第24話 夏祭り
「これがお祭りですか……」
月ヶ浜花火大会のメイン会場に着いて直ぐ、目の前に広がる光景を見て思わず立ち止まった陽葵が感嘆の声を上げた。
花火大会とは何も花火を見るだけのイベントではない。
大体は同じ場所でもう1つのビッグイベント、夏祭りが行われる。
日が沈み始め、薄暗くなってきた空間を明るく照らす人工的な光。その中で沢山の屋台と人々が賑やかな喧騒を作り出していた。
花火大会が始まる前ということで、人が集中的に集まっているのだろう。
既に先が見えないほどに老若男女入り乱れる人混みが形成されていて、普段は滅多に見られない浴衣を着た人達がここでは当たり前の様に目に入った。
秀次にとって小さい頃に親に連れて行って貰ったきりで夏祭りに足を運ぶことは久々なのだが、高校生となった今でも風が運んでくる香ばしいソースの香りや響き渡る祭囃子の音に自然とテンションが上がっていく。
入口に立つだけで十分に少年心がくすぐられ、早く遊びたい気持ちいっぱいで身体がうずうずしてしまう。
「樋山君樋山君! 見てください、人がいっぱいいますよ! それに美味しそうな屋台も沢山!」
「見えてる見えてる。だからそんなに引っ張らないで……ほら、急ぐと危ないから……」
「早く行きましょう! 花火が始まる前に全部回りたいです!」
どうやら陽葵は秀次以上にテンションが上がっているらしい。
浴衣に合わせて草履を履いている陽葵が慣れない靴で怪我をしないか心配なのだが、陽葵は珍しく聞く耳を持たない。
余程夏祭りが楽しみなのだろう。秀次の服を掴んで引っ張りながら、陽葵はキラキラと純粋無垢な瞳で人混みに向かっていく。
普段の落ち着いた様子からは想像が付かないはしゃぎっぷりも、ここに来る途中、陽葵が花火大会も夏祭りも初めてだと言っていたのを思い出せば自然と頷けた。
子供の頃に誰しも経験するようなメジャーなイベントだが、お嬢様の陽葵と一般人の秀次とでは色々と違うのだろう。
家の事情はともかく、陽葵が今日このイベントをとても楽しみにしていたのはここまでの様子からも十分伝わった。
初めてともなればワクワクドキドキで浮かれてしまうのも良く分かる。
(告白は一先ず置いといて、綾辻さんに夏祭りと花火大会を楽しんでもらおう。せっかくなら楽しい思い出を作って欲しいし)
先ずは陽葵に夏祭りを存分に楽しんでもらう。
そう考えた途端に心の中で渦巻いていた告白に対する緊張がほぐれ、気持ちが大分楽になる。
安全を気にしてゆっくりと歩く秀次に痺れを切らし、掴んでいた服を離して小走りで先に行ってしまう陽葵の背中を秀次は軽い足取りで追いかけた。
「へいらっしゃい! 今なら作り立てだよー」
「祭りと言えばやきそば! ほら、そこの兄ちゃん1つどうよ」
「ママー、あの仮面欲しー」
「たこ焼き2パックくださーい」
人混みに入れば直ぐに活気の良い客引きの声や、親におねだりをする子供の声など様々な声が飛び交うのが聞こえる。
数年ぶりなのにどこか懐かしい感覚がするのは祭りの雰囲気がそうさせるのだろうか。
焼きそばにたこ焼きとメジャーな屋台が並ぶ中、時々見かける射的やくじ引きといった文字に思わず興味が引かれる当たり、子供の頃からあまり変わってない自分の感性が心配になってくる。
「綾辻さんは夏祭りに行くの初めてなんだよね」
「そうですね。こういったイベントには疎い自覚があります」
「人酔いとか大丈夫? 大分人多いけど……」
「心配ありませんよ。最初は気圧されましたが、今はもう大丈夫です」
心配する秀次を安心させるように、ニコリと笑顔を浮かべた陽葵にドキンと心臓が跳ねる。
それと同時に秀次は刺さるような視線を感じた。
