表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

42/54

第41話 悪い子


 夏休みの間、メッセージアプリを通して翔と陽葵のやり取りが途切れることは無かった。


 理由は秀次について語ることが尽きなかったことだろう。

 何故一度会っただけの人間にここまで親友の話をし続けているのか分からなかったが、単純に自分が尊敬している人間の話をするのが心地よかったのかもしれない。

 聞き手が話し手と同等、それ以上に熱を持っていれば猶更だ。

 翔が秀次について語れば語る程、陽葵は秀次に興味を示した。

 

 語った内容は若干の脚色が入ったものもあるがどれも秀次という人間をよく表していた。


 悪いところは基本話さなかった。

 と言うより、秀次に悪いところがあまりないのだが。

 

 忘れっぽいところ、恋愛面でヘタレなところなどは短所と言えば短所だが、翔はそれも秀次の良いところだとカウントしていた。

 正確には面白いところとだと思っているので遠慮なく話した。

 陽葵からの返信は笑の文字や顔文字が増え、お気に召したようだった。


 様々な秀次の側面を話していく中で特に翔が力を入れ、陽葵が強く反応を示したのはまだ小さい頃のエピソード。

 小学生の時、翔がイジメられていた時に秀次が助けてくれた話だった。


 思えば秀次との長い付き合いはここから始まった。

 そして秀次という人間を尊敬するようになったのも。

 いつしか親友と呼べる仲になり、その間に彼から沢山の事を学んだ。


 そんな感傷に浸りながら、翔は秀次のことを話し続けた。

 そうして翔が作り出した樋山秀次という人間像に、陽葵はどうやら気になるの先へと気持ちが動いたようだった。


『まだ一度も会ったことが無い人を好きになるって変ですかね』

『変では無いと思うけど、凄いなとは思う。俺が話した内容と実際の秀次は違うかもしれないわけじゃん。』

『佐久間くんは嘘を話していたのですか?』

『いいや、全部真実だよ』

『それなら安心ですね』


 傍から見れば、初対面ですらないまだ見ぬ相手に恋をするのは理解されない恋愛かもしれない。

 翔自身もニュースでネットゲームを通じて結婚に至った男女の話を知って、疑問を浮かべたことがある。

 それでも不思議なことに、陽葵が秀次に恋心を抱くのはすんなりと納得がいった。

 




『私に普通の恋が出来るでしょうか』

  

 夏休みも残り一週間となり、アスファルトをじりじりと照らす太陽の日差しが少し力を弱めてきた頃。

 秀次は最後の追い込みとして、午前中も塾に通って勉強をしていた。


 そういう訳で一日中暇になり、自室に籠っていた時。

 暫く簡単な会話だけになっていた陽葵から突然、要領を得ない質問が送られてきた。


 翔はただ軽い気持ちで『どういうこと?』と質問に質問で返した。

 

『電話で相談したい』

 

 夏休みの宿題を早々に終わらせ、一日中暇を持て余していた翔は特に断る理由も無く携帯を耳に当てた。


 それからはとてもとても長かった。

 実際の時間的にも、体感的にもだ。


 彼女が抱えていた複雑な家庭環境を翔は一日を通して聞いた。

 

 陽葵の本当の苗字は唐立で、世界的な大企業の社長の娘だということ。

 物凄く厳しい環境で育てられ、不必要とされた外出は一切出来ないほど自由を制限されていたこと。

 父親が政略結婚を企み、歳が倍以上も離れた婚約者がいること。

 

 陽葵の話はどれも反応に困るものだった。

 自然と黙りこくってしまうが、それが正解の様にも思えた。

 淡々と身の上話をする陽葵の声を翔はベッドに仰向けに寝転びながら聞き続けた。

 

 どうして陽葵は自分にこんな話をするんだろう。

 

 途中、そんな疑問がふと浮かんだ。 

 陽葵はまだ誰にも話したことが無いから上手く言えないかもしれないと前置きをしていた。

 それなら知り合って間もない人間を初めて話す相手に選ぶのはおかしいのではないだろうか。


 そんな疑問は既視感を覚えた陽葵が纏う雰囲気の謎と共に解消された。


「私の父、唐立誠は私が生まれてから直ぐお母さんと離婚したんです」


 この話を通して、最低というレッテルを貼るに至っていた陽葵の父親の評価が更に下へと落ちた。

 

