表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

43/54

第42話 決別



「綾辻さん!」

「樋山君!」


 伸ばした手に仄かな温もりと柔らかい感触が加わる。

 繋がれた手をしっかりと握り、そのまま優しく、それでいて力強く引き寄せる。


 作戦は上手く行った。

 翔が車を止めるために飛び出すと言い出した時は危険すぎると止めようとしたが、頑なに拒む親友を前に妥協した。

 無理は絶対にしない、そう約束して見守ることにする。


 一方で秀次に課されたのは停車した車から陽葵を連れ出すことだった。

 専属の使用人がいるということで、邪魔されたらどうしようかと思ったが運が良かった。

 陽葵が座る後部座席には誰も居らず、手を伸ばせば名前を呼んで応じてくれた。


「そのまま逃げろ秀次!」


 屈強なガタイをしたサングラスの男と取っ組み合っている翔に促され、陽葵の手を握ったまま駅の方向に向かって歩を進めようとした時だった。


「待て」


 バタン、と勢いよくドアが閉まる音と共に低く冷たい声が背後から投げかけられた。


 待て、と言われて大人しく待つ筋合いはどこにも無い。

 そのまま陽葵の手を引っ張り、駅の方面に走り出す。


「待てと言っているだろう! おいお前ら、何をボサッとしてるんだ! 早くあいつらを捕まえてこい!」


 今度は怒りの感情を伴った怒声が聞こえてきた。

 振り返ると運転手席から大柄の男が降りてくるところだった。

 翔はまだサングラスの男と戦っていて車の進路を塞いでいるが、流石に2人を引き付けることは出来ない。


 このままだと追いつかれてしまう。

 

 どうするべきか僅かな時間で考え、陽葵は先に行かせ、翔と一緒に自分は時間稼ぎをしよう。

 そう思い、繋いだ手を緩めようとした時だった。

 

――キキィィィィィィイ


 物静かな夜道を眩しいヘッドライトが照らし、耳障りなブレーキ音が辺りに響き渡った。

 その場に居た全員が足を止め、新しく乱入してきた車に視線を向ける。


「おいおい緊急だっつーから呼ばれてきてみれば、結構大変なことになってるじゃねーか。あれっ、しかも秀次君と陽葵ちゃんもいるじゃん。みんなしてどうしたのさ。仲良くお手手つないじゃって! お兄さん嫉妬しちゃう!」

 

 運転席から出てきたのは、誠が従えている黒服に負けず劣らずの体躯を誇るスキンヘッドの男だった。

 背中に祭の文字がプリントされた法被とねじり鉢巻きという普段見慣れた姿じゃなかったために一瞬判断が遅れたが、白い歯を覗かせて何が面白いのかガハハハハと豪快に笑う筋肉マッチョの男は海の家「はなび」の店主、土尾大地だった。

 

 張り詰めた緊張感をぶっ壊して現れた大地の登場に驚きと困惑が半分半分だったが、翔は待ってましたとばかりに顔を綻ばせた。


「ナイスタイミング、大地おっちゃん! とりあえずそこの黒服止めて!」

「了解っと……って大地お兄さんと呼べと言ってるだろ翔! 後で何があったのかきちんと説明してもらうからな! それと、折角の花火デートを邪魔にしたお代はでけえぞ?」

「わかってるわかってる! 夏終わるまでバイト手伝うってのでどうよ」

「乗った。こき使ってやるから覚悟しろよ!」


 大地が来てからというもの、形勢が変わったのはあっという間だった。


 秀次と陽葵の前に立ち塞がるようにして陣取った大地に、誠からの命令で勇敢にも挑んでいった黒服は2人とも瞬殺された。

 バイト2日目か3日目あたりに、クミから大地は昔相当やんちゃだったと教えられていた意味が分かった気がする。

 店員も客も巻き込んで笑いを引き起こす大地は今でもかなりやんちゃに見えたが、どうやらやんちゃ違いだったようだ。


「ほら、君たち逃げないといけないんだろ? 行った行った。ここは俺たちに任せて2人は愛の逃避行を」


 こんな状況でもからかわないと気が済まないのか、ニヤニヤと生暖かい視線を送ってくる大地に複雑な心境で頭を下げる。

 陽葵も同じように深々と頭を下げれば、大地は満面の笑みで応えてくれた。


「行こう、綾辻さん」


 出来るだけ優しく声を掛けると、陽葵は無言でコクンと頷いた。

 

 陽葵は大地の底なしの明るさの前で少しだけ落ち着いたように見えた。

 それでも繋がれたままの陽葵の手はまだ震えている。


 この震えが止まるまで手を繋いで置こうと決める。


 下心ややましい気持ちは一切ない。


 少しでも陽葵が落ち着くように。

 不安や恐怖が和らぐように。


 力を入れれば折れてしまいそうな陽葵の華奢で小さな手を、秀次は上から包み込むようにして握り直した。


「樋山秀次君、だったよな。私の愛する娘をどこに連れて行く気だ。勝手をされては困る。その子は唐立陽葵、君とは住む世界が違う人間なんだ。大体、君は無関係の他人だろう? 家族の問題に口を出すんじゃない」


 背後から投げかけられる声に反応する必要も立ち止まって振り返る必要も無かった。

 陽葵の手は再び激しく震えている。

 表情も先程とは比べ物にならないくらい強張っていた。


 一刻も早く唐立誠の傍から離した方がいいかもしれない。


 頭ではそう分っていても、秀次は誠に一言言わずにはいられなかった。

 

「無関係じゃありません。綾辻さんは俺の大切な人です」


 一度だけ誠と向き合って、短く声を発する。

 

 秀次の言葉を聞いた誠の顔は怒りに満ち溢れ、顔は歪んでいた。


「貴様、こんなことしてタダで済むと思ってんのか!? 俺が誰だかわかってんのかガキが! 金髪のお前とそこのスキンヘッドもだ! お前らの人生滅茶苦茶にしてやるからな!」


 ゆっくりと歩き出すともはや同一人物だと思えない、醜く狂った声が聞こえた。

 立ち止まって少しだけ振り返ると翔が手の甲を前後にひらひらと振っている。

 

 早く行け、そういうことだろう。


「唐立誠さん。そういう貴方こそ自分の立場分かってないみたいだね」

「……どういうことだ?」

「金井玲奈。工藤由利。高橋紗代。どれも聞き覚えがあるんじゃないですか?」

「なっ、何故その子たちの名前を……」

「決定的な証拠写真なら沢山ありますよー? 娘を無理やり車に連れ込む撮り立てほやほやのスクープ映像とかもありますけど見てみます?」

 

 わざと秀次と陽葵に聞かせるためなのか、翔は必要以上に大きな声で言葉を連ねた。

 背後から聞こえてくる声は段々と小さくなり、もう誠が追ってくることは無かった。

 


 


 

 

 


 

 

 



 


 


 

第42話を最後までお読みくださった皆様ありがとうございます。


次回、いよいよ長きに渡った花火大会編が完結します。

クライマックスを迎える「ピュア甘」最新第43話は明日投稿。


久々に砂糖たっぷりな秀次と陽葵、2人だけの世界が描かれます。

ピュアピュアで甘々な恋物語はどんな結末を迎えるのか。

最新話をお楽しみに!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ツギクルバナー
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