周りを見渡せば、人混みを行き交う人々……主に男達が明らかにこちらに目を向けている。
視線の先はもちろん陽葵だろう。
元々、自然と人目を引いてしまう端正な顔立ちをしている陽葵が容姿を更に整え、極めつけに浴衣を着て歩いているのだ。
一度目を向けてしまえば惹き込まれてしまうのも無理はない。
そしてその陽葵の隣を歩いていれば、当然秀次にも視線が集まる。
聞こえなくともこちらを見てコソコソと話している内容の察しくらいはつくものだ。
値踏みするような他人からの視線は不快感しかないし、居たたまれなくなってくる。
「綾辻さん、気にならないの?」
「……何がですか?」
「いや、何でもない」
不思議そうに首を傾げる陽葵は今も遠慮なく向けられている視線を気にする様子が全くない。
普段もこういった視線を向けられているが故に慣れているのか、それともお祭りに夢中でそもそも感じていないのか。
恐らく後者だろう。
屋台を1つ1つじっくりと眺めている陽葵は未知の世界に魅入っていて、周りの事など全く見えていないようだ。
せっかく陽葵に楽しんでもらうとした矢先にこれなのでどうしよかと思ったものの、陽葵が気にしていないなら問題ないだろう。
秀次も気にしない事を決め、陽葵と一緒に屋台を眺めればタイミング良く……どちらかと言えばタイミング悪く、屋台と屋台の間にたむろする2人組の会話が聞こえてきた。
「うわっ、何あの子レベル高!」
「目とか蒼いし、絶対ハーフだろ」
「ちょっとお前、声かけて見ろよ」
「いや、よく見ろ……隣に男がいる」
「まさかあれが彼氏? 冴えねーなおい。全然釣り合ってないだろ」
一目でナンパ野郎と分かるような格好をした男がこちらをガン見しながら馬鹿みたいに大きな声で勝手な事を言い散らしている。
(うるせー、そんなの俺が1番わかってるわ)
悪意に溢れる言葉に言い返したい気持ちは山々だが、ここで突っかかって面倒ごとになったら純粋のお祭りを楽しんでいる陽葵の邪魔をすることになってしまう。
ここは心の中で悪態を付くに止め、陽葵に影響が及ぶ前にさりげなくこの場を離れることにする。
「あやつ……」
「樋山君、あっちに金魚すくいなるものが見えました。私やってみたいです」
「あ、ああ。いいね、やろうやろう」
秀次が名前を呼ぶより早く陽葵に声を掛けられ、今いる場所とは反対側にある金魚すくいの屋台に行くことが決まった。
秀次としてはこの場から離れられるし、陽葵が行きたい場所ということで願ったり叶ったりの提案だ。
「後ろ、ついてきてね」
コクンと頷いた陽葵に背中を向けて、道を埋め尽くす人の波を掻い潜っていく。
(こういう時、はぐれないようにってスマートに手を差し出せばカッコいいんだろうけどなあ……)
考えても実行に移せない想像をしつつ、人混みを横断しようとしていると後ろから僅かに引っ張られる感覚がした。
人が密集しすぎて身体の向きを変えれないので頭だけ後ろに振り向けば、俯いた陽葵の姿が目に入る。
陽葵は秀次の腰辺りに手を伸ばし、そこから先は見えないが恐らく服の裾を握っている。
「はぐれたらいけないので……シャツ、借りますね」
「わ、わかった」
理想通り手を繋げたわけじゃないが、これはこれで幸せで秀次は胸が高鳴るのを感じていた。
正面に向き直り、上機嫌で人の波を掻き分けていく。
そして、陽葵は秀次が前を向いたのを確認してからゆっくりと顔を上げた。
頬は赤みを帯び何だか気恥ずかしそうだが、その表情は口を尖らせ、何だか不満げな様子だ。
「樋山君はカッコいいのに……」
祭りの喧騒で周りの誰にも、直ぐそばにいる秀次にも聞こえない小さな声でポツリと呟いた陽葵は後ろに振り向き、屋台と屋台の間にたむろする2人組を遠目からジロリと睨んだ。