 何でも陽葵の父親、唐立誠は男の子を生まなかった妻を早々に捨てたらしい。

 陽葵が住む世界はレベルが違い過ぎて想像が付きにくいが、所謂後継ぎ問題という奴だ。

 性差について寛容な世の中になってきた現代で、何とも古臭い考えだろうか。


 その後の話は語られるよりも前に十分想像が付いた。

  

 誠は新しい妻を娶り、望み通り男の子を授かった。

 裏を返せば陽葵は望まれていなかったと言えるだろう。


 最終的にはハーフの母親の下に生まれたこともあり、容姿端麗な少女として育った陽葵は政略結婚の駒として利用された。

 まだ10歳にも満たない陽葵はその時初めて父親から褒められた。

 その言葉に愛など欠片程も入っていないにも拘わらず、当時の陽葵は心が満たされてしまうほど歪んでしまっていた。 

 歪んだ教育を受けさせられていた。


 母親は陽葵の事を捨て家を出ていった。

 そう長らく教えられてきた。


「実際は違ったんです。私、お母さんと初めて話しました。今でも愛してるって。そう言ってくれたんです。だから私は唐立としては無く、綾辻として生きていくことを決めました。わかったんです。私は普通じゃないって。人間じゃなくって人形だったんだって。お母さんに会って話して。私は人間でありたい、そう思いました」


 電話越しの陽葵の声は相変わらず淡々としていた。

 その中で微かにだが確かに力強いものを感じた。


「これで私の話は終わりです。ここまで聞いてくれてありがとうございます」

「こちらこそ話してくれてありがとう。……何で俺にそんな重大な話をしたの?」


 暫しの沈黙が訪れ、短く返答が届いた。


「佐久間くんは私に似てるって思ったんです」


 今度は翔が黙り込む番だった。

 

 陽葵と初めて会った病室で自分と同じ匂いを感じ取った。

 あの時の答えを陽葵は持ち合わせていた。

 陽葵もまた翔から第六感で何かを感じていたらしい。

 

 似てる、というのはもちろん外見的なものでは無いだろう。

 内面的な、もっと言えば置かれている立場、環境の話。


 大分レベルの違う話だが、親から愛されなかった子供。

 そういった括りでの共通する2人は互いに独特の何かを無意識に醸し出し、無意識に感じ取る様だ。


「俺もそう思う」


 この流れで自分が抱えているものを全て陽葵に吐き出してしまおうかと考えたが、それは止めておいた。

 代わりに短く同意を返しておく。

 

 きっと陽葵は自分が楽になりたいからという理由で話した訳じゃない。


 これは多分、陽葵なりの決意表明だ。


 明るく笑いながら、「私、悪い子になったんです」と陽葵は言っていた。


 何でも自殺未遂を働いた母親の病室に行くのに、相当無理をしたらしかった。

 制止する唐立家専属の使用人を振り切り、車に乗って病院に向かった。

 それは陽葵が初めて唐立、そして父親に反抗した瞬間だった。


 運転手は祖父の代から唐立家に使える使用人だ。

 その人は陽葵の乳母でもあった。

 与えられた役割は陽葵の世話と監視。

 今までは忠実にこなしてきたが、物心つく前から時を共に過ごした陽葵に情が湧いてしまった。

 そこで耳に入れた母親の事を伝えてくれたという。


 本来なら雇い主に反旗を翻す大問題行為。

 当主である唐立誠に即連絡。

 当然陽葵には目も当てられないキツイお仕置きが待っていて、乳母には仕えていた期間など容赦ない解雇の運命が待っていた。


 しかし結局、母親と別れ家に帰っても何も起こらなかった。

 次の日も、その次の日も陽葵は母親の待つ病室へ向かった。


 陽葵にとって幸運だったのは夏休みが始まる前の段階で誠が仕事の都合上アメリカに飛び立ったことだ。

 1年間は父親から解放されることになったが唐立からは逃れられず、陽葵の行動は使用人を通して逐一誠に伝えられる……はずだった。


 乳母と同じく、陽葵の身を案じた使用人は陽葵の行動を見て見ぬ振りを決め込んだ。

 

