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第48話 初デート①


 秀次と陽葵が付き合い始めてから二週間と少し。

 実に様々な事があった夏休みを懐かしむ間もなく、始業式を迎えて学校が始まった。

 

 長い休みを満喫した後の学校というのは何とも言えない気だるさがあり、全体的に身体が重い。

 秀次は早めに終わらせていたので心配なかったが、他の生徒の大半は夏休みの宿題を終わらせるよのに必死なようで、学校が始まってからは毎朝死にそうな顔で登校してきた。

 中には学校を休むという強気の手段に出る生徒もちらほらと見られ、その筆頭が何を隠そう秀次の親友、佐久間翔だった。


「おーい、翔! 来たぞー、おーい! 翔ー?」

「ふがっ……」


 放課後に最寄り駅前のファミレスに赴けば、奥の角席に親友が机に突っ伏している姿が直ぐ見えた。


 耳元で声を掛けても反応は鈍いし、目は虚ろだ。

 だらしなくよだれが垂れているし、何なら机にも水たまりが出来ている。

 これは確実に寝落ちをした証拠だ。


「ふぁああああ…………あれっ、秀次? なんだ、まだ夢か……」

「夢じゃねーよ。おい、二度寝を試みるな。……もしかして、今までずっと寝てたのか?」

「……いいや、ちょっとだけだよ。ほんの数時間くらい」

「たっぷり熟睡してんじゃねーか! ヤバいぞマジで、明日最終提出期限だって言うのに……」


 翔を揺さぶりまくって現実世界に引き戻しながら、机に視線を移すと一面に白紙のプリントが広がっている。

 その光景を見るだけで、軽く眩暈を覚えるくらいだ。

 プリントは数字が書いてあるものから、ぎっしりと文章が敷き詰めてあるものまで種類は様々。

 それらの共通項を一つ上げるとすれば、全てが夏休みの宿題ということだろう。


「なあ翔、確認の為にもう一度言うけどさ。ここにあるプリント全部明日までに提出しないと留年するからね」

「……そうだっけ」

「翔は出席日数とか定期テストでもろもろ目を付けられてるからね。割と本当にギリギリ」


 もちろん留年と言うのは嘘だ。

 夏休みの宿題が未提出で留年確定とは当然ならない。


 しかし、本当にギリギリと言うのは真実だ。

 出席日数が足りなければアウトだし、定期テストもこのままの成績だとアウトになる。


 そもそも、元々翔は勉強が出来る人間なのだ。

 それこそ中学受験では秀次が教えられる側だった。

 こんな夏休みの宿題ごときで留年する玉では本来無い。



「だからこそ、夏休みの宿題を出して少しでもアピールしないとヤバいんだって」

「……明日までに終わるかこれ」

「終わらせるんだよ。ほら、早速やるぞ」


 本当は絶対にしてはいけない事なのだが、秀次は翔の向かい側の席に座って乱雑するプリントの中から適当に一枚を手に取った。

 そして、白紙の指名記入欄にサンプルを横目にしながら佐久間翔と書いていく。


「翔には色々とお世話になったからな。夏休みの宿題の肩代わりくらいお安い御用だ」

「恩に着るぜ秀次……」

「いや、今まさに俺が着た恩を返してるんだけど……」


 陽葵と付き合えたこと、そしてその後の事。

 とにかく最近お世話になりっぱなしだった翔に少しでもお返しする為に、秀次はひたすらペンを動かしていく。

 

