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第43話 告白


 月明りに照らされ、キラキラと光る水面の上を陽葵と手を繋いでゆっくりと歩く。

 実際に水の上を歩いているわけでは無く、あくまでも橋の上をだ。

 しっかりと握られた互いの手を中心に、秀次は前に、陽葵はその背中を追いかけた。


 左側を見れば川を挟んで2つの暖かな光が見えた。

 片方はお祭りの光、もう片方は住宅街の光だ。

 

 夜空には相変わらず美しい花火が打ちあがっている。

 その更に向こうにはどこまでも続く水平線が広がっていた。


 あれから長い沈黙があった。


 大分遠くから届く花火の破裂音に真下を流れる涼し気な川の音。すぐ隣の車線を走る車の走行音やアスファルトの地面を歩く自分たちの足音も全てはっきりと聞こえた。

 耳を澄ませば低く吹き付ける風の音すらも聞こえてくる。

 そのまま目も閉じてみると騒がしく脈打つ心臓の鼓動まで聞こえてきた。


 いつの間にか陽葵の手の震えは止まっていた。


 繋いだ手を離すべきか迷い、掌を広げて力を緩めてみる。


 陽葵は何も言わなかった。


 代わりにギュッ、と力強く手を握られた。


 心臓の鼓動がまた早くなる。


 秀次は再び優しくそっと陽葵の手を握り返した。

  




 長い沈黙を破ったのは陽葵の方だった。

 

 長い長い橋の4分の1を過ぎた辺りで、鈴を転がすような聞き心地の良い声が背後から聞こえてきた。


「きっと全て、佐久間君から聞いているんですよね」

「全部、かは分からないけどある程度は。綾辻さんが父親から酷い扱いを受けていたのは教えてもらった。それと、綾辻さんと翔が知り合いだったってことも」

「……今まで色々と隠していてごめんなさい」

「綾辻さんが謝ること何てないよ。寧ろ、俺の方こそごめん。綾辻さんの事、何も気づけなかった」


 秀次か翔から聞いたのは陽葵が置かれていた家庭環境と、2人の出会いの初めの方だけだった。

 相談という形で陽葵の抱えている問題を知ることになった、と翔には前置きされた。

 当然、翔の配慮で陽葵が秀次に抱いている感情のことは伏せられている。


 だから、秀次の心はふつふつと沸き上がる怒りの感情のみで支配されていた。

 それは誠に向けられるものでもあり、自分自身に向けられるものでもあった。

 時々陽葵が見せていた暗い顔、あの影を差した悲しい表情を思い出せば、どうしようもない後悔の念に苛まれた。


「どうして樋山君が謝るんですか」

「それは……」

「樋山君は優しい人ですから色々と思うところがあるのかもしれません。けれど、樋山君はこうして私を助けてくれたじゃないですか。だから、ありがとうございます。樋山君が来てくれて私、本当に嬉しかったです」

   

 繋いだ手から肌の温もりと柔らかな感触に加え、言葉に出来ないじんわりとした暖かさが伝わって来た。

 再び雪崩れ込んできた怒りの感情がすっと消え、代わりに心が満たされるのを感じる。


 また一段と心臓の鼓動が早くなった。





 橋の中心に差し掛かろうとしたところで今度は秀次が沈黙を破った。


「そういや綾辻さん。何か俺に聞きたいこと無い? ほら、バイト帰りの電車の中でもそうだったけど、俺ばっかり綾辻さんのこと聞いてて不公平かなって」


 正直、自分で言っていて意味が分からなかった。

 口に出してから後悔する。

 もっと気の利いた話題があっただろうに。

 残念ながら一度出した言葉を取り消すことは出来ない。


 三度沈黙が訪れた。


 質問を考えてくれているのか、それとも意味不明すぎて無視されたのか。

 

 どちらにせよ、意味不明な話題を振ってまでもとにかく沈黙の状態を避けたかった秀次としては最悪だった。

 

 これでは心臓の鼓動が陽葵に聞こえてしまう。


 そう思う程に、胸の中心は騒がしく暴れまわっていた。

 

