表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

26/54

第25話 金魚すくい


 服をちょこんと掴む陽葵を背にドギマギしながら人混みを横断することに成功すると、お目当ての屋台の丁度目の前に出ることが出来た。

 「金魚すくい」と大きく書かれた店の前は既に小さなお客さんで一杯になっていて、各々水槽と向き合い夢中で金魚と格闘している。


「綺麗……」


 押しのけるわけにもいかず、スペースが空くまで先客の子供たちの様子を後ろから眺めていると、隣に佇む陽葵から囁くような小さな声でそんな言葉が呟かれた。

 金魚すくいなどお祭りに行けば誰しも1度は目にする光景だろうが、そもそもお祭りに行った経験が無い陽葵には新鮮に映ったのだろう。

 プラスチック製の浅い大型水槽に張られた透明な水の中を悠々と泳ぐ大量の金魚たちは、言われてみれば確かに綺麗の2文字がしっくりくる。

 

「そこのカップル、やってかないのか?」


 赤い集団に黒や金がちらほらと。

 自由気ままに泳ぐ金魚たちに思わず見入っていると、近くからしゃがれた声が聞こえてきた。

 我に返り声のする方を見れば、金魚すくいの屋台の店主が腕を組み、パイプ椅子にどしりと構えている。

 若干強面の店主の視線の先が何だかこちらに向いている気がして後ろを振り向くも、そこにはお祭りを回っている人がいるだけだ。

 

(どこにカップルがいるんだ……?)


 一応左右も見てみるも、金魚すくいを楽しんでいる自分の子供を微笑ましそうに眺めている親御さんの姿しか見当たらない。


「今キョロキョロしている兄ちゃん。そう、呆けた顔で自分に指差してる君だよ君」

「俺……ですか?」

「そうだよ。他にいないだろカップルなんて」

「いやいやいやいや! 俺たち別にカップルじゃないですって。ただの友達と言うか……」


 まさか陽葵と並んでカップルと間違えられるなど思っていなかったので反応が大分遅れた。

 どうやら金魚すくいの店主さんは秀次と陽葵に話しかけていたらしい。


 自分で言っていて虚しいが、嘘を言う訳にもいかないのでキッパリと否定すれば店主さんが大袈裟に目を見開いた。


「ありゃ、俺の見当違いか。2人でいるもんだからてっきりカップルかと思っちまったよ」

「違いますって。ほら、綾辻さんも何か言って……あれ? おーい、綾辻さーん」


 否定してもニヤニヤと生暖かい視線を送ってくる店主はどこか大地と似たものを感じる。

 ここは陽葵からも一言何か言って欲しかったのだが、名前を呼んでも何故か棒立ちのまま反応してくれない。


「そんな感じで隣の嬢ちゃん、さっきから俺に釘付けなのよ」

「いや、多分金魚にだと思います……」

「そりゃそうか、嬢ちゃんは他の男には興味ないもんな!」


 何をどう思えばそうなるのか。わはははは、と愉快そうに笑う店主は一先ず置いておいて、陽葵の肩を人差し指で優しくつつく。

 不意の接触に驚いたのか、陽葵はビクッと華奢な身体を振るわせ、金魚の群れに固定されていた視線をようやく秀次の方へと向けた。


「樋山君、どうしましたか?」

「いや、綾辻さんがあまりにも金魚すくいに見入ってたから気になって」

「そ、そんなに?」

「それはもう。名前呼んでも反応しないくらい」

「うそっ……ご、ごめんなさい。無視したわけじゃないんです……」

「無視じゃないことは分かってるから良いんだけど……もしかして金魚すくいに何か思い入れとかあるの?」

 

 申し訳なさそうにペコペコと何度も頭を下げる陽葵にフォローを入れつつ、これ以上引きずらない様に話題を変えてみる。

 この様子だとカップルだと間違われたことに気づいてすらいないはずだし、ここは聞きたいことを単純に聞くことにした。


「うーん……思い入れと言うより憧れ、ですかね。金魚すくいだけじゃなく、今日ここで見たもの全てが1つ1つ、思わず見入ってしまうほど私の目には魅力的に映るんです」

「そっか、綾辻さんはお祭り初めてだし、そりゃ色々と夢中になっちゃうよね」

「そうですね、私にとってこの様なイベントは小説の世界でしか経験できませんでしたから」


 何かを思い出す様に陽葵は少し目を伏せて、それから目元を細めて淡い笑みを浮かべた。

 

 一瞬だけ。笑みを浮かべる前のほんの少しの間。

 陽葵の顔が曇り、哀愁を漂わせたのは気のせいだろか。

 

