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第31話 電話


 陽葵に告白をすることを決めてから、秀次は自分なりに色々と準備を進めてきた。

 毎日陽葵の服装を素直に褒めたり、少しでも陽葵の事を知ろうと好きなものを聞いてみたり。

 花火大会についてひたすら調べまくったのそうだ。

 全ては告白の成功率を上げるため。


 だから秀次は1週間入念に考えてきた告白の計画を無視し、今まさに陽葵に想いを伝えようとしている自分に驚いていた。

 予定では花火大会を見終わり、いい雰囲気なったタイミングで月明りに照らされた海岸で。

 家で何度も何度も練習した愛の告白を行うつもりだった。


「綾辻さん……」

 

 気づけば名前を呼んでいた。

 陽葵の笑顔に抑えていた恋心が溢れてしまった。 


 事前に準備した計画と全く異なる、言ってしまえば秀次に取って予想外の出来事。


 それでも1度溢れてしまえばもう止まらない。

 胸の内から陽葵への想いが止めなく込み上げてくる。


 だからそのまま全て吐き出すことにした。

 頭に詰め込んだセリフなど捨てて。

 ただこの瞬間に感じた素直な気持ちを。


(好きです、付き合ってください)


 脳内にパッと文字列が浮かぶ。

 そしてそれをそのまま言葉にして陽葵に伝えようと、秀次はゆっくりと口を開いた。


 しかし、喉元まで出かかった言葉が声を通して紡がれることはなかった。


――プルルルルル……プルルルル……


 秀次の言葉を遮ったのは2度目の予想外の出来事だった。

 

「樋山君の携帯鳴ってる?」


 秀次と見つめ合っていた陽葵が視線を下へと落とし、ズボンのポケットを指を差す。

 自らの存在を主張するように激しく振動しながら規則的な電子音を鳴らしているスマホをポケットから取り出せば、着信が来ていることがすぐ分かった。

 ホーム画面には短く1文字、母と表示されている。

 

 まさかこのタイミングで電話が掛かってくるなんて本当にツイてない。


 完全にムードが壊れた。

 ここから再び告白に移ることは出来ないだろう。


 せっかくいい感じだったのに。

 不安も緊張も無く、ありのままに気持ちを伝えられそうだったのに。

 

 母としては悪気は全くなく、ただ息子に電話を掛けただけなので恨み言を言われる筋合いは無い。

 それを秀次も分かっているので、告白を邪魔された不平不満をどこにぶつけることも出来ず、せめてもの気持ちの発散として電話を切ってスマホをポケットに捻じ込んだ。


「出なくていいの?」

「大丈夫、緊急の用じゃないと思うから」


 どうせ冷やかしか何かだろう。

 帰りは遅くならないようにとかそれっぽい建前を伝えた後に、陽葵の声を聞かせてとか言いだすのが目に見えてる。


 今日家を出る前に、友達と花火大会に行ってくると母に伝えた。

 だから夜飯は要らないし、帰りは遅くなる。

 息子として母が心配しないように出掛け先を教えておく、それだけだった。

 

 そこで誰と行くの? と聞かれ、つい口が滑ってバイト先の女の子と言ってしまったのがマズかった。

 無難に付き合いが長い翔と行くとでも言えば良かったのだが、1度口に出した言葉を引っ込めることは出来ない。

 

 不用意な一言のせいで、玄関で靴を履いてから10分以上も母の質問攻めにあうことになってしまった。

 なんせ我が息子から初めて女の子関連の話が出てきたのだ。

 しかも2人切りで一緒に花火大会に行くと来た。

 母のテンションの上がり用は異常で、ただの友達だと断りを入れてもマシンガントークは止まらない。

 こっちは今から告白をするというのにもう既に結婚前提で話を進めていた。


 母が今まで色恋沙汰に無縁だった息子を心配して、初めて出来た女の影を喜ぶのは結構だ。

 だったら今まさにその息子が生まれて初めて恋に落ちた相手に、生まれて初めて告白をしようとしている時に邪魔しないで欲しい。


 こうなったら元の計画通り、告白は花火を見終わった後、バイト先の海岸沿いですることにする。

 気を取り直して花火を一緒に見て、またいいムードを作ればいい。

 

「本当に電話いいのですか?」

「大丈夫大丈夫。さっ、花火の続き見よ……」


――プルルルル……プルルルル


 予想は付いていたが、ポケットから再度スマホを取り出してみればホーム画面に表示されていたのは母の文字だった。

 

