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第16話 頼み

 


 陽葵との初お出かけを良い感じに終え、夏休みは中盤に入っていた。


 気温は30度後半まで上昇する日々が続き、半袖半ズボンは当たり前。真夏の太陽がギラギラとアスファルトを照らし付け、外出する時は水分が手放せないほど外の世界は熱気に包まれていた。

 

 とは言え、夏は海やプールに花火大会とイベント盛りだくさん。

 一歩外に出れば猛烈な暑さと引き換えに楽しいことが目白押しなのだが。


「あっちい……」


 サイン会以降、秀次は一歩も家から出ていなかった。

 

 受験生でもない限り、学生にとって夏休みは日々の勉学から解放され、各々部活や遊びに好きなだけ精を出す夢のような期間……しかし、秀次は例外中の例外だ。

 

 部活はどこにも所属していないので他の人と比べて暇になるのだが、かと言って遊びに出かけるかと言えば答えはノー。


 それは決して友達が1人もいないということでは無い。

 秀次は友達作りに困るタイプではなく、男子校ということもあって直ぐにクラスメイトと打ち解けた。

 しかし、殆どの時間を10年の付き合いになる翔と過ごすので、休日に一緒に遊ぶような特段仲のいい友達は出来ず、いつしか浅く広い交友関係を築いていたまま夏休みを迎えてしまった。


 そのせいで今のところ秀次に遊びの誘いが来ていないのが現状だ。

 自分から誘うことも無いので当然夏休みの予定は何も埋まっていない。

 

 お陰で膨大な時間だけが残り、多くの学生が後回しにして後々地獄を見る夏休みの宿題をほとんど終わらせていうほどに暇だった。


 そして宿題を片付けてしまった今、いよいよ本当に何もやることが無くなる。

 

「あっつ……」


 ゲームも読書も一通り楽しんでしまった最近の秀次は自分の部屋のベッドに寝っ転がり、ひたすらゴロゴロする毎日。

 夢のような時間だった陽葵とのお出かけが本当に夢だったかのように、地獄のような夏休みを送っていた。


 部屋に籠っていても騒がしく聞こえてくるセミの声。

 季節感を出すために窓際に付けた風鈴が奏でる涼し気な音。

 夏だから当然でしょ、と言った顔で母親から提供されるそうめんやかき氷。


 家から一歩も出ていないのに何故か夏気分を味わう日々に虚しさだけが募っていく。


 極めつけは秀次をいたぶるかのようなタイミング起こったエアコンの故障。


「あーつーいー……」

 

 今日は朝からパンツ一丁で仰向けになり、 扇風機から送られてくる生暖かい風を全身で受け止めながら暑いとぼやくだけ。

 

(綾辻さん今頃何してるんだろ……)


 後は脳内でサイン会以降、何の音沙汰もない陽葵のことを想うくらい。


―ピロピロリン


 そんな退屈な日々に転機が訪れたのは、突然何の前触れも無く送られてきた1件のメッセージだった。


 一瞬陽葵の顔が思い浮かび、直ぐに頭を振ってその可能性を否定する。

 この着信音は翔からのメッセージを伝えるものだ。


 陽葵への初メッセージを巡って葛藤していた時に翔からのメッセージで一喜一憂させられた経験を基に、それ以降連絡先ごとに違う着信音を設定したお陰だろう。

 今回は無駄に上げて落とされることは無く、メッセージアプリを開けば想定通り佐久間翔の文字が表示されていた。


『駅前のファミレスで待つ。なるはやでよろ』


 場所だけ指定された簡素なメッセージにどうせ暇だろといった意味合いを感じ、思わず一瞬無視してやろうかと思い浮かぶ。

 しかし実際に暇を極めていたので、了解と短く返事を飛ばせば間髪入れずにスタンプでOKと返事が来た。


 ベッドから起き上がり、服を着るためにタンスに手をかけたところで終業式の日の事が頭に浮かぶ。


『念のため聞くけど、女の子関係の相談じゃないよな』

『今日は違うから安心して』

 

 今日だけじゃなく今後も違って欲しいのだが、翔の女好きはそう簡単には直らないはずなので無理な話だろう。

 一先ず今日はめんどくさいことにならないらしい。

 だからといってわざわざ呼び出すあたり、何かしらの要件はありそうだが女の子絡みを超えてくることは無いだろう。

 

 軽く身支度を整えるて久々に家のドアを押して外に出れば、真上に輝く太陽が秀次の全身を隈なく照らし付けた。

 


 

 


