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第40話 出会い

 

 模試が終わった後も生活が変わることは無く、午前中ファミレスで顔を合わせて勉強を教える日々が続いていた。

 いつも通り昼飯をその場で済ませ、午後から塾が始まる秀次と駅前で別れる。


 しかし、この日はいつもの違うことが1つだけあった。

 それは秀次と別れ、重い足取りで帰路に着こうとした時だった。


「はい、はい。わかりました。今から向かいます」


 見知らぬ番号から掛かってきた1本の電話。

 恐る恐る通話ボタンを押して出てみると、直ぐに掛けてきた相手が分かった。

 しゃがれた個性的な声、線路に落ちた女性を助けた時に事情徴収を受けた警察の方だった。


 何か良くないことが起きたのか、と身構えたが内容は意外なお願いだった。


「虹橋総合病院……ここで会ってるよな」


 最寄駅から5駅先、虹橋駅で降りて数分歩く。

 地図アプリを使ったので道に迷う無く目的地に着くことが出来た。


「綾辻香織さんの病室は何号室でしょうか」


 受付の綺麗なお姉さんに案内され、403号室の前に立つ。

 病室は個室らしく、ドア横のプレートには綾辻の文字だけが書かれていた。


  トントン、2回ノックをすれば女性の声で短く「どつぞ」と返答が来た。

  促されるままスライド式のドアを開けて中に入ると、白を基調とした広々とした病室に人影が2つ。


  1人は先日、線路に落ちたところを助けた女性だった。

 名前は綾辻香織というらしい。

  ベッドで目を閉じて寝ている姿は生気がなく、ピクリとも動かないので一瞬良からぬ想像をしてしまうが、実際はきちんと生きている。

  今は精神が不安定な状況の為、病院で療養中。そう聞いていた。


  そしてもう1人。

  ベッドの横で、パイプ椅子に座っている女の子。

  香織と同じく暗めの金髪を長く伸ばし、日本人だけの血ではあり得ないコバルトブルーの瞳を携えている。


「初めまして、綾辻陽葵です。佐久間翔さん、ですよね? お話は聞いています。先日は母を助けてくださって本当にありがとうございます。このご恩をどう返せばいいのか……」

 

  佐久間翔と綾辻陽葵の関係はここから始まった。


  警察の方から電話で頼まれたのは、綾辻香織の病室に出向いて欲しいというものだった。

  娘さんがどうしてもお礼を言いたいらしい。


  翔は最初、その申し出を丁重に断った。

  確かに翔は香織を助けた、しかしそれは秀次の存在無くしては成し得なかったことだ。

  自分は何もしていない、そう思ってお礼を言われる筋合いはないと感じていた。

  それでも電話越しに強く強く頼まれてしまっために、最終的には折れて香織の病室に行くことにした。


  もちろん単純にお礼を言われる為ではない。

 

「香織さんを助けたのは、樋山秀次って言う俺の親友なんだ。めちゃくちゃかっこいい、最高な奴。だから、お礼ならそいつに言ってくれ」


  本人にはまだ何も言っていないので、いきなり陽葵に秀次の連絡先を渡す訳にはいかない。

  なので、後日秀次に許可を取ってから陽葵に連絡先を渡す、そう約束した。

 代わりに翔が陽葵とメッセージアプリの連絡先を交換しておいた。

 これで秀次の許可が出れば、いつでも連絡先を送ることが出来る。

 

  これで要件は済ませた。

  長居する必要は特に無いので、適当に会釈をして病室を出ることにする。

 陽葵は何か言いたげな様子だったが、結局は薄く微笑みながら見送ってくれた。


(綾辻陽葵さん……か)


 病院を出て駅に向かう間、先程会った女の子の名前を反芻する。


 一目見て、率直に美しいと思った。

 非の打ち所がない端正な姿に思わず見入ったが、今考えると初対面の女性をまじまじと見つめるのは失礼だったかもしれない。

 

 それは単に陽葵がこれまで見たことが無いくらい整った顔立ちをしていたから、といった理由だけではない。

 

 陽葵にある特殊な雰囲気を感じ取った。


 見た目は完璧な美少女で、裕福な家庭で育ったのかお嬢様オーラが溢れていた。


 なのに、どこか自分と同じ匂いがした。

 鼻孔を擽る甘いフルーティーな匂いの話ではなく、あくまで雰囲気の話だ。


 何か胸に引っかかるものを感じながら、翔は虹橋駅の改札を通った。





 

 結局、秀次と陽葵が連絡先を交換することはなかった。


「気持ちだけで十分」


 そう言って、秀次は頑なに連絡先を交換するのを拒否したのだ。

 おおよそ、恩を必要以上に感じられることを嫌がったのだろう。 

 秀次の中では当たり前の事をしただけ、という認識だ。

 メールや電話で何度も何度もお礼を言われるのは筋違い、そう思っているようだった。


 その事を伝えれば陽葵は残念がっていたが、素直に納得してくれた。


 これで陽葵との関係は終わるはずだった。


『樋山さんって、どんな人なのか聞いても良いですか?』

『そんな事聞いてどうするのさ』

『言わなきゃダメですかね。出来れば恥ずかしいので言いたくないです……』

『まさか、秀次に惚れたとか?』


 リアルタイムでのやり取りだったので既読は直ぐについた。

 数秒の時間をおいて返信が届く。

 

『惚れたわけじゃないです……だけど、気になっているとは思います。こういったことは初めてで自分でもよくわからないのですが……』


 どうやら図星だったらしい。

 ぎこちない文面から、陽葵が赤面している様子が何故か鮮明に浮かんだ。


『それなら教えてあげてもいいよ。秀次のこと』

 

 別にここで無視しても良かったし、拒否しても良かったのだが。

 何故か答える気になった理由は自分でもわからなかった。





 

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