第39話 きっかけ
「鮮明に覚えてるよ、その時の事。ギリギリで電車が止まってさ、マジで死ぬかと思った。非常停止ボタンを押してくれた人には今でも感謝してる」
「一番感謝されるべきは秀次だけどな。お前は1人の命を救ったんだからさ」
「まあな……でもさ、もしかしたら助けた人は俺を恨んでいるかもしれない。後から翔が教えてくれたけど、あの人結局自殺未遂だったんだろ? それを知っていても助けるし、俺は死にたいなんて気持ちを理解できないけど、あの人はあの時死にたかったんだ。俺はそれを邪魔した。感謝はされない気がするな」
「いや、感謝してたよ。お前が助けた綾辻香織さんは」
綾辻、その苗字を聞いて秀次は予想通り驚いた表情を見せた。
「綾辻って……まさか」
「そのまさかだよ。秀次、お前があの時助けたのは綾辻陽葵のお母さん。綾辻香織さんだったんだ」
「なっ、そんな事翔は一言も……」
「ああ、言ってない。綾辻陽葵にその時出会ったこともな」
※※※
人身事故未遂の影響は多岐に渡り、その中でも一番大きいものを上げるとしたら電車が止まってしまったことだった。
きっと今頃車内では駅員さんが普段と変わらない声音で状況をアナウンスしているだろう。
直ぐに運転再開しそうだが、ショッピングモールには行く気になれなかった。
どちらかと言うと行けそうになかった。
「申し訳ございませんが、事情聴取といいますかね。状況確認をさせて頂きたいのですがお時間宜しいでしょうか」
「わかりました」
「いや、わかっちゃダメだろ」
「ん? なんでだよ翔」
「だってお前、この後模試あるじゃんか。普段通りの力が発揮できる状況じゃないかもしれないけど、受験生の模試は大切だ。受けておいた方がいい」
「って言ってもなあ。当事者として協力しないとだし……」
秀次の性格は長い付き合いでよくわかっている。
正義感が強く、お人好しだ。
先程は前者が素晴らしい形で発揮されたと言っていいだろう。
そして、今は後者の一面が出ていた。
こういう時、秀次は中々譲らない。
どうすれば模試を優先してくれるか、考えて妙案が思い浮かんだ。
「代わりに俺が起こったことを証言しておく。だからお前は模試を受けに行け。そっちの電車は止まってないだろ」
「確かに2人とも同じ場面を見ていたわけだし、協力するのは1人でいいか。わかった、お言葉に甘えて模試受けてくるわ。翔、サンキューな」
「……おう、頑張れよ」
お礼を言われる筋合いじゃない、と言いかけて言葉を閉まった。
代わりにありきたりな声を掛けて、丁度到着した電車に乗り込んだ秀次を見送る。
その後はとにかく流れに身を任せた。
事件性も考慮して駆けつけた警察に、駅の待合室で事情聴取を受ける。
こういったことは初めてで緊張したが、別に悪いことはしてないし、相手もそれは分かっているのでドラマで見るような拷問じみた取り調べは行われなかった。
聞かれたことに素直に答え、最後に一応と言うことで名前と連絡先を記入して事情聴取は終わりとなった。
これで少しは役に立てただろうか、と考え、首を横に振って自分自身で否定する。
秀次は自分の命と引き換えにでも線路に落ちた女性を助けようとしていた。
誰よりも真っ先に駆けつけ、誰よりも危険に身を投じて。
その後も、あと少しで死んでいたと言うのに最後まで何か力になろうという姿勢を見せていた。
それに比べて、自分はどうか。
(本当に、俺は何も出来ないな)
何か変わるきっかけが欲しい。
親友の様に、自分を持っている人になりたい。
そんな翔の願いは突然、本当に突然叶えられることになる。
この日から数日後、見知らぬ番号から掛かってきた1本の電話。
その電話が佐久間翔という人間を大きく変えることとなった。
第39話を最後までお読みくださった皆様ありがとうございます。
読者様に2つほどお知らせが……。
まず1つは第38話のタイトル変更です。
「きっかけ」というタイトルでしたが、このお話の方がぴったりだなと言うことで変更に。
第38話のタイトルは「1年前」になりました。
そして2つ目は翔視点の過去編のことです。
昨日と今日の2話で終わると宣言しましたが……いざ書いてみたら大ボリュームで全然終わらん()
過去編はもう暫く続きますのでお付き合いください。
引き続き、毎日投稿で花火大会編完結まで走っていくので応援よろしくお願いします。




