第52話 君が桜色に染まる時①
「お待たせしました」
駅のロータリーでそわそわと落ち着かない様子で立ち尽くしていた秀次の背後から、鈴を転がすような声が聞こえた。
驚いて振り向くと、太陽の様に眩しい笑顔を浮かべる陽葵の姿が目に入る。
「もしかして、その服……」
「そのもしかしてです。 ……似合っているでしょうか?」
陽葵が小さく首を傾げて、上目遣いで秀次を見つめる。
その可愛らしさに目を奪われてしまいそうになるのを何とか耐えて、秀次は陽葵の着ている服に視線を向けた。
クリーム色のリブタンクにテーラードジャケットを組み合わせたトップスに、真っ白なチュールスカートを合わせた秋にぴったりのコーデ。
大人びた美しさと幼さの残る可愛らしさ。相反する二つのイメージを内包する洋服は間違いなく、陽葵と初めてデートをした時に買ったものだった。
「やっぱり女神だ……」
「ふふっ。少し恥ずかしいですが、ありがとうございます」
鬼に金棒、虎に翼、陽葵に洋服。
芸能人顔負けの整った顔立ちをした陽葵がその美貌を完璧に引き立てる洋服を着るとなると、彼女を表す表現は秀次の乏しいボキャブラリーの中にはもう女神くらいしか残っていないのだ。
そんな陽葵の美貌に惹かれ、道行く人が無遠慮にジロジロと見つめてくる。
本人は視線を感じていないのか全く気にしていない様子だが、この視線を放っておけないのが秀次の彼氏としての性だった。
「……移動しようか」
秀次が声を掛けて歩き出すと、コクリと頷いた陽葵が後をつけた。
自然に互いの手が合わさり、指と指が密接して絡まり合う。
「今日見る映画って陽葵が一番好きな小説が原作なんだよね」
「そうなんですよ! 『君が桜色に染まる』はもう本当に最高で……」
「陽葵ってこの話になるとテンションが一気に高くなるよね。そんなに好きなの?」
「もちろんです! 私の人生のバイブルと言っても過言ではありませんから」
「これは映画への期待が高まるな」
その期待は絶対に裏切りません、と製作者側の様なことを言う陽葵の表情はいつもに増して明るい。
今思えばこの映画に誘われた時からずっとこんな調子だった気がする。
『再来週の日曜日に映画を見に行きましょう!』
何でも、このお誘いメールを打つ前から陽葵は前売り券を買っていたらしい。
秀次が陽葵の誘いを断ることは万が一にも、絶対に有り得ない事を踏まえても先急ぎ過ぎた行動だ。
普段は冷静で落ち着いている陽葵がここまで楽しみにしている映画となれば相当面白いのだろうと、秀次の心の中で今回の映画に対するハードルはとても高く設定されていた。
そして映画館に向かう間、陽葵が『君が桜色に染まる時』の作者である樹本真夜先生の話を何度かする度に、更に数段階ハードルの高さが上がるのだった。
???「お待たせしました」
久しぶりの「ピュア甘」アフターエピソード更新です。
今回のお話は大分短めとなっておりますが、本編で回収しきれなかった伏線の詳細が明かされます。
明日も投稿するのでお楽しみ!
そして、後書き欄を借りて「ピュア甘」の読者様にお知らせです。
この度『氷の令嬢の溶かし方~隣に引っ越して来たクールで素っ気ない美少女が少しずつ心を開いて可愛くなっていくお話~』という新作の連載を始めました。
内容は「ピュア甘」に負けず劣らず、じれじれ甘々の純愛ものとなっております。
よろしければ私のマイページ、または下記のリンクから新作を読んでいただけると嬉しいです。
https://ncode.syosetu.com/n2567fv/
今年度、最後の新作になります。
是非とも、ブクマ評価感想などで応援よろしくお願いします!




