにかく頼まれた用事は終わった。

 本当は昼飯をここで食べる予定だったが、今日はここで帰るのが得策だろう。

 知らない女の子、しかも翔絡みの女の子と一緒にご飯を食べる何て面倒な未来しか思い浮かばない。


「じゃあ俺はこの辺で……」

「いやいや、ちょっと待てって。お礼がまだだろ」

「お礼なんていいって、最近お前に色々助けられたし」

「いいや、そのお礼はハンバーガーセットで返してもらった。とにかくまだ帰るなよ。せっかくサヨちゃん連れて来たんだから」


 急いで席を立ったところ、翔に後ろからバックを掴まれた秀次は観念して席に戻った。

 お礼、と言うのは単純に気になるが、それは翔の隣に座るサヨちゃんと呼ばれた眼鏡の女の子絡みだと期待というか不安が勝つ。


「初めまして、高校2年生の岩見(いわみ)紗代(さよ)です」

「は、初めまして……樋山秀次です」

「話は翔から聞いてるよ。なんでも凄い美人さんに首ったけなんだって?」

「おい、翔。何勝手に話してるんだよ。他の人に話すなんて聞いてないぞ」

「まあまあ落ち着け。全て秀次の為なんだよ。サヨちゃん、あれ出してあげて」


 やはり年上だった紗代が翔に促されブランド物のポーチから取り出したのは、2枚の小さな紙だった。

 手を伸ばして差し出されたそれを、秀次は手に取って書かれている文字を読む。


「樹元真夜先生サイン会参加整理券……これを俺に?」

「何を言いたいかわかるだろ?」

「綾辻さんを誘えってことだよな……」

「正解。成績届けてくれたお礼と連絡先を自力でゲットした祝いだ。それで夏休みに遊びに誘う口実が出来るだろ」

「翔、お前って奴は!」

「いいってことよ。存分に楽しんで来るがいい」


 親友からの粋なプレゼントに思わず抱き着きたくなるが、そこで隣に座る紗代が目に入った。

 

「そういや感謝するべきは翔なのか……? よく考えたら岩見さんがくれたよな」

「ギクッ」


 わかりやすく狼狽える翔を横目に、ニヤニヤと笑う紗代が口を開いた。


「8月の粉雪に君と笑う、面白かった?」

「あっ、はい。それはとても……って何で俺が読んだことを知ってるんですか」

「あれ、私の本なの。翔経由で樋山君にあげたってわけ。今回の整理券も元々私が行こうと思ってたやつを譲った感じ」

「知らなかった……いいんですか、本当に貰っちゃって」

「いいのいいの。翔がその分色々付き合ってくれるから。ねー、翔」

「あ、ああ……もちろんさ……」


 この感じは何度も見た。

 気の毒だが、翔は紗代と本気で付き合う気はないだろう。


 親友の恋をサポートするために都合のいい趣味を持つ女の子を捕まえた、そんな感じだ。


 ついさっきまで超絶カッコよく見えていた翔が段々と通常のどうしようもないクズ男へと戻っていくのを感じながら、秀次は整理券を手に取って席を立った。


「翔、岩見さん大事にしろよ」

「わかってるって。綾辻さんと仲良くやれよ」

「樋山君頑張ってー!」


 頑張ってほしいのは、これから翔に掌を返されクズな面を見ることになる紗代の方だ。

 

 何だか自分ばかり得をして申し訳ない気持ちになるが、翔が小説と整理券分の付き合いはしてくれることを祈るしかない。


(こうなると素直に翔に感謝できないんだよなあ……。俺に対する優しさを女の子にも見せてあげてほしいよ)


 何にせよ、翔なりに自分の恋を応援してくれているという気持ちはとても伝わってくる。

 背中をこれでもかと言うほど押してくれている親友の期待には応えなければならない。  

 

 陽葵をサイン会にどうやって誘うかを考えながら、秀次はファミレスを後にした。





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