 そんな厚い人望もあって、陽葵は晴れて1年間の自由を手に入れた。


「樋山さんは私にとってヒーローなんです。まるで『君は桜色に染まる時』の主人公のような」


 後半の言葉の意味は分からなかったが、ヒーロー、そして主人公という言葉はしっくりきた。


 秀次が陽葵の母親、綾辻香織を助けたあの瞬間が陽葵が変わるきっかけだったのだろう。

 唐立、そして父親に縛られていた陽葵が自分の意思で動くようになれたのは元を辿れば秀次のお陰だ。

 だからこそ陽葵はまだ顔も知らない秀次に惚れたのだ。

 その恋におかしなところなどどこにもない。


「私は恋をしたことが無いけど、きっと樋山さんに惚れているんだと思います。私は悪い子になりました。だから佐久間くんに頼みがあります」

「いいよ、言ってみて」

「私が樋山さんと付き合えるよう、協力してください」


 電話口から聞こえてくる陽葵の声はこの日初めて震えていた。

 今まで散々、淡々と冷静に身の毛がよだつような話をしていたのに、ここに来て声が揺らいだのは不安や恐怖からではないだろう。

 その声音からは恋する乙女の羞恥心が感じ取れた。

 

「わかった。協力するよ」


 「ありがとうございます」とお礼を言った陽葵の声はどこまでも明るく弾んでいた。





「俺も悪い子になろうかな」

「いいんじゃないですか? 佐久間くんは何だかきちんとしすぎてる気がします」

「凄いな、一度しか会ってないのに俺の本質を見抜かれてる」

「だって似た者同士でしょう?」

「そうだな。確かにそうだ」


 この後、初めて近所のオシャレな美容院に行って髪をこれでもかと言うほど金色に染めて貰った。

 当然、両親からはブチ切れられたが、心は頗る晴れやかだった。


 鏡に映る自分はまるで別人だった。

 おおよそこれから都内有数の進学校へ指定校推薦で入学する模範生とは思えない。


(ここから新しい佐久間翔を作っていこう)


 今まで親の敷いたレールを歩み続け、文武両道ないい子ちゃんとして生きていた反動か。


 新しく生まれ変わった佐久間翔がチャラ男でクズ男になったのは言うまでもないが。


 運動は程々に、勉強は頭の中から捨て、本能のままに女性に声を掛ける人生は傍から見てとてもじゃないが褒められるものでは無い。

 

 それでも佐久間翔の心は溢れんばかりに満たされていた。


 何より尊敬する親友の背中を押せることに喜びを感じた。


 陽葵と練った入学式の日の計画は今でもはっきりと覚えている。


 入学式の日、秀次に電車に乗る時間と乗る号車を聞き出して陽葵に伝えた。

 2人の運命的な出会いを邪魔するわけにもいかないので、同じ最寄り駅だというのに翔は理由を付けて時間をずらす。


 陽葵には自分の正体をカミングアウトしないように伝えておいた。

 言ってしまえば秀次は恩を感じられるのを嫌がって距離を置こうとするだろうという翔の的確なアドバイスだった。

 

 陽葵が秀次に話しかけて友達になるという作戦は、事前に時間をたっぷりかけ覚悟を決めていたというのに本人を前にして陽葵が何も出来なかったせいで失敗に終わった……はずだった。


『今、目の前に10000年に1人の美少女がいる』


 秀次から送られてきたメッセージを見て翔はすぐさま作戦を変更した。

 わざと焚きかけてもう1度顔を見るように伝える。

 陽葵には話しかけられないなら、せめて目を合わせて微笑めと伝えた。


 結果的にその微笑みで秀次は陽葵に恋に落ちた。

 

