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第7話 連絡先



「樋山君、おはようございます」

「おはよう、綾辻さん」


 地獄のテスト週間を終え、次に秀次が陽葵と顔を合わせたのは採点期間を経た週明けのテスト返却日だった。


 期末試験の採点期間は生徒に休日が与えられ、テスト後の解放感そのままに各自部活や遊びに勤しむことになる。

 秀次はと言うと、部活はそもそも入っていないし、友達がいないわけじゃないがテスト後にボロボロの身体に鞭を打って遊びに行く気は毛頭なかった。

 

 その結果、家から一歩も出ずに死んだように眠るという怠惰な日々を過ごしていたのだが、お陰で陽葵が安心して胸を撫でおろす程には健康体に回復した。


「ふらふらになるまで勉強頑張ってましたけど、自信のほどはどうですか?」

「まあまあかな……綾辻さんは?」

「私もまあまあって感じです。特に頑張ったわけでもサボったわけでもありませんし、中間テストと同じくらいの結果でしょうね」


 淡々と自己分析をしてまだ見ぬテスト結果を予測する陽葵を横目に、陽葵と自分のまままあが同じ意味ではないことを秀次は確信していた。

 出来る奴と出来ない奴のまあまあ基準は違う。

 前者が陽葵で後者が当然秀次だ。

 

 高校最初の中間テストで学年上位を取って余裕をぶっこいていた秀次に期末テストは牙を向いてきた。

 まるで中間テストはお遊びだと言わんばかりに範囲も難易度も大幅にアップした期末テスト相手に徹夜で挑んだ結果はまあまあと言って誤魔化すしかないほど酷いものだろう。

 特に最終日、一夜漬けで挑んだ数学と世界史は膝枕事件で折角詰め込んだ知識が吹っ飛び、凄惨たる結果だった。補習は何とか免れそうなものの、これで学年上位どころか中位も怪しい。


 今後同じことが起きないように、それとなく陽葵に膝枕は今後控えるように伝えたかったが、直接言うとなると中々言いづらい。

 変に意識していると思われるのも嫌だし、厚意でしてくれたことを遠回しに否定するのはためらわれる。


 悶々とどうするべきか悩んでいる間にも陽葵と一緒にいられる5分間は過ぎていくので、とりあえず膝枕事件は保留にしておくことにする。

 

 秀次にとってはそれよりも陽葵に今日話しておきたいことがあった。


「そういえば、俺の学校はテスト返却の次の日に終業式があるんだけど、綾辻さんは終業式いつあるの?」

「麗秀は明後日ですね。テスト返却の翌日は成績下位者の再テストがあります」

「何その恐ろしい制度……」

「別に怖がるほどではありませんよ。学習に付いていけない生徒の苦手分野をあぶりだして、夏休み中の補習を効率よく進めようって試みです。生徒たちも意欲的ですし、私も良い制度だと思います」

 

 口ぶりからして陽葵には無縁の制度らしいが、もし同じ学校に通っていたら確実に再テストを受ける自信がある。

 本来聞きたかったのは終業式の日だったのだが、思わぬところで麗秀のエリートぶりを見せつけられ、危うく驚きで当初の目的を忘れかけてしまう。


「やっぱり終業式の日は違ったか……」

「学校によりますからね。終業式が終わったら夏休み……楽しみですね」


 ポツリと呟いた陽葵の言葉にどこか弱弱しく寂し気な感じがするのは気のせいではないだろう。 

 少なくとも楽しそうな雰囲気は全く醸し出されていない。

 いつもはピンと真っ直ぐな背筋が猫背気味になっており、俯いた顔にかかる長いダークブロンドの髪が何か言いたげな蒼い瞳を隠している。

 

 終業式の日が違うと言うことは、今日が終われば夏休みが明けるまで互いに顔を合わせなくなると言うことだ。

 毎日たった5分間の時間すらも明日から無くなってしまうことになる。

 

 せっかくお喋りする仲に発展したのに、1か月以上も時間が空いてしまうのは片想いを募らせた秀次にとっては何としても避けたかった。


「綾辻さん……良かったら……」

 

 途切れ途切れの言葉に反応した陽葵が顔を上げて秀次の目を真っ直ぐと見つめる。

 隣の席に座る陽葵の顔は見つめ合うととても近く感じられ、否応が無しにその美貌に吸い込まれる。

 

(でも、もしこれで今の関係が崩れたら……)


 そう思うと、採点期間の休日中に何度も練習してきた言葉が続かなった。

 

 相手がどう思っているのかは分からならないが、秀次に取って陽葵との今の関係は赤の他人以上友達未満と考えていた。

 お互い名前を知り、世間話もするようになり、「また明日」と「おはよう」を交わすようになった。

 それでも、友達と呼べる距離感にいるかと言われると疑問が湧く。


 女の子に少し優しくされただけで自分の事が好きなのかと勘違いする哀れな男の子とはまた違うが、ようやく距離が縮まった好きな女の子との距離感を間違えて失敗したくない。

 その気持ちが練習してきた言葉を喉元で詰まらせる。


「どうしたの?」

 

 次の言葉を促すように陽葵が薄く微笑むのを見て、秀次はようやく覚悟を決めた。


 好きな子と仲良くなりたいなら自分から、そんな翔の言葉が脳裏によぎる


 これ以上ぐずってるのは男らしくない。

 夏休み、関係を深めたいなら今ここで言うしかない。

 

「良かったら、俺と連絡先を交換してくれませんか! いや、その、夏休み入ったら会えないし。読書通の綾辻さんにおすすめの本とか聞けたらなーって。あっ、嫌なら全然断ってくれてもいいんだけど、その、本当に良かったら……」


 練習では交換してくれませんか、で終わっていたのに自然と言葉が止まらなかった。

 自分でも今何を言っているのかわからないほどテンパって早口になっているのを感じる。


 失敗したな、そう秀次が思った時だった。

 

「ふふっ」

「なっ……笑うのは酷くないか……」

「ごめんなさい、私と考えてること同じだったからおかしくて……ふふっ。こちらこそ是非、連絡先交換してください」


 クスクスと肩を震わせてまだ笑っている陽葵が革のカバンから取り出したスマホを見て、ようやく秀次は緊張の糸がほどけた。


(考えていることが同じって何だよそれ、可愛すぎるだろ……。やった、勇気出して本当に良かった……)


「樋山君、今凄いだらしない顔してますよ。ほおが緩み切ってます」

「マジかっ、いや、でも綾辻さんも満面の笑みじゃん……」

「えっ、本当ですか!? 気づかなかったです……」

 

 指摘されるまで気づかなかったのか、両手で頬を覆い、高くなった口角を無理やり戻そうとしている陽葵が微笑ましくてついつい笑ってしまう。

 馬鹿にされたのと思ったのか、一瞬抗議の目で頬を膨らませた陽葵もまた秀次につられて笑いだす。


「まもなく桐山町ー桐山町ー。お出口は左側です」


 アナウンスに急かされ、互いにトークアプリを起動してスマホを上下に振るとマッチングを知らせる振動が鳴った。


「テストの結果が良いことを祈っていますよ。……また今度、ですかね」

「そうだな……また今度」


 これから先、夏休みが始まって毎日5分の関係は暫く無くなる。

 「また明日」ではなく「また今度」。


 その「また今度」が夏休み後になるか夏休み中になるか。

 

 新しい友達欄に追加された綾辻陽葵の文字が秀次の心を躍らせた。


 







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