第51話 初デート④
「秀次君、そんなに落ち込まなくても……」
「いや、落ち込ませてくれ。そして、ファッションセンスどん底の俺を馬鹿にしてくれ……」
「そ、そんなに酷くなかったですよ! 全部、何て言うんですかね。とても個性的で私は好きでした」
「うっ、今はその優しさが痛い……」
一時間前、意気揚々とオシャレな洋服店に突入していった秀次は何処へやら。
ちょっとした休憩スペースとして設けられているショッピングモールのベンチに座る秀次は、肩をがっくりと落として何度もため息を吐いていた。
その長く深いため息の原因は不平不満や呆れによるものではない。
矛先は自分自身への不甲斐なさと情けなさに対してだった。
幾つかの店を回り、幾つかのコーデを揃えた。
その全てに陽葵は笑顔で可愛いやら素敵やらと好印象を示してくれたが、どこか素直に評価を受けて折れない自分がいた。
それに何やら店員さんや、他のお客さんにも目を向けられている気がしていた。
その視線はいつもの様に陽葵に向けられる羨望の眼差しや、美しく可愛らしいものを見る目ではなく、どちらかというと面白いものを見る感じだ。
秀次は嫌な予感がして、一度店を出て携帯で検索をしてみた。
もしかして:ファッション タブー
嫌な予感は的中していた。
それはもう限りなく小さな的に百発百中で当たっていた。
秀次が選んだ全身コーデの数々はものの見事に全てのタブーを射抜いていたのだ。
ここまで来るともはや才能と言ってもいいだろう。
かくしてファッションセンス皆無の烙印を自らに押した秀次は凹みに凹んでいた。
何も自分のセンスの無さを単純に嘆いているわけではない。
せっかく陽葵にダサくてもいいから服を選んで欲しいと大分ハードルを下げて頼まれたのに、その低いハードルさえ飛び越えられない事が秀次を極限まで落ち込ませていた。
「……じゃあ、こういうのはどうですか?」
そんな勝手に落ち込んで勝手にどんよりとした秀次に、優しく手を差し伸べたのはやっぱり陽葵だった。
「私が服を選んで、秀次君には審査員をして貰うんです」
「……俺が審査員?」
「はい。何も難しく考えないで良いです。その場で思ったことをパッ、と呟いて貰えればオッケーです」
「そんなんでいいの?」
「もちろん、きっととっても上手くいきますよ」
何故か自信満々の陽葵の提案に秀次は頷くしかない。
陽葵が服を選び、秀次が一言述べる。
寧ろ最初からこの形式の方が良かったとさえ思う。
ファッションどうこうの前に、思った感想を言うだけならいくらセンスがない秀次でも出来るだろう。
「それじゃあ、早速あそこのお店に入りましょう」
「わかった、今度は任せてよ」
大きな二つの誤算を背負っていることに気づかないまま、秀次は再びオシャレな空間へと身を投じた。
ベージュのカーディガンにリブニットソーのワイドパンツ。
「いいね、秋っぽくて可愛いよ」
白地のタンクトップにシア―スリーブオーバーシャツを重ね、ボトムスは桜色のジョーゼットパンツ。
「す、凄く良い。モデルさんかと思った」
ケーブル網のVネックニットにブラウンのアコーディオンプリーツスカート。
「めちゃくちゃ良い。そう、言うならば……大人っぽい雰囲気で最高」
「ありがとうございます。では次の服を着てきますね」
「一応聞くけど、本当にこれでいいのか? ここまで結構自信ないんだけど」
「いえいえ、このままでいいんです。秀次君はそんまま思った通りの言葉を私に伝えてください」
「陽葵がそう言うならわかった……」
若干腑に落ちていない秀次と、何やら満足そうな陽葵。
対照的な構図が形成されているのは、秀次が直面した二つの誤算によるものだった。
まず一つ目はたった今、ニコッと秀次に笑い掛けた陽葵が身を翻して向かった場所にある。
電話ボックス程の大きさの個室はカーテンで仕切られていて、陽葵はその分厚めの布の向こうに消えていった。
他にも幾つか同じようなスペースが横並びになっていて、男女問わず多くの人がその中に一人ずつ入っていく。
「まさか試着するとはね……」