 英語に数学、現代文を解いてまた英語。

 僅か一時間でかなりの量をこなしていく。

 それもそのはず、二人係で集中して答えを映し続けているのだ。

 机に散らばっていた白紙のプリントは段々と減り始め、既に半分弱は終えたようだった。


「そういえば、綾辻さんとあれから何の進展も無いの?」

「……なんのことだ?」

「とぼけるなー。親がいない状態でお泊りして全く手を出さなかったあたり秀次らしいけど、もうキスくらいはしたっしょ? ほら、デートは何回かしてるだろうし……」

「……口を動かす暇があったら手を動かせ」

「秀次のけちっ! 俺は聞く権利があると思います!」


 集中力が切れたのか、終わりが見えて安心したのか。

 翔がペンを置いて憎たらしいニヤニヤ顔で絡んで来る。


 冷たくあしらっても、しぶとく抗議してくる翔の言い分は半ば強制だ。

 翔は確かに陽葵とのあれこれについて聞く権利がある。

 一度興味を持って聞かれてしまえば、翔にこの件で恩を感じている秀次に断る術はない。


 実際、お泊りをした日の事は耳に穴が出来るんじゃないかと思う程しつこく聞かれた。

 断じて何もしなかったと、清廉潔白をアピールしても翔は中々信じてくれなかった。

 信じるどころか、またまた冗談でしょと言った感じで馬鹿にしてくるほどだ。

 貞操観念が百八十度違う親友が結局納得して落ち着いたのは、秀次だからと言う謎の理由だった


「キスどころか、まだデートすら一度もしてないよ」

「……は?」

「そんな理解できないみたいな顔すんな。ほら、陽葵は家のことを整理する必要があったし。それに新学期始まってお互い忙しかったからさ」

「言い訳だろそれは! いつまでヘタレ野郎なんだよ秀次! ようやく付き合ったなら、自分から積極的に誘えや!」

「えっ、そこまでキレる案件なのこれ……」

「携帯を出せ携帯を! 今すぐ週末デートに誘うんだ!」

「待て待て待て、いくら何でも急すぎる! こういうのは順序と気持ちが大事で……」


――ピロリン


「……何だ? メールか?」

「多分そう。誰からだろ……」

「おい、秀次。急に黙ってどうした。それに言っちゃ悪いが顔が大分キモイぞ。緩みまくってる」


 キレモードから貶しモードに移行した翔の言葉が飛んでくるが、秀次は携帯の通知欄に表示された文字に意識を奪われ全く聞こえてなかった。

 キモイと言われるほどに顔が緩んでいるのも無意識だ。

 とにかく全ての意識がメッセージアプリの一番上、たった今メッセージが届いたことを知らせる綾辻陽葵の文字に集中していた。


『秀次君、週末って空いていますか?』


 即既読はあまり好まれるものではないらしいが、そんな考えを脳裏に浮かべる暇もなく秀次はトーク画面を開いて文字を入力する。


『特に何も予定はないけど、どうして?』

『服を買い為にショッピングモールに行こうと思っているのですが、出来れば秀次君と一緒に行きたいなって。男の人はあまり気乗りしないと聞きますがどうでしょうか……』

『行く。絶対行く』

『良かった、とても嬉しいです。秀次君とお出かけするのは久々だから今から凄くワクワクします』


 画面から伝わってくる陽葵の笑顔に、秀次は思わず頬が垂れそうな程だらしない表情を晒す。

 翔が目の前にいることや、そもそもファミレスと言う公共施設の中にいることなどは頭の中からすっかり抜けていた。


 週末に陽葵とお出かけ。

 それも、恋人同士なって初めて。

 つまりこれは初デートだ。


 次々に頭に浮かぶ魅力的なワードに、秀次の胸は直ぐに幸せな気持ちでいっぱいなる。


「おい、おいってば! おーい! 秀次、いい加減に現実世界に戻ってこい!」

「……陽葵と週末、デートすることになった」

「何言ってんだお前。そんなタイムリーな事が起こるわけ……マジで?」


 翔に陽葵とのトーク画面を見せてから、週末に向けた作戦会議が始まるまではものの一分もかからなかった。

 当日の服装や恋愛面でのアドバイスなど、話の種はいつまでも経っても尽きることが無い。

 一時間、二時間と飽きることなく二人は協議に協議を重ねた。

 

 そして本来の目的、夏休みの宿題の存在に秀次が再び気づいた頃には空がすっかり暗くなっていた。

 

 


いきなり投稿、秀次と陽葵の初デート編!

ついにアフターエピソード連載スタートです。

内容としては最終第47話の前に起こった出来事を追っていく感じです。

基本的には不定期で投稿していきますのでよろしくお願いします。

秀次と陽葵、恋人になった二人の今までより一層ピュアピュアで甘々な恋物語をお楽しみに!



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― 新着の感想 ―
[良い点] 見尽くした感があったのですが、久しぶりに良作に出会えたと思います。ネット小説にありがちな冴えない主人公がモテて周りに嫉妬されるとかではなく、当人同士だけの純愛で、しかもライバルとかなしにこ…
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