「それじゃあ、お言葉に甘えて。1つだけ聞いてもいいですか」

「もちろん。何でも聞いて」


 ありがたいことに三度目の沈黙は長くは続かなかった。

 どうやら陽葵は質問を真面目に考えてくれたらしい。

 会話が始まることに胸を撫でおろしながら、陽葵に質問を促す。


「大切な人、ってどういう意味ですか」


 四度目の沈黙が訪れる時だった。


 心臓が暴れ馬の様に目まぐるしく駆け回る。


 もはや花火の音も、川のせせらぎも、車の走行音も、自分の足音も、何もかも聞こえなかった。

 

 まるで世界に最初からその音しか存在しなかったかのように、ドクンドクンと脈打つ心臓の鼓動に意識が吸い込まれる。


 大切な人、その言葉に含まれる意味など1つしかない。


 最初に止まったのは足だった。

 それから次に息が止まる。

 最後には緩やかに心臓が止まろうとする。


「……樋山君?」


 いきなり立ち止まった事に驚いたのか、はたまた念の為に生死の確認をしたのか。

 陽葵から名前を呼ばれた。

 その呼びかけで再び生命活動が再開される。


「綾辻さん。俺の気持ち、聞いてくれますか」


 自然と胸の内から沸き上がった言葉を紡ぎ、ゆっくりと振り返る。


 そこには長い間想い続けた初恋の女の子がいた。


 華奢で小柄な、それでいてしっかりと起伏のある身体は、白を基調にした花柄の浴衣に包まれて美しさが際立ってる。

 腰まで伸びるダークブロンドの髪は今日はうなじ付近で纏められていて、その小ぶりな整った顔には控えめに薄化粧が施されてた。

  

 橋の中心で陽葵と対面し、改めてその姿を見れば今日まで秘め続けていた気持ちが一気に溢れかえる。

 もう想いを止めることはできなかった。


 長いまつ毛から覗く、海の様に深い蒼色の瞳を真っ直ぐ見据える。


 陽葵は最初、驚きの表情を浮かべていた。

 ゆっくりと目を伏せて、何かを考える素振りを見せる。

 何度か目を合わせては逸らし、合わせては逸らしをくり返し、忙しく視線を彷徨わせた後、頬が段々と桜色に染まり出した。

 やがて口をもにょもにょと動かして、それからようやく目線を合わせてくれた。


 上目遣いでこちらを見てくる陽葵はやっぱりとても可愛かった。

 

 外見も内面も素敵な陽葵が好き。

 ころころと豊かに表情を変える陽葵が好き。

 どんな時でも優しく大らかな陽葵が好き。


 そして何よりも、陽葵の笑顔が大好きだった。

 

「俺は綾辻さんの事が好きです。大好きです。……だから、綾辻さんの事を大切な人と言いました」


 陽葵は実に様々な表情を見せた。

 顔は真っ赤に染まり、目は泳ぎまくっている。

 それでも最後は優しく、柔らかく、朗らかな笑顔を見せた。


 秀次が一目惚れをした、陽葵の大好きな笑顔だった。


「私にとっても樋山君は大切な人です。そしてたった1人の、私が初めて恋をした大好きな男の子です」


 驚きと、喜びと、困惑と、興奮と。

 胸の中心でいくつもの感情が混ざり合う。


 それでも最後は頬が、心が桜色に染まっていた。





 橋の中心を2人で手を繋いで歩いた。

 ついさっきまでと見た目は何も変わらない。


 それでも沢山の変化があった。


 心臓の鼓動が互いに聞こえてしまうほど、早く大きく動いてること。


 繋がれた手の形が、絡み合う指の形が違うこと。

 

 そして、2人の想いが通じ合ったこと。

 

挿絵(By みてみん)


 この日、樋山秀次と綾辻陽葵は恋人になった。


 

第43話を最後までお読みくださった皆様ありがとうございます。


これにて長きに渡った花火大会編は完結。

そして秀次と陽葵のピュアピュアで甘々な恋物語にも1つの区切りがつきました。


この後の更新についてや、素敵なイラストについてなど話したいことは沢山あるのですが、長くなりそうなので活動報告に書かせて頂きたいと思います。



物語はまだ少し続くので、これからも「ピュア甘」をよろしくお願いします!

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