「よー、お久ー」

「久しぶり……って随分焼けてるなおい。本当に補習行ってたのか?」

「そりゃもちろん。ばっちり留年回避してきたぜ」

 

 当たり前の事なのに何故か得意げに胸を張る親友に苦笑しつつ、正面の席に腰を落ち着ける。

 まだ女関係の相談が一切ないと確定できないが、とりあえず終業式の日の様に隣に知らない女の子がいたりはしない。


 翔はつい最近まで学校の補習に追われていたはずなのに、大胆に露出した肌は一面こんがり小麦色に焼けていた。

 改めて近くから観察すると髪色が若干変わっていたり、ピアスが1つ増えていたりと色々な変化が見られれ、どうやら補習から解放された後、翔は早速夏休みを満喫しているようだった。

 

 様変わりした翔の外見を見れば、陽葵と遊んだっきり家に籠りっぱなしだった自分との違いが目に見えて分かる。

 

「秀次、夏満喫してないだろ」

「何でわかる」

「だって肌は真っ白だし、日焼け跡の1つもない。家に籠りっぱなしって感じじゃね?」

 

 秀次から見て翔が夏を満喫してるのが一目瞭然のように、その逆も然りと言う事らしい。

 図星を突かれて何だか悔しいので黙り込めば、それを肯定と受け取った翔が大きなため息を吐き出した。


「1億年に1人の超絶美少女はどうした。デートが終わった後、随分浮かれてたじゃねーか」

「綾辻さんな。そしてデートじゃない、ただのお出かけだ」

「わかったわかった。それで、その後の進展は何もないわけ?」

「見ればわかるだろ」

「それもそうだな。このヘタレ野郎が……」


 すっかり定着した不名誉なあだ名で呼ばれムッとするが、否定できないのも事実。


 初めて陽葵と遊びに行き、そこから更に夏休みを利用して距離を縮める……はずだった。

 しかし、虹橋駅で別れた後に送られてきたカッコ良かったのメッセージ以降、変に意識してしまって陽葵との連絡は途絶えてるのが現状。

  

 遊びに行った日は好感触だったのに、終わってみれば寧ろ距離が離れてしまった気さえする。


 怪しさ全開の翔の誘いに乗ったは、そういった訳で上手くいっていない陽葵との事を相談が出来たらという魂胆があった。


 しかし相談前に一方的に貶されてしまい、やり場のない不平不満を足に込めてテーブルの下から翔の脛を軽く蹴れば、親友が大袈裟に痛がる振りした。


「いってー……。これは骨折れたわ。慰謝料の代わりに俺の言う事聞いてもらうしかない」

「大して痛く無いだろ。質の悪い当たり屋かよ」

「いいや、ぽっきり真っ二つに折れたね。ほら、蹴られたところが茶色に変色してる」

「それ、日焼けじゃねーか」


 ちぇー、と口を尖らせる翔はまだ大根芝居を続ける気なのか、蹴られたところを優しい手つきで擦っている。

 秀次にしてみれば、さっきから軽いやり取りをするだけで一向に呼び出した要件を言わない翔が気味悪い。


「それで今日は何で俺を呼んだわけ」

「よくぞ聞いてくれた。足を怪我させたお詫びに何でも言う事聞いてくれるんだよね?」


 煮えを切らして単刀直入に聞いてみれば、さっきまで苦痛に顔を歪めていたはずの翔の顔が一気にニヤニヤとした怪しい笑みに変わる。


 やはり何か翔は企んでるらしい。

 言い方的に頼みがあるようだ。

 下手な芝居を打ってまで無理やり何でも言う事を聞かせようとしてくるあたり、これからどんなことを言い出すか不安でしかない。


「言ってねーよ。お前の頼みを無条件で飲むなんてできるか」

「えー、ケチー」

「誰がケチだ。まあ良い、聞くだけ聞くから言ってみろ」


 女の子関係では無いことは言質を取っているし、翔が掌を返してやっぱり相談乗ってとか言わない限りが大丈夫だろう。

 ドロドロでネバネバなめんどくさい昼ドラ的展開を処理するようなことは無さそうだが、逆にそうなると翔から何を頼まれるか予想が付かなくて余計に不安を煽られる。


 顎で早く言えと言葉を促せば、不気味な笑みを携えた翔が口を開いた。

 

「秀次、バイト興味あったりしない?」

「……は?」


 警戒心マックスで心構えをしていた秀次は、予想外過ぎる翔の言葉に思わず呆けた間抜けな声が自然に口から漏れていた。





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