第26話 焼きそば
お祭りと言えば屋台。
屋台と言えば食べ物。
金魚すくいを始め、射的やくじ引き、輪投げなどレジャー要素を含む屋台も多いが、やはり1番目に付くのは飲食物を扱う屋台だろう。
しかもお祭りの屋台は目だけではなく、耳にも鼻にももれなく直接訴えてくる。
ジュージューと鉄板が焼ける音に仄かに漂うソースの匂い。
ちょっと歩いただけでお腹が鳴り、あちらこちらと興味と食欲をそそられてしまう。
「焼きそば、たこ焼き、イカ焼き、焼きとうもろこし。お祭りって何かと焼くんですね。どれも美味しそうです」
「もう少し先に行けばスイーツ系も沢山あるよ。夏定番のかき氷に、チョコバナナやベビーカステラ、最近ではクレープとかもあった気がする」
「樋山君……これはもう全部食べるしか道はないのでは?」
「フードファイターしか通らないような道だなそれ。お腹とお金の問題もあるし却下です」
「お金は問題ありませんが……お腹は確かに……」
陽葵が目線を下げ、お腹に当たるであろう部分を浴衣の上からそっと擦る。
折れないか心配になってしまうほど引き締まった細い身体からは、あまり多くの量を食べれるとは思えない。
お祭りに出店している屋台を全種類制覇どころか2種類くらい食べたところで満腹になるのは目に見えてる。
そもそもお腹のキャパシティの前に金銭面で断念しそうなものだが、そこは問題ないと断言するあたり陽葵のお嬢様度が伺える。
「全部は無理だけど、何か食べたいものある? 花火始まるまで時間あるし、早めの夜ご飯ってことで」
「それじゃあ……私、あれが気になります」
「いいね、やっぱお祭り来たら食べたくなるよね」
陽葵が辺りを見渡して指を差した屋台の暖簾にやきそばの4文字が並んでいた。
屋台に近づけば直ぐに鼻孔をくすぐる香ばしい匂いが突き抜ける。
「へいらっしゃい!」
「2人分お願いします」
「まいどっ! もう直ぐ出来るからちょいと待っててくれ」
どうやら秀次と陽葵が来る少し前に作り置きの焼きそばが切れてしまったらしい。
筋肉ムキムキのお兄さんが額に汗を浮かべながら追加分を作っている最中だったので、言われた通り焼きそばが出来上がる過程を眺めて待つことにした。
鉄板に広げられた麺と野菜に上からソースがふんだんにかけられ、起こし金がカッカッ刻みのいいリズムをたてながら具材を混ぜ合わせていく。
「美味しそう……」
「もうちょっと待ってなー」
「あっ、お気になさらず!」
小さく呟いた言葉を聞かれていたのが恥ずかしかったのか、陽葵は肩を縮めて両手で顔を覆った。
その様子が何だかとても可愛いので秀次は自然と頬が緩んで笑顔になるのだが、陽葵は馬鹿にされたように感じたのだろう。
頬を膨らませ、口を尖らせた陽葵に「笑わないでください」と横目でジロリと睨まれてしまう。
「ごめんごめん、つい可愛くってさ」
「……それなら……いいです」
秀次が素直に弁明すれば、元々赤みがかっていた頬をより一層赤く染めた。
もじもじと身体を揺らし、居たたまれなさそうにしている。
(どうしたんだろ……)
陽葵が俯いて黙ってしまったのは間違いなく秀次の一言なのだが、本人は無自覚なので気づく様子が全くない。
今日まで欠かさず毎日陽葵の服を褒めていたお陰か、いつしか「可愛い」を伝えることに抵抗が無くなった秀次による褒め殺し。
秀次としては同じ感覚で言っているのだが、言われる側からすれば着ている服を「可愛い」と言われるのと、自分自身を「可愛い」と言われるのでは感じ方が全く違う。
不意に紡がれる秀次の言葉に陽葵の心臓は激しく脈を打ち、ここ最近は気が休まらない日が続いていた。
「いやーっ、お熱いねえ。鉄板の熱気に負けないくらい熱い」
出来上がった焼きそばをパックに詰めながらお兄さんがニヤニヤとこちらを見てくるが、言葉の要領がまるで掴めない。
しかし、その生暖かい目線が大地や金魚すくいの屋台の店主に似ていることだけは何故かハッキリとわかる。
「あいよっ、お待ちどうさん」
「ありがとうございます。行きましょう、樋山君」
「お、おう」
一体何が熱いのか考える前に、陽葵が差し出されたビニール袋を受け取ってすたすたと歩きだしてしまった。
屋台のライトに照らされて光る玉かんざし、蝶々の形に結ばれた赤い帯が可愛らしく左右に揺れる。
まだ花火大会が始まるまで十分時間があるのに、そんなに急ぐ必要があるのか。
早歩きで先に行ってしまう陽葵の後姿を秀次は急いで追いかけた。
第26話を最後までお読みくださった皆様ありがとうございます。
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