 計画は思いもよらぬ形で大成功。

 晴れて両片想いの成立だ。


 どちらかが告白すればこのピュアピュアで甘々な恋物語は成就する。


 翔が両者に相手の気持ちを伝えるだけで良かった。


 しかし翔はそれをしなかった。


 応援はするし協力はする、だけど肝心なところは本人でなきゃいけない。


 だから翔は徹底的にサポートに回った。


 まさかお互い初めて話すのに4か月もかかるとは思わなかったがそれはそれで2人らしいと思った。

 最終的には痺れを切らして陽葵が読んでいる本を秀次に持たせるという荒業に出たが、何の後押しもしなければ何カ月かかっていたのだろうか。

 想像するだけで怖くなってくる。


 他にも色々と工作をした。


 陽葵の好きな作家は知っていたから、入手困難なサイン会の整理券を手に入れた。

 初めてのお出かけは秀次が男らしいところを見せたりして大成功だったようだ。


 唐立から離れ、母親と暮らすとなると少しでもお金を稼がないといけないので良いバイトを教えて欲しいという陽葵に働き口を用意したりもした。

 母親との生活の予習として高校生から1人暮らしを始め、使用人の助けを得ながら一般的な家事は学んだらしいが、まだ世間知らず感が否めない陽葵でも安心して任せられるバイト先。

 中々条件が厳しく、女の子の連絡先をフル活用しようか迷っていると丁度、親戚のおっちゃんがバイトを募集し始めた。

 大地なら安心して任せられるし、何より都合がいい。


 浮かんだ計画を陽葵に内緒にして、後からバイト先に秀次を派遣した。

 結果は超がつくほどの大大大成功だった。

 まさか初心でヘタレな両者が告白を決意することになるとは思わなかった。

 どちらの気持ちも知っている翔からすれば、入学式のあの日からはよくっつけと思っていたのだが、とうとう結ばれる日がやってきた。

 そう考えると感慨深く、そして見届けない訳にはいかなかった。

  

 花火大会当日、秀次には翔断ちと宣言され何も伝えられ無かったが、陽葵に全てを聞いて現地入りをしていた。

 後ろから探偵のようにコソコソとついていく案もあったが、見つかるリスクが高いので止めておく。

 それに2人の世界を邪魔するのも悪い気がしたので、花火大会が始まるまでは大地が経営している海の家「はなび」にお邪魔した。

  

 元々時間になったら花火大会の会場まで送ってもらう約束だったのだが、それとは別に大地は花火大会に行く予定ができたようだった。

 どういう経緯か店員のクミと一緒に花火を見ることになったらしい。

 後部座席に座る薄化粧と浴衣で美しく着飾った見て、ついに大地に春が来たかと内心思いつつ、言葉にしたらクミに殺されそうなので黙っておいた。


 駐車場で大地たちと別れ、秀次たちの下へ向かおうとした時に事件は起きた。

 

 偶然か必然か。


 浴衣の袖を揺らして精一杯走る陽葵の姿を見つけ、そしてその先にスーツ姿の男が見えた。


 男の口が動き、陽葵の足が止まる。


 男の顔は写真で見たことがあるので何が起こってるのかは直ぐにわかった。


 冷静に状況を判断し、携帯のカメラでスーツの男、唐立誠とその正面に立つ陽葵の姿を捉える。

 陽葵が車に無理やり連れこまれた時は足が動きかけたが、必死の思いで踏みとどまった。

 

 この動画は陽葵が唐立から逃れ、綾辻として生きる大きな大きな鍵となる。

 それに陽葵を助けるのは秀次でなきゃならなかった


 それからは夜空に打ちあがる花火に目もくれず、秀次を探し回った。

 手がかりは何一つなかったが、親友の姿は直ぐに見つかった。

 親友パワーを感じつつ、説明を省き秀次を連れて目的地まで全速力で走る。


 携帯のGPSアプリが示す陽葵の現在地は物凄いスピードで動いているが、一方通行の道の都合などもあって唐立家の本邸へ向かう道路に入るまでまだ時間がある。

 走りでなら追いつける算段があった。


 告白を万全な状態で行うため、何かあった時に駆けつけられるようにと陽葵とGPSアプリで互いの情報を交換しておいたのが役に立った。


 祭りを抜け、目的地の着いた時にはまだ陽葵の位置情報が遠くにあった。


 

第41話を最後までお読みくださった皆様ありがとうございます。


長かった過去編はこれでお終いです。

今まで隠されてきた物語の確信がほぼ全て明らかになりました。


明日投稿の第42話にて物語の時間軸は第37話に戻ります。

そして第35話に繋がる訳ですが、翔と陽葵の過去を知った秀次の行動は如何に。


いよいよ花火大会編はクライマックス。

一気に盛り上げて参りますので応援よろしくお願いします!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ツギクルバナー
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