 あの暗い表情は、お嬢様関連のことが話題になった時の陽葵と少し似ていた。

 

「あっ。樋山君、私たちの番が来たみたいですよ! やりましょ、金魚すくい!」

「本当だ、遊んでた子供が少なくなってる」

「私、先に行きますね! すいませーん、2人分お願いします!」


 待ちきれない、といった様子で陽葵が秀次を置いて屋台の方へ駆け出す。

 何やら屋台の店主と会話をし、それから後ろを振り向き手招きをしてくる。

 

「樋山君、早く早く! 今、手前にとっても大きな金魚がいるんです! チャンスですよチャンス!」


 早くもポイを持っている陽葵の表情は新しいおもちゃを貰った子供の様に無邪気に眩しく輝いていて、声は明るく弾んでいる。


 いつも通りの天真爛漫な陽葵の姿に、まるで僅かな間見せた陰りが幻覚だったような感覚になってしまう。

 それとも、本当にあれは幻だったのか。


 どちらにせよ、深くは知らない陽葵が抱えている事情を詮索するつもりはない。


「おっけー、今行く」


 今は陽葵が憧れと口にしたお祭りを存分に楽しんでもらうことが大切だ。

 もちろんその後には陽葵に想いを伝えるつもりだが、常に告白を意識していると緊張や不安でいっぱいいっぱいになってしまうので、その時が来るまでは気持ちを胸の奥深くに仕舞っておく。


 再び気持ちを切り替えて、秀次は陽葵の待つ屋台の暖簾を潜った。

 




「どうしてそんなに取れるんですか……」

 

 口を尖らせ、陽葵がぷくーっと頬を膨らませている。

 本人は不満を表しているのだろうが、意図とは裏腹に何とも可愛らしい表情だ。

 まるで両頬いっぱいにくるみを詰め込んだリスの様な愛らしい姿に秀次はつい笑ってしまい、「何で笑うんですか!」と軽く肘で小突かれる羽目になる。


「どうしてって言われてもなあ。こればっかりは慣れと経験としか言いようがない」


 陽葵に喋りかけながら、秀次の目線はスイスイと金魚が泳ぐ水槽に向けられている。

 右手に握られたポイは既に半分破けているが、それでも残った面を使って器用に金魚をすくい上げていく。

 

 既に秀次が持つお碗には金魚が10匹以上泳いでるのだが、対照的に陽葵が持つお碗は虚しく水が残っているだけだった。

 

 陽葵が持つポイは外ぶちだけが残ったゲームオーバー状態。

 外ぶちだけでも金魚をすくえる達人も中に入るが、ここまで3回挑戦して1匹も金魚をすくえなかった陽葵にそんな芸当が出来る訳も無い。

 

