表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

37/54

第36話 親友


 きちんと元居た場所に戻って来たはずだった。

 特に目印になるものは無いものの、周りにいる人には覚えがあるし、この場から見える景色も変わっていない。

 

 それなのに陽葵の姿が見当たらない。


 (そうだ、携帯に連絡入ってるかも……って、充電切れ!? マジかよ、さっきの電話で充電全部持ってかれたのか……母さんはどこまで邪魔すれば気が済んだよ……)


 夫婦弾丸旅行に行ってしまった母親に恨み節を連ねても携帯は充電されない。

 文明の利器、超絶便利な電子端末もバッテリーが切れてしまえばただの重りだ。

 うんともすんとも反応しなくなったスマートフォンを強引にポケットに捻じ込み、少し湿った砂浜に座り込む。


 もしかしたらお手洗いに行っているだけだったり、友達を見つけて少しだけ席を外しているだけかもしれない。

 それならこの場で動かず待っていればいずれ戻ってくるだろう。


 しかし、10分程待ってみても陽葵は現れなかった。


 その間にも花火は変わらず華やかに夜空を彩り、人々は感動の声を漏らす。


「すいません、ここに居た浴衣姿の女の子がどこに行ったか知りませんか? 暗めの金髪で、目が蒼くて……とにかく可愛いんですけど……」

「あーちゃん知ってる?」

「うーん、わからなーい」

「だってさ、すまんが他を当たってくれ」


 勇気を出して隣で花火を見ていたカップルに声を掛けてみるが、素っ気なく返されてしまう。

 自分で聞いてて何だが、いちいち他人である隣の人の言動など把握していないだろう。

 それでも聞かずにはいられなかった。


 脳裏に浮かぶのは樹本先生のサイン会に行ったときに陽葵がナンパ野郎にしつこく囲まれていた場面。

 陽葵は贔屓目に見なくとも、芸能人など比じゃないくらい美しい外見をしている。

 今日だってその容姿端麗な姿を狙おうとしていたナンパは複数いた。


 サイン会の時と同じような輩に連れ去られてしまったのでは。


 そんなあってはならない、あってほしくない想像を頭を横に振って払い除ける。

 

 実は少し離れていただけでした、というオチであって欲しい。

 そのためにもどんな些細な情報でもいいから陽葵に関する情報を得たかった。


「もしかしてお姉ちゃんのこと?」

 

 暫く近くいる人に聞き込みをしながら回っていると、お母さんとしっかり手を繋いで花火を見ていた小さな男の子に行きついた。

 何やらお母さんと目を合わせ、コクコクと頷いている。

 

「そのお姉ちゃんのこと、良かったら俺に詳しく教えてくれないかな」

「僕と一緒にお母さんを探してくれたの。凄く優しかったんだ」

「そのお姉ちゃんの特徴何か覚えてたりする?」

「えーっとね、目がお空みたいに青かったよ。とっても綺麗だった! あとねー、花柄の浴衣着てたと思う」


 蒼い瞳に花柄の浴衣。

 情報は少ないが、間違いなく陽葵だろう。

 

(迷子の子供を助けていたのか……よかった、悪い人に連れていかれたとかじゃなくて……)


 想定していた最悪の展開は消滅し、代わりにとても心温まるエピソードを聞けて思わず安堵の息が漏れた。 

 しかし、それなら陽葵は今どこにいるのだろう。

 迷子になった子供が今こうしてお母さんと一緒に花火を見ているのだ。

 寄り道や大幅な遠回りをしない限り陽葵もこの場所に戻ってきているはずだ。


 また草履の鼻緒が切れてしまって歩ける状況じゃ無かったり、今度こそ道の途中で悪い奴に絡まれてしまっていたり。

 想像すれば悪いイメージばっかり思い浮かんでキリが無くなってくる。

 

「色々教えてくれてありがとね。えーっと……」

「優太!」

「優太君か、いい名前だね。それでね、そのお姉ちゃんと俺は友達なんだけど、色々あってはぐれちゃったんだ。優太君、お姉ちゃんがどこへ行ったか何か知ってたりしないかな」

「お姉ちゃん迷子なの? それなら今度は僕がお姉ちゃんを探してあげる!」

「いや、迷子ってわけじゃないんだけど……」


 何やら空いている腕をぶんぶんと振って張り切ってしまっているが、一緒に探してもらうのは申し訳ない。

 話を聞いた感じ、ようやくお母さんと合流できて花火を一緒に見ていた最中だろう。

 聞き込みをするだけでも躊躇われたのに、ここから陽葵を探すのを手伝ってもらうのは益々気が引ける。


 やる気になってしまった優太に何と説明すればいいか戸惑い、視線を彷徨わせていると優太のお母さんと目が合った。

 ぎこちなく会釈をすると、大らかな笑みを返してれる。


「優太と一緒に私を探してくれた女の子なら、私達より早くこちらの方に向かっていたと思います。それで見つからないとなると少し心配になってきますね……」

「どのくらい前に別れたか覚えていたりしますか?」

「そうですね、大体さ……」


 興奮する優太をしゃがんで優しく抱きかかえながら、代わりに陽葵のことを教えてくれていた優太のお母さんの言葉が不自然に途切れた。

 目は大きく見開かれ、唇はわなわなと震えている。

 怯えているとまではいかないが、何かを見て驚いている。

 まるでお化けを見た時のような感じだ。


「……どうかしました?」

「う、うしろ、お知り合いの方ですか?」

 

 優太のお母さんがゆっくりと次の顔辺りを指差した。

 どうやら秀次のその後ろを示しているらしい。


 お知り合いの方、と言うのはどういう意味だろう。

 秀次は疑問を持ちながら促されるまま勢いよく振り返った。

 

 そして体勢を崩して情けなく尻餅をついた。


「うわあああああっ、お、お化け!?」


 尻餅をついたまま後ずさりし、低くなった視線でその姿を捉える。

 念の為下を見れば足はちゃんとあった。

 冷静になれば分かることだが、決してお化けではない、れっきとした人だ。


「誰がお化けだ」


 暗がりで顔が良く分からないが、真上から降ってきた声には聞き覚えがあった。

 親の声を覗けば人生で一番聞いてきたかもしれない、少し低めで、それでいて爽やかな男の声。


 ドカン、と大きめの花火が夜空に打ち上げられた。

 

 それと同時に辺りが一気に明るくなり、今までシルエット状態だった姿が露になる。


「翔……? なんでここに」

「説明は後だ。時間が無い。秀次、俺に付いて来てくれ」


 髪を真っ金金に染めて、固めのワックスでバッチリとセットし、派手めの耳ピアスを煌めかせているチャラ男でクズ男。

 遡れば長い長い付き合いである親友が珍しく真剣な表情をして目の前に立っていた。



 


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ツギクルバナー
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