 1度ならまだしも2度となると何かしらの緊急を要する電話かと身構えてしまう。

 ちらっ、とスマホから隣に視線を移すと、陽葵もどこか真剣な表情で秀次の方を見つめていた。


「どうぞ。私の事はお気になさらず、電話に出てください」」

「わかった。すぐ戻るから、ここにいてくれ」

「はい、花火を見て待ってますね」

「わりい、それじゃちょっと行ってくる」


 陽葵は多くは言わず、色々と汲み取って笑顔で手を振ってくれた。

 もしかしたら緊急事態かもしれないこの状況で、陽葵のそういった配慮や聡明さはとてもありがたい。

 こちらも手を振り返し、秀次は電話片手に花火に背を向けて、屋台が並ぶ夏祭り会場へと走り出す。


 花火が直ぐ近くで打ちあがってるこの場所だと、隣で話す分には問題無いが、電話となると話が違ってくる。

 花火が打ちあがる音と破裂音がお互いの声を遮り、更には人が集中しているために電波も不安定だ。


 そのため花火大会の会場から離れ、人が少ない静かな場所へ移動する必要があった。

 思い当たるのは焼きそばを食べ、草履の鼻緒を直した時に寄ったちょっとした広場。

 

「もしもし、聞こえる? もしもーし」

「しゅうくん? あっ、良かった。ようやく繋がったわね」

「母さん、何があったんだ? 早く教えて」


 全力疾走で道を駆け抜けて目的地に着くと、電話越しに聞き馴染み深い母の声が聞こえてきた。

 その声は明るくも暗くも無く、まだ電話を掛けてきた要件は見当が付かない。


 一刻を争うことかもしれないので単刀直入に切りだせば、秀次の真剣な声とは対照的にのほほーんとした調子はずれな声が耳に届く。

 

「父さんと母さん、今日から暫く旅行行ってくるから。しゅうくん、1人でお留守番お願いね」

「……はあ?」

「家にはしゅうくん以外誰もいないってことになるわね。これを機に友達を呼んでみたらどうかしら。あっ、でも女の子用の服が無いわね……。まあいいわ、とにかくお泊りデートするなら今よ! しゅうくん、頑張りなさい! それと、花火大会楽しんで!」

「ちょっ、いきなりすぎて何言って」


 一方的に捲し立てるだけ捲し立てて、これまた一方的に電話を切られてしまった。

 告白を遮られ、急用かと心配し、急いで電話に出てみればこれである。


 秀次は怒る気にもなれず、その場で気が抜けたように座り込んだ。


 母の自由奔放さはもう慣れ切っていたが、弾丸夫婦旅行は初めてだ。

 専業主婦の母はともかく、父は普通に会社勤めのはずだがいつの間に有給を取得したのか。

 とにかく旅行は既に始まっている様で、電話先から明らかに家の中からとは思えない音がしていた。

 どうやら冗談などではなく本当に今家には誰も居ないらしい。

 

 まあ家に1人になっても生活は出来る。

 家事も普段から普通にこなすし何も困らないはずだ。


 しかし問題はそこではない。

 何故、今、このタイミングで弾丸夫婦旅行を行ったかだ。


 思い当たる節はめちゃくちゃある。

 

「母さんめ、息子を想うにしてもやることデカすぎだろ」

 

 もはや後半隠す気が無かったような気がするが、つまりはそういうことだろう。

 家には誰も居ないから、一緒に花火大会に行ってる女の子を誘えと。

 

 無理な話だった。


 仮に陽葵への告白が成功しても、付き合ってから1日も経たないうちに親がいない家に誘う馬鹿がどこにいる。

 誰も居ない家に誘うというのは、年頃の人間なら誰しもその裏に潜む意味を意識してしまう。

 そんなことをすればせっかく付き合えたというのに、ドン引きからの破局コースまっしぐらだ。


「余計なお世話だっつーの!」


 着信履歴:母の文字を見ればそれはもう様々な感情が湧いてどうしようもなくなるので、秀次はこれ以上邪魔されない為にも携帯の電源を切ってしまう。

 

 そして取り残してしまった陽葵の下へ全速力で急いで向かった。


 もしこの間に大地の言っていたハート形の花火など打ちあがってみれば最悪だ。

 告白前に手を繋ぐのは難易度が高いものの、ジンクス的にも一緒に見ればそれなりの御利益がありそうだし、何より絶対にムードは良くなるだろう。


 完全ランダムらしいハート形の花火が打ちあがらない事を祈りつつ、秀次は元来た道を走っていく。

 そして、無事に夜空に咲くハート形の花火を見ることなく花火大会の会場に着いた。


「ごめん、遅くなった。聞いてよ、母さんがさ……ってあれ?」


 確かに元の場所に帰ってきたはずだった。


 しかし、その場所に陽葵の姿は無かった。







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