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第30話 花火大会


 りんご飴を舐めながら花火大会の会場に向うと、既に沢山の人だかりが出来ていた。

 家族連れや友達同士で来たであろう男女混合のグループが目に入るが、やはりその中でもカップルの数はとても多い。

 まだ花火が打ちあがっていないというのに、肩を寄せ合ったり手を繋いだりと2人の世界に入り込んでいる姿を見れば、秀次は妬むわけでもなく素直に羨ましいなと思った。

 そして自分も同じようになりたいと強く願う。


「これより第47回月ヶ浜花火大会打ち上げにあたり、カウントダウンを……」


 抑揚の効いた聞き取りやすい女性の声が会場に響き渡り、ざわざわと騒がしく飛び交っていた会話が一気にしーんと静まり返る。


「5」

 

 そしてアナウンスの合わせて、会場に集まった大勢の観客によるカウントダウンが始まった。


「4」


(花火を見終わったら)


「3」


(帰る前にバイト先の海岸に寄って)


「2」


(そこで綾辻さんに俺の想いを伝える)


「1」


(告白、するんだ)


 ゼロ、と皆が一斉に唱えたのと同時に夜空を白い煙が昇っていく。

 煙はそのまま重力に逆らって高々と上昇していき、やがて途切れた。


 その瞬間。


 青黒い夜の色を塗り替える大輪の花が咲いた。


 オープニングにふさわしい、壮大で景勝な七色の花だ。


 少し遅れてドーン、とド派手な破裂音が耳に飛び込んで来る。


 そこから先は一種の芸術作品を見ているような気持ちだった。


 月明りに照らされた夜空を様々な色、形をした花火たちが次々に埋め尽くしていく。


「これが……花火……」


 花火大会が始まってから数分経った後、陽葵がようやく口を開いた。

 自分の感情を言葉にして呟いた、というより目の前に広がる絶景を見て自然と声が漏れた、そんな感じだった。

 

「綾辻さんは花火を見るもの初めてなんだっけ?」

「いえ、花火は自体は何度か見たことがありますよ」

「あれっ、そうなの? てっきり夏祭りや盆踊りと同じような感じかと」

「でも、こんなに近くで見るのは初めてです。今までは部屋の窓から遠巻きに眺めるだけだったので……」


 陽葵は何かを思い出す様に目線を落とし、それからまた直ぐに夜空を見上げた。

 同じように秀次も陽葵から目を離し、上空に咲き乱れる火花を再び眺め始める。


 赤青二色が織りなす菊先紅青。

 緋色の花弁を一面に咲かせる赤牡丹。

 銀色の光の線が流星群の様に垂れ下がる銀冠(ぎんかむろ)


 その他にも銀波先、葉落、青鉢と言った代表的な夜花火から、型物と呼ばれる土星、スマイル、中には有名アニメキャラクターなどを現したものまで、実に多種多様な花火が黒一色の空を塗りつぶす様に打ち上げられていた。


「綺麗ですね……」


(綾辻さんの方が綺麗だよ)


 囁くように隣から呟かれた言葉に、秀次の脳裏にベタなセリフを思い浮かぶ。

 そんなベタでキザなクサイセリフを、しかも告白を前にした状況で言えるわけがない。

 お決まりの文句は流石に頭の中に留めておくが、それは秀次が本心から思っていることであるのは間違いなかった。

 

 もちろん夜空に咲き誇る花火たちはとても綺麗に思える。

 今もナイアガラの如く、横一線に並んだ金の光が地上に向かって降り注いでいる。

 その光景は今まで秀次が見てきた中でも1、2を争う景色だ。


 しかしどうしても秀次の目線は左隣、その蒼い瞳を輝かせ、打ち上げ花火をうっとりと眺めている陽葵の横顔に吸い込まれていった。

 

 近くで見るとやはり常人離れした美しさだ。

 何処をとっても、芸能人でもここまでのレベルは見たことが無い。


 サラサラと風に揺れる色素の薄い長い金髪。

 キラキラと光るコバルトブルーの大きな瞳。

 雪のように白い肌はきめ細やかで瑞々しく、汚れを一切知らないようだった。


 そんな陽葵が今日は浴衣を着て、髪を結い、普段は目立たない薄化粧までばっちりしている。

 意味合いが少し違う気もするが、鬼に金棒、虎に翼、陽葵におめかしといった感じだ。


 ついついその美しさに目を奪われ、花火はそっちのけになってしまう。


「わっ、今の花火笑ってました! ニコちゃんマークです!」


 可愛い。


「凄い凄い! 花火が渦を巻いてましたよ!」

 

 とても可愛い。


「桜っ! 桜です! 夏の空に春の花が咲きましたよ!」


 めちゃくちゃ可愛い。


「樋山君、花火ってとっても大きくて、とっても綺麗で、そしてとっても楽しいんですね!」


 名前を呼ばれ、何かと思えば陽葵が長らく魅入っていた花火から目を離し、こちらを覗き込んできた。

 秀次はずっと陽葵の横顔を覗き見ていた為に自然と互いの目が合う。


 目に飛び込んできた陽葵の表情は、優しく、柔らかく、そして朗らかな満面の笑みだった。


「綾辻さん……」


 何故そこで陽葵を呼んだのかは分からない。

 気づけば勝手に言葉にして声を発していた。


 名前を呼ばれた陽葵は花火に視線を戻すことはせず、笑みを浮かべ覗き込んだまま秀次の目を真っ直ぐ捉えた。

 陽葵の美しく、可愛らしい小さな顔を秀次も見つめ返す。

 

 秀次が陽葵の芸能人離れした、その容姿端麗な外見を始めてみた時に抱いたのは好意ではなく興味だった。

 世の中にはこんなにレベルが高い人がいるのか、そんな別世界にいる人間を見るような感覚。


 けれども陽葵が正面の席に座り、一瞬だけ目が合った。


 その時に向けられた優しく、柔らかく、そして朗らかな笑顔に秀次は一目惚れをしたのだ。


 だから初恋に落ちた時と同じ、いや、それ以上の。

 ゆっくりと距離を縮め、仲を深めた今だから向けられる最高の笑顔を見て、秀次は心の底から自分の気持ちが溢れ出るのを感じていた。


 ドドーン、と大型の花火が打ち上がる。


 会場全体が一気に盛り上がるが、秀次と陽葵は互いに見つめあったまま視線を動かそうとしない。


 まるで2人だけどこか別の世界にいるような、そんな異様な空間が形成される。


 秀次は1度だけ小さく深呼吸をした。

 

 そして。


 秘め続けた想いを陽葵に伝えるべく、ゆっくりとその口を開いた。


 





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