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第2話 作戦……失敗!?


「ふぁああああああ……眠い……」


 月曜の朝。

 ガタンゴトンと電車に揺られながら、秀次は大きめの欠伸をした。


 深夜2時寝の朝6時起きは中々に辛い。

 二度寝をかましてしまったのは想定外だったものの、何とかいつもの電車に乗ることが出来た。

 特等席である5号車2番ドアの角っこに座って、バッグから睡眠時間を削ってまでして3周した小説を取り出す。


 秀次は基本的に何に対しても妥協しない性格だ。

 自分に厳しいということではなく、熱中できるものを見つけたらとことんのめり込む感じ。

 今回はそれが初恋相手の1億年に1人の超絶美少女だったわけで、たった5分間のためだけに同じ電車に乗り続けたのも秀次の性格に起因するものだろう。

 

 翔の作戦に乗っかって始めた読書も同じようなもので、この小説から初恋の女の子との関係が進展すると考えると1周読んだだけでは秀次の気は収まらない。

 土曜日曜と夜更かしをして、どの場面でも十二分に語れるように納得がいくまで徹底的に読み込んできた。


 そのせいで朝から睡魔が何度も襲いかかってきて、今も不定期に頭がカクンと揺れてしまう。

 

(今寝たら作戦が失敗する……本を置き忘れる、本を置き忘れる、本を置き忘れる……)


 今日すべきことを自分に何度も言い聞かせながら睡魔と戦って意識を保っているうちに、いつの間にか例の駅に着いた電車が徐々にスピードを落とす。


「ご乗車ありがとうございます。虹橋ー虹橋ー。お出口は左側です」


 幸いなことに奇跡は今日も継続し、1億年に1人に格上げされた碧眼の美少女が車内の光に照らされ光沢を放つブロンズの髪を揺らしながら電車に乗り込んできた。

 もはや見慣れた光景だが、乗客の視線が突如現れた容姿端麗なお嬢様に集まる。

 しかし、当の本人は他人の目など全く気にする素振りを見せず、今日もまたいつものように秀次の目の前の席に座った。


 これまでの4か月間と同じで、1億年に1人の超絶美少女とただの平凡な乗客Aの関係は変わらない。

 たった5分の短い時間、同じ空間を共有する。ただそれだけの赤の他人。

 それなのに、秀次は自分の心臓が入学式――初恋をした日の様にバクバクと脈を打っているのを感じていた。

 今日をきっかけに良くも悪くも自分の初恋が動き出すと考えると、とてもじゃないが平静でいられない。

 

 胸の鼓動を落ち着ける意味も込めて、秀次は夜遅くまで練ってきた作戦通り固く目を瞑った。

 うたた寝をしている振りをし、片手で持っていた小説をさりげなく横の壁と身体の隙間に滑り込ませる。

 後は5分過ぎるのを待って、乗り換えのために降りる桐山町で慌てて電車を降りれば完璧。


 席に取り残した小説を拾って届けてくれるかは賭けだが、秀次には自信ががあった。


 何の接点も無いとはいえ、学校が無い日を除いて4か月間ずっと同じ電車に乗り合わせ、しかも毎回真正面に座っている男の顔くらいは覚えてくれているだろう。

 目の前席にポツンと取り残されている小説を見て、誰の忘れ物か迷うことはないはずだ。

 

 そもそも拾わないという選択肢はもちろんあるのだが、秀次はその可能性を完全に排除していた。

 あれだけ外見が完璧な人は内面も素晴らしいに違いない。そんな片想いをこじらせた何の根拠もないただの妄想が、秀次にとっては確信に足る材料となっていた。


 小刻みに身体を揺らして寝ている振りをしながら、気持ちは既に勝負の明日に向けれている。

 

 忘れ物をした人と忘れ物を拾った人。明日も奇跡が続き、同じ電車に乗り合わせれば必ず接点が出来る。

 そこから頑張って話を広げれば友達とまではいかなくても、乗客Aからは一歩前進するはずだ。


(夏休みに入るまでには友達になりたいな。連絡先交換して、学校が無い日も交流できれば……)


 


「……ださい」

 

(……何がださいって? ん……俺に話しかけてるのか?)


「起きてください!」


 強めに身体を揺らされて、自分は話しかけられていることに気づくと秀次は重い瞼をゆっくり持ち上げた。

 首は見事に90度下に曲がっていて、口からだらしなくよだれが垂れている。

 眠気眼を擦り、長めの欠伸ををしたところで秀次はようやく自分の状況を理解し始めた。

 どうやら振りをしているうちに本当に寝てしまったらしい。


「んっ……」

「あっ、目覚めました? 良かった、何回か声を掛けても全然起きなかったから……」


 まだ意識が完全に覚醒していない秀次の頭に、鈴を転がすような滑らかで美しい声がスッと入ってくる。

 声をする方に顔を上げると、こちらの顔を覗き込むように膝に手を当てて前かがみになっている少女の姿が目に入った。

 全国屈指のお嬢様学校の制服に身を包み、非の打ち所がない端正な顔つきとキラキラと光る宝石のような蒼翠色の瞳が目立つ小柄な、それでいて育つところは育っている美しく可愛い女の子。


(い、1億年に1人の……!)


 何やら心配そうに眉尻を下げてオロオロとしている目の前の女の子は、見間違い様もなく秀次が恋に落ちた1億年に1人の超絶美少女だった。


 




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