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第13話 勘違い



 秀次はマルゲリータピザ、陽葵はアマトリチャーナをそれぞれ注文し、他愛無い会話をしながら食しているうちに店内は繁盛し始め、店を出た頃には時刻は正午を回っていた。

 

 本来の予定ならここで解散という流れだったのだが、それに陽葵が待ったをかけた。

 午後一緒に行って欲しい場所があると頼まれ聞いてみれば、最近物凄く流行っているタピオカなるものを飲んでみたいという可愛らしいお願いだった。


 何でも麗秀学院は放課後に寄り道禁止らしく、中々手を出せなかったらしい。

 秀次としてはルールなど破ってなんぼといった感じなのだが、麗秀学院のお嬢様となると勝手が違うのもわかる気がする。

 そもそもリムジンで登下校してるような人たちがで帰りにタピオカの飲みに行ってる姿を想像できない。

 

 同じように本来住む世界が違うはずの陽葵は毎日公共の電車で登校しているように、何故かお嬢様扱いを嫌い、普通であることを目指しているようなので、今世間で流行りに流行っているタピオカを飲んでみたいといった健気な願いもそこら辺の拘りから来ているのだろうと頷ける。


「ここですね」

「最前列が大分遠いな」

「私もこんなに並んでいるとは思いませんでした……」

 

 案内されるがままに数分歩いた先に着いたのタピオカ専門店は既に長い長い行列を作っていて、キャッキャキャッキャと甲高い声を発する女の子たちが楽しそうに各々はしゃいでいる。

 どことなくサイン会と似たような雰囲気を感じてしまい、この場では数少ない男の子である秀次は少し居心地が悪い。

 サイン会と違うのは屋内か屋外かというところと、高身長イケメン作家がいないところくらいだろうか。


「女の子ってこういうのほんとに好きだよね。男にはよくわからんよ」

「私は流行りには疎いので何とも言えないですね……。果たして美味しいのでしょうか?」

「まあ一大ブーム巻き起こしてるくらいだし、味は保証されてるんじゃない?」

「そうだといいんですが、見た目はあんまり……その、何というか……」


 言いづらそうに言葉を濁す陽葵の視線の先には、大きな文字でタピオカと書かれた看板が主張激し目に掲げられている。

 看板にはタピオカのイラストも描かれていて、ミルクティーの底に黒いブツブツが所狭しと溜まっているのが分かる。

 それがタピオカのメインだと言うことは理解しているが、艶っぽい黒々としたブツブツはどことなくカエルの卵を想像してしまうビジュアルで、実食経験のない人間からするとあまり食欲をそそられるものでは無かった。

 

「何となく言いたいことは分かる」

「察してくれて助かります」


 曖昧に同意を示すと、陽葵がホッと安堵の息を漏らした。


 陽葵は同じく行列に並ぶ周りの人に配慮していたのだろう。

 夏休み中だからなのか、これが平常運転なのか、長蛇の列を形成している若い女の子たちは陽葵のように初めてタピオカを飲みに来たわけではなく、そのほとんどが既に流行りの虜になっている常連のはずだ。

 そんなタピオカを好んで飲みに来ている人達の前でカエルの卵みたいだよね、とは大きな声で中々言えない。

 

 とは言っても、今をトキメク若い女の子たちは他人の話を聞いている様子はまるで無い。

 それぞれ友達と昨夜のドラマの話や恋バナで盛り上がっているし、ボリューム大きめの会話は行列全体で行われていて混沌としている。

 

「マジで樹本先生カッコよすぎない!? あの顔で少女漫画チックな恋愛小説書いてるとか最高なんだけど!」

「わかるわかるー! そこらの俳優よりイケメンだよね! しかも毎回神対応だし、次のイベントも絶対行かなきゃ!」


 並んでいる間ダンマリは寂しいので陽葵と世間話に興じていると、少し後ろからタイムリーな会話が聞こえてきた。

 振り返って声の主を探すと、直ぐにそれらしき2人組の女の子が見つかる。

 秀次たちと同じようにサイン会に参加してからお昼ご飯を食べ、そのままタピオカを飲みに来たのろう。 

 片方は樹本先生の著作を大事そうに抱えており、もう片方は一体どこで売っているのか全身ブロマイドを眺めているのが視認できる。


「やっぱり樹本先生人気だね」

「そうですね。去年、著作が連続ドラマ化されてから一気に人気に火が付いた気がします」


 ありきたりな世間話だと間が持たないので、陽葵も聞こえてたであろう樹本先生の話題を振ってみたのが間違いだった。

 樹本先生の話となると嬉しそうに薄く微笑んだ表情を見せる陽葵を見て、折角切り替えた心が少し沈んでしまう。

 

「でも何でしょう……。あの方たちの様に最近は小説とは違う方向に人気が出ていてファンとしては複雑な気分になります」

「違う方向と言うと?」

「樹本先生って自作のドラマ化を機に最近顔出しを始めたんです。それ以降、イケメン作家現ると言った感じに外見で売り出し始めて……。もちろん外見からファンになる人達を否定するわけではありませんが、ちゃんと作品を見て欲しいと言うか……すいません、熱くなっちゃて」


 樹本先生の話になると陽葵の口数が多くなるは夏休み前に毎日5分の時間の中で知っていたことだが、外見に関する意見を聞いたのは初めてだった。

 古参ファン故の悩みと言ったとこなのか、顔出しする前から純粋に作品のファンだった陽葵としては今の状況は素直に喜べないらしい。

 複雑な心境で苦笑いを浮かべる陽葵を見ると、あまり思い出したくない質問が蘇ってくる。

 

「でも綾辻さん、樹本先生の事好きってさっき言ってなかった?」

「あれはもちろん外見の話じゃないですよ? 樹本先生の著作が好きって意味です。彼は私が見たことが無い景色を小説を通して見せてくれますから」

「……マジか」


 結局は全て早とちりによる独り相撲だったと判明すれば、勝手に落ち込んで勝手に立ち直った自分が心底馬鹿馬鹿しくなってくる。

 著作が好きという意味で即答したのなら何で頬を赤らめていたのか聞きたいところだが、陽葵が自覚がないだろうし、1から説明するのは好意を証明しているようなものなので絶対に出来ない。

 それに陽葵は元から表情豊かなので、頬を染めたといっても好意以外にも色んな理由が考えられる。


 冷静になった瞬間、急に目が覚めて肩をがっくりと落とした秀次を見て陽葵が不思議そうに首を傾げた。

 

 何でもないと笑って誤魔化せば、同じように優しく笑って返してくれる陽葵が相変わらず天使の様に可愛くて、秀次はどうしようもなく恋心が募っていくのを感じた。



 


 

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