確かに服を選んで上から当てるのと、実際に着て見るのとでは大きな違いがあるだろう。
一般的には試着して買うのが寧ろ当たり前。
しかし服選びに関心ゼロの秀次は試着の概念がすっかり頭から抜け落ちていて、突然始まった陽葵によるファッションショーにかなり動揺したのは言うまでもない。
陽葵の着替えを待つ時間は周りの目と、カーテンの奥から聞こえてくる様々な音で秀次の思考をかき乱した。
暫くガサゴソと物音がした後、少しの間無音の時間が続き、やがてブラインドの役割を果たしているカーテンが勢いよく開いて陽葵が姿を現す。
最初に目に飛び込んできたのはクリーム色のリブタンクにテーラードジャケットを組み合わせた秋色の統一感あるコーデ。
そのまま目線を下に落とすと、真っ白なチュールスカートが華やかに広がっていた。
シフォンとオーガンジーの上にチュールを重ね、ふわふわのボリューム感に溢れるスカートはウエスト部分にデニム要素が取り入れられていて美しいシルエットを作り出している。
「どうでしょうか」
陽葵が少し伏し目がちに感想を求めてくるのを、秀次は無言で受け止めた。
思わず目を奪われ、見入ってしまう存在感。
先程の大人びたコーディネート違い、どこか可愛らしい。それでいて、大人っぽさも残す美しさ。
陽葵の素材の良さとも合わさって、その姿は芸術作品の様に絵になっている。
この素晴らしさを言葉にして表したい。
陽葵に今の気持ちを正確に伝えたい。
「女神……」
結果、秀次が震える声でようやく絞り出したのは女神の一言だった。
「め、女神ですか?」
「ああ。女神、それ以外形容しがたい」
「それは誉め言葉として受け取っていいんですかね?」
「もちろん。今日一番良いって事だから」
「女神にそんな意味が……ありがとうございます。とても嬉しいです」
元の服に着替えてきますね、と言い残して陽葵は再び試着室へと戻っていった。
表情はニコニコと太陽の様に眩しい笑顔が絶えず、上機嫌な様子が見て取れた。
きっと自分の言葉に陽葵は一喜一憂してくれているのだろう、と秀次は若干の自惚れを自覚しながらも恋人感なるものを感じていた。
秀次の誤算二つ目、驚くほどに貧相なボキャブラリーによる残念な誉め言葉にも陽葵は心底嬉しそうに微笑んでくれた。
最後など頭の中では無数の誉めポイントを浮かべていたのに、伝えたいことが多すぎた結果、ようやくの想いで言語化したのは女神の一言だ。
これには流石の陽葵も戸惑っていたが、補足説明をすれば太陽の様な眩しい笑顔を返してくれた。
彼氏としてこれ程嬉しいことは無い。
まさに理想の彼女、女神そのもの。
秀次は陽葵の着替え及びお会計を待つ間、一人幸せを噛み締めていた。
「お待たせしました」
「随分買ったね。結局どれにしたの?」
「秀次君が褒めてくれた服全部です」
「ぜ、全部!? それってつまりは……」
「試着した服全部ですね」
さらっと言ってニコッと笑った陽葵に買い過ぎじゃないか何て野暮なツッコミをすることはとてもじゃないが秀次には出来なかった。
二人で店を出た時にはまだ外は明るく、時間に余裕があった。
その為満場一致、と言っても二人のみだが、両者文句なしで暗くなるまで遊ぶことを決めた。
ゲームセンターでエアホッケーをしたり、プリクラを撮ったり。
フードコートでアイスを食べたり、他のお店を覗いてみたり。
遊び疲れてショッピングモールを出ると、もう辺りはすっかり夜になっていた。
月明りと街頭に照らされた夜道を、二人で手を繋いで歩く。
買い物袋は陽葵の抵抗を押し切って、秀次が全て持ち運んでいた。
しっかりと車道側を歩くことも忘れない。
「何だか彼氏っぽいですね」
「彼氏っぽいって、俺は実際に陽葵の彼氏なんだけど……」
「ふふふ、確かにそうでした。秀次君は私の彼氏です」
楽しそうに隣で笑う陽葵を見て、秀次もつられて笑いだす。
閑静な夜の街に幸せの音が響き渡った。
これにて初デート編完結です。
不定期連載ですが、次回は君が桜色に染まる時編です。
聞き覚えがあるって?
さて、何が語られるのかお楽しみに!