「うーっ……店主さん! もう1回お願いします!」

「毎度あり! ほれ、頑張れよお嬢ちゃん」

「次こそは成功させますよ! 樋山君を観察してコツは掴みました!」


 よほど金魚をすくいたいのか、浴衣の袖を大胆に捲った陽葵の細く真っ白な腕が外気に晒される。

 別にやましいことではないのだが、厚い布で隠れていたパーツが急に目に付くと思わずドキッとしてしまう。


「あっ……」


 小さなころ祭りに行けば必ず金魚すくいで遊び、密かに磨かれていた秀次の腕をもってしても集中力が切れれば、元々ちょっとした衝撃で破けてしまうポイの膜など一瞬だ。

 普通の金魚と比べてサイズが一回りも二回りも大きな出目金に体当たりされ、秀次のポイは外ぶちだけになった。


 とは言え最終的に両の指で数えられないほど金魚をすくえたので成果としては十分だろう。

 子供の頃は足の指を加えても足りないほど1つのポイで捕まえられたのでやはりどうしてもブランクは感じられる。


「おっちゃん、ポイ返す」

「あいよっと。それにしても兄ちゃん中々の腕前だな。こりゃ2袋用意しないと金魚が狭そうだ」

「いや、飼うつもりないんで金魚は水槽に戻してあげてください」

「だったら隣の彼女……じゃないんだよな。わかった、そう睨むなって。すくった金魚、隣の嬢ちゃんに譲ってやるのはどうだ」


 もうからかわないからと両手を挙げて降参ポーズを取る店主の言う通り、陽葵に余している金魚を譲るのはいいかもしれない。

 秀次と店主の会話を他所に、金魚の群れ見つめて集中モードの陽葵が持っているポイは既にふやけて敗れそうだ。

 このままだと1匹も捕まえられそうにないし、単に金魚が欲しいのなら秀次が譲渡すればそれで話は済む。


「綾辻さん、金魚欲しいなら俺のあげようか?」

「いえ、大丈夫です。金魚すくいと言う名の通り、私が金魚をすくう必要があるのです……あっ」


 始めて祭りに参加する陽葵にとってたかが金魚すくい、されど金魚すくいといった感じなのだろう。

 どうしても金魚を自分の力ですくいたいらしい。

 並みならぬ気合の入りようで、秀次が提案した譲渡を断られてしまう。


 しかし気持ちだけで突然腕が上達するわけでは無い。

 陽葵がポイを浸水させ、金魚を持ち上げようとしたところで無情にも真ん中から薄い膜が破けてしまう。


「また破けちゃいました……。店主さん、これ、返します」

「いやー、そう涙目になられるとおっちゃん困っちゃな。残念ながら金魚すくいの難易度調整は俺でもできないんだよ……ってことでほれ。ポイおまけするから頑張って」

「いいんですか? あ、ありがとうございます!」

「いいって事よ、おっちゃんは女の涙に弱いんだ。でもその代わりこれで最後な? 結構後ろ並んでるからさ、そろそろ交代しないと」


 気前のいい店主に言われ後ろを向くと、確かに少し前の秀次たちのようにスペースが空くのを後ろで待っている人がちらほらといる。


「よーし、店主さんの優しさを力に絶対金魚をすくってみせます!」


 更に気合が入っているのは良いことだが、もしこのまま陽葵が今まで通り金魚をすくおうとすれば結果は目に見えている。

 そして実際にそうなってしまえば陽葵は間違いなく落ち込んでしまうだろう。

 それでは陽葵にお祭りを楽しんでもらうという目的が達成できなくなってしまう。


 短い時間で色々と悩んだ結果、秀次はしゃがんだまま半歩陽葵の方に近づいた。

 

「綾辻さん、ちょっとごめんね」

「なんでしょうか? ……ひゃっ!」


 新品のポイを持つ陽葵の小さな手を包み込むようにして、一回り大きい秀次の手が重なった。

 突然の接触に陽葵が声をあげ、雪の様に白い頬が一気に赤く染まっていく。


「どどどどどどうしたんですか樋山君! そ、その手っ……手が……」

「ごめん、こうでもしないとダメだなと思って」


 わなわなと唇を震わせいる陽葵の視線は直ぐ近くにせまった秀次の横顔だ。

 自分から仕掛けておいてうっすらと頬を赤らめている秀次の目的が分からない。

 それでも陽葵は突如覆いかぶさった秀次の手を振り解くこと無く、右手から伝わってくる暖かな熱を黙って感じていた。


「どう、できそう?」

「……はい?」

「金魚だよ、金魚。ほら、取れたでしょ」

 

 気づけば陽葵が左手で持っていた空のお碗の中で小さな赤い金魚が伸び伸びと泳いでいる。

 いつの間にか離され、温もりが消えた右手で掴んでいるポイはさっきまでは乾いていたのに今はぐっしょりと濡れている。


 何が起こったのか分からない様子で目をぱちくりとさせている陽葵を見て、秀次は照れくさそうにまだ赤らんでいる頬を掻いた。


「言葉だとコツとか伝えづらいけど、実際に俺が綾辻さんの手を動かせば出来るようになるかなって」

「そういうことだったのですか。いきなりだったので私、びっくりしちゃいましたよ」

「ご、ごめん。許可取ってから触れるべきだった」

「全然大丈夫ですよ。寧ろもう1度お願いします。さっきは突然であまりわからなかっので……」

「お安い御用だけど……触れていい?」

「どうぞどうぞ。樋山君ならいちいち許可要りませんよ」

 

 何故かリトライをお願いされるとは思っていなかった秀次が、より一層頬を赤らめながら再び陽葵の小さな細い手を上から握りしめる。

 

 さっきはあらかじめ覚悟を決めて無心で行ったので気にならなかったが、相手の手を自分の意思で動かそうとなれば自然と距離が近くなる。

 と息が肌に触れるほど陽葵が至近距離に迫った陽葵からふわりと甘い良い匂いが香ってくるし、掌から女の子の滑らかで柔らかい肌の感触が伝わって来て落ち着かない。

 

(許可要らないって……触っても良いって……いや、そういうことじゃない。今この瞬間、わざわざ気にしないで良いって意味であああああああ!)


 頭の中では様々な煩悩が入り乱れて大変なことになっていながら、身体はテキパキと金魚をすくう任務を遂行しているのは身に沁みついた熟練の技が為せる芸当か。


「本当にカップルじゃないのか?」


 さくらんぼのように寄り添って顔を真っ赤に染める秀次と陽葵の姿を見て、屋台の店主が思わず声を漏らした。






評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ツギクルバナー
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