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第14話 タピる

 

 行列に並んで待つこと数十分、ようやく最前列付近に辿り着くと店員さんからメニュー表を渡された。

 その場で決めて注文スタイルだと、陽葵の様に悩みに悩む人がいた場合に渋滞を起こすためだろう。


 タピオカにも色々な種類があるようで、ノーマルのタピオカからフルーツ系、抹茶系、キャラメルにチョコレートまで実に様々な系統に分かれてる。

 このバリエーションの多さがリピーターを生んで流行りをブーストさせる要素なのだろうが、やはりどれも黒いブツブツが底に溜まっていて、今からそれを実食すると言うのにまだどうしても嫌悪感は否めない。


 抹茶好きの秀次はざっとメニューに目を通して直ぐに注文するものを決めたものの、陽葵は相変わらず難しい顔をして何を頼もうか決めかねていた。


「タピオカミルクティーとタピオカ抹茶ラテでお待ちのお客様ー」


 結局自分の番になるまで決められなかった陽葵は無難にスタンダードなミルクティーを頼み、初めて手に取ったタピオカなる飲み物を上下左右様々な角度から眺めて興味津々な様子を示す。


「なるほど、このブツブツを通すためにストローが太いんですね」

「こいつら勢いよく喉に入りそうで怖いな……。そもそもこれを口に入れるのが結構怖い」

「売り物ですし何の問題も無いに決まってるんですけど、やはり最初は抵抗ありますね……樋山くんお先にどうぞ」

「毒見しろってわけね……それじゃ、いただきます……」


 陽葵に促されるままに通常より大分太いストローを加えてゆっくりと吸い込むと、口の中いっぱいに甘さを前面に押し出した抹茶の味が広がり、遅れてカエルの卵……に似た黒いブツブツが数個一気に入り込んできた。


 口内で黒いブツブツを奥歯に移動させて恐る恐る噛んでみれば、カップの中で吸収していたのかほんの少し抹茶の味がする。

 長い行列に並んでいる間スマホで調べてみたところ、得体の知れない黒いブツブツはデンプンを固めて丸くしたものらしく、白玉に似た弾力と歯ごたえは従来の飲み物では感じられない食感を楽しめる要素となっていた。

 

「……どうですか?」

「飲んでみて」

「その顔は美味しいのか不味いのかどっちなんでしょう……」


 秀次の反応から何の前情報を得られなかった陽葵が薄茶色の液体と黒いブツブツで満たされたプラスチックカップを懐疑的な目で見つめつつも、やがてその小さな口でストローをパクリと咥える。

 すると直ぐに透明なストローがミルクティーとデンプンの塊を通し、陽葵の口に入っていくのが見て取れる。

 恐らく秀次と同じようにファーストコンタクトの黒いブツブツを怖がっているのだろう。

 触感を確かめるためにゆっくりと上下の歯を合わせれば、細めていた目が一気に見開かれて真ん丸なコバルトブルーの瞳が露になった。


「美味しい……」

「だよね。やっぱ流行ってるだけあってめちゃくちゃ美味いわ」

「これは年頃の女の子が夢中になるのも納得ですね。リピーターになるのもわかる気がします」

 

 ストローから口を離し、片手で持つプラスチックカップをまじまじと見つめる陽葵は既にタピオカを受け入れたらしい。

 想像以上の美味しさに大変気に入ったようで、もっと飲みたいと言った様子で直ぐにストローを咥え直せば、あれだけ懐疑の目を向けていた黒いブツブツを夢中で吸い込んでいく。


 カエルの卵っぽいなど敬遠していたカップの底に溜まる黒いブツブツは実際口にしてみると癖になる食感で、かなりの量があるにも関わらず飲んでる途中に飽きることが無い。


 大衆文化の例に漏れず秀次もその食感の虜になり、駅までの道を辿りながら暫く無言でタピオカを啜っていれば、あっという間にカップの半分が透明になる。


「凄い勢いで飲んでいますね。そんなに抹茶バージョン美味しいですか?」

「前から飲んどけばよかったって思うくらいめちゃくちゃ美味いよ。まあ俺が抹茶好きってのもあると思うけど」

「私も抹茶は好きな方なのでそこまで言われると気になりますね。選ぶ時間がもっとあれば私も樋山君と同じ奴にしたかもしれません」

「結構選ぶ時間あった気がするけどな……。良かったら一口飲む? ノーマルのミルクティーと飲み比べたら……面白そう……」


 歩きながらストローの先を陽葵に向けた秀次の声が徐々に弱まり、やがて途切れる。

 

 話の流れでつい口走ってしまったが、飲み物をシェアするとなると重大な問題が発生してくる。

 流し飲みできる缶タイプや、飲み口が円形に広がっているグラスタイプでもないタピオカはストロー1本しか飲む手段がない。


 つまりはタピオカをシェアするとなると、どうしても太い透明なストローに口を付ける必要があると言うことだ。


(それって間接キスじゃ……)


 潔癖症でもないのでオール男子のクラスメイトとは抵抗なく普通に飲み回しをするものの、年頃のピュアピュアな男子高校生である秀次は異性――それも好きな女の子相手となると、たいして意味がないとわかっていても間接キスは意識してしまう。


 自然と耳が真っ赤になる秀次とは対照的に特に何も意識しなかったのか、陽葵は差し出されたまま固まっているタピオカ抹茶ラテを前に目をキラキラさせると、にっこり笑顔を浮かべて空いている方の手でカップを受け取った。


「実は丁度飲みたいなと思っていたんです。樋山君の優しさに甘えさせてもらいますね」

「ちょっ……」


 秀次が止める暇もなく、陽葵は待ちきれないといった感じで秀次が口を付けたストローを咥えた。

 そのままちゅーちゅーと中身を可愛らしく吸い込んでいけば、口に一面に広がる甘い抹茶の味に頬を緩める。


「これ、抹茶好きにはたまりませんね。スタンダードなミルクティーももちろん美味しいですが、樋山君から貰った抹茶ラテの方が数段美味しい気がします。お陰様で次タピオカを飲む時に頼むものが決まりました」

「それは良かったね……」

 「ありがとうございました」と一言添えて返されたタピオカ抹茶ラテのストローが何だか少し艶っぽいのは意識しすぎだろうか。

 あれだけ猛スピードで飲んでいた勢いが嘘のように、緑色の液体で満たされた容器は半分から一向に減らなくなってしまった。


(ダメだ、口を付けることができない……)


 陽葵が口を付けたことで既に間接キスはしてしまっているのだが、自分からとなるとまた話が大分違ってくる。

 ストローを近づけては離しての繰り返しをしている秀次を見て何を思ったのか、小さな口で飲み続けてようやく3分の1が減ったカップを陽葵が差し出してくる。


「私のも飲みますか?」

「いや、俺は遠慮しとくよ……」


 陽葵はどうやら本当に間接キスなどこれっぽっちも意識してないらしい。

 男子と女子ではそういったことに対する考えが違うのか。

 それとも今時の人間はたかが間接キスで一々騒いだりしないのだろうか。


 再びストローを口に咥えて薄茶色の液体と黒いブツブツを吸い込んでいく陽葵の顔が平常通りなのを見て、秀次は自分の意識のしすぎなのかと少し落ち込んだりしていた。


 真夏の太陽に照れされ淡い光沢を放つダークブロンドの長い髪。その下に隠された陽葵の耳が真っ赤に染まっていることを秀次が知る由も無い。



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