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第5話 おはよう



「樋山君、おはようございます」

「おはよう綾辻さん」

 

 今日も変わらず虹橋駅で電車の乗り込んできた陽葵が当たり前のように秀次の隣に座る。 


 あの日から2人の距離は物理的にも精神的にも一気に近づいた。

 

 何といっても、月曜日の朝にあったことを事細かく伝えた後、放課後デート返上で熱心に女の子との話し方をレクチャーしてくれた翔の存在が大きい。

 最初こそガチガチに緊張して噛みまくってたものの、徹夜してまで読み込んだ甲斐あって小説に対する感想批評で会話は自然と盛り上がり、今では大分仲良くなれたなと感じられる。


 その証拠が一日前に小説の話が尽きたにも関わらず、当たり前のように交わされた「また明日」と「おはよう」の言葉だった。


「いよいよ来週から期末テストですねー。樋山君は対策ばっちりですか?」

「うーん、ぼちぼちかな。あまり自信ないかも。綾辻さんも来週からでしょ? 麗秀のテストってめちゃくちゃ難しいイメージあるけど……」

「そんなことないですよ。多分、他の学校と比べてそんなに変わりありません」

「高1から大学受験レベルの勉強してるって噂はやっぱりデマカセか」

「誰がそんな噂流したんですか……。と言うより何で樋山君ちょっと信じてるの」


 コツン、と横から肘でわき腹を小突かれて隣を見ると、碧眼の美少女が不満げに少し頬を膨らませている。

 超エリート学校に通うお嬢様もハードルをむやみに上げられるのは嫌らしい。

 間違っても好きな子に機嫌を損ねられたくないので、秀次は両手を合わせて直ぐに謝罪のポーズを作る。


 傍から見たら恋人まではいかなくても、少なくとも友人には見える仲睦まじい姿。

 

 それは秀次が翔との猛特訓のおかげで陽葵と自然体で会話できるようになった賜物だろう。

 秀次と同じく最初は緊張気味でどこか他人行儀な接し方だった陽葵も毎日5分を重ねていく内に笑顔が増え、様々な表情を見せるようになっていた。


 今も秀次が一瞬で謝罪体勢に入ったのが面白かったのか、肩を震わせて愉快そうに笑っている。

 上品に手で口元を隠しているのが育ちのいいお嬢様感がますます出ているというのは黙っておいた方がいいだろう。


 学力の件もそうだが、陽葵は基本麗秀学院の生徒ということで持ち上げられるのを好まない。

 もっと広く言うと、お嬢様いじりが余り好きではないらしい。

 ここ一週間で何度か陽葵の表情に影が差したのは、決まって麗秀関係の話をした時だった。


「私だって普通の女子高生、JKなんです。こうして電車にも1人で乗れますしね」

「それは果たして普通の指標になるのか……?」

「えっ、普通ってこういう事じゃないんですか」

「少なくとも今のは小学生の自慢レベルだな」

「……ちょっと馬鹿にしてません?」

「いや、別にそんなつもりはない。断じてない。絶対ない」

 

 またしても肘を構えて小突く姿勢を見せた陽葵を前に慌てて訂正を入れると、首を傾げて疑いの目線を向けながらも矛を収めてくれた。


 陽葵はお嬢様いじりを嫌うのと隣り合わせで普通であることを好む。

 何かと自分が普通であることをアピールしてくるが、そのどれもが一般的な普通とズレているがまた陽葵の育った家庭のレベルを感じさせる。


 本来リムジンや外国産の高級車が登校手段のはずなのだが、陽葵がこうやって公共の電車に乗っている理由も普通という言葉が関係している様に思える。

 

 色々と気になる所はあるものの、一週間前にようやく知り合えた初恋の女の子相手に、わざわざ地雷を踏みに行こうとは思わない。


 なぜお嬢様扱いを嫌うのか。なぜ普通に執着しているのか。そういった踏み込んだ事はいつか陽葵が話してくれるまで待とうと秀次は決めていた。


(もしくはなんでも話せる仲になれた時かな……っていつになることやら……)


「ご乗車ありがとうございました。桐山町ー桐山町ー。お出口は左側です」


 聞き慣れた若い車掌さんの声が車内に響き、ドアがゆっくりと開く。


「それじゃあ、また明日……って次は月曜日か」

「そうだね、日曜はテストに向けて勉強しないとです。また明日……お互いテスト頑張りましょう樋山君!」

 

 いつか恋仲になりたいと強く願う一方、今は初恋の女の子が5分間隣にいる、それだけで秀次は満足だった。


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