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第10話 待ち合わせ


『おはようございます。9時に笠霜駅前のロータリーで待ち合わせですよね?』

 

 電車に揺られながら陽葵とのトーク画面を見返すと自然に笑みがこぼれそうになり、秀次は無表情を保つのに必死だった。

 

 電話の一件があった日以来、中々最初のメッセージを送ることが出来ずに真っ新だった陽葵とのトーク画面はいつの間にか充実したものとなっていた。


 サイン会の時間と場所を送り、そこから逆算して待ち合わせ場所と集合時間を決めたのが陽葵と通話した日の夕方。

 そこで一度メッセージが途切れたのだが、翌朝に届いた『おはようございます』の一言がきっかけとなり、サイン会当日の今日まで何気ないやり取りが続いていた。




「ご乗車ありがとうございました。笠霜ー笠霜ー。お出口は右側です」


 目的地に着いて降りた駅のホームの時計が8時30分を示している。

 

 どちらかというと時間にルーズな秀次が少しどころか大分早く集合場所に着いたのは、もちろん今日会う相手が絶賛片想い中の女の子だからだ。


 勇気を出して連絡先を交換したお陰で学校が無い夏休み中も携帯を通じて陽葵と会話ができる、それだけで心が満たされるほど幸せなのに、今日は待ち合わせをして一緒に遊びに行くことが出来るときた。

 もちろんこれはデートなどではなく、陽葵の目的はあくまでお気に入りの恋愛小説作家のサイン会なのはわかっているが、休日に男女2人きりでお出かけと言うのはやはりどうしても意識をしてしまう。


 何より通学中に電車で顔を合わせるのとは違い、制服ではなく私服で陽葵と会うことになる。

 胸ポケットに校章が刺繍された白シャツにチェックのスカートと、かなりシンプルなデザインの麗秀の制服を着ていても、そのままファッション雑誌に載れるんじゃないかと思うほど美しいのだ。

 自分の容姿、体型、好みに合うものを選ぶであろう私服を着て、ただでさえ可愛すぎる陽葵がどれだけパワーアップしてしまうのか想像がまるで付かない。

 

 まだ見ぬ陽葵の私服姿を想像し、却って自分の姿が気になってしまった秀次が時間に余裕があるのを確認して駅のトイレに駆け込んむ。


「髭の剃り残し無し。髪も崩れてない。洋服は……大丈夫、我ながら似合ってる」


 朝、自宅で何度も確認してきたのに、改めて全身鏡を見るとまるで別人のように明るく爽やかな自分の姿に思わず自画自賛してしまう。


 実際、鏡に映る左右反対の秀次は超絶イケメンとはお世辞にも言えないながら、中々様になっていた。


 全体的にボリュームを増やして前髪を軽く遊ばせた、目立たない程度の……それでいて爽やかに見える流行りのヘアセット。

 服装はストライプ柄のTシャツの上に七分丈の寒色系のシャツ、下は黒のスキニーパンツと無難なスニーカを履き、流行を抑えた纏まった仕上がりになっている。


 どう頑張ってもオシャレやファッションに疎い秀次にはここまで外見を整えられない。

 

 それもそのはず、ヘアスタイルも全身コーデも全て翔プロデュースのものだ。

 親友の翔曰く、オシャレが分かるようになれば秀次は上の下くらいには整うらしい。


 この日の為にと翔に都会のショッピングモールに呼び出され、あれやこれやと指導された結果が今日の2割増しでカッコよくなった秀次を作り出していた。

 

「これは素直に翔に感謝しないとな……よし、身だしなみは完璧。少し早いけど待ち合わせ場所に向かおう」


 


 


 改札を抜けて駅を出ると、直ぐに何かが起こっていることに気づいた。


 通行人がチラチラと目線を送っている場所に目を向けると、陽葵との待ち合わせ場所である駅前のロータリーの1か所に派手な髪と服装をした3人組の男が集まっている。

 距離が遠くて姿を確認できないが、見た感じベンチに座っている誰かを取り囲んでいるのだろう。

 友達と話しているという雰囲気ではなく、どちらかというと絡んでいる様に見える。

 

「まさか……いや、そんなわけないよな……」


 脳裏によぎる嫌な予感を振り払いながら待ち合わせ場所のロータリー向かうと、ようやく悪目立ちしている男たちの声が聞こえてきた。

 

「なあなあ俺らと遊ぼうよ。好きなところに連れってってあげるからさ。ほら、そこにあるカフェでもいいし」

「しつこいです。私は待ち合わせをしている人がいるので他を当たってください」

「そんなこと言わずにさー。君みたいに可愛い子他にいないんだって。これを機に是非お友達になりたいなーって」

「何度も言わせないでください。私はこれから予定があるんです。貴方たちとお話ししている時間はありません」


 下心が透けて見える不快感しか覚えないチャラチャラとした言葉の連続。

 決してしつこく後追いしない翔とは違い、相手の気持ちを一切顧みない欲望丸出しの最低最悪なナンパ。 

 嫌な予感は的中し、ナンパの中心にシンプルな白いワンピースに身を包む1億年に1人の超絶美少女、綾辻陽葵がいた。


 集合20分前とかなり余裕を持って来たはずなのに、どうやら秀次よりも早く待ち合わせ場所に着いて待っていたらしい。

 秀次を待って1人でいたところを好機と見たナンパ野郎に捕まってしまったのだろう。


 電車内で十分すぎるほど分かっていたが、陽葵の端正な美貌は良くも悪くも人目を引く。

 狭い空間で人が密集している電車内では見るだけに止まっていたものの、開けた屋外に出てしまえば、こういったろくでもない輩がよってくる可能性は十分にあった。

 

 不快感を前面に出した軽蔑の目を向け、心底迷惑そうな声で拒絶しているにも関わらず、陽葵を取り囲む3人組は離れる様子が無い。

 

「別に彼氏待ってるわけじゃないでしょ? せめて連絡先だけでも教えてよ。俺たち君に一目ぼれしちゃってさー。仲良くしてほしいんだよねー」

「ですから……」

「何々、連絡先交換してくれるって? それは嬉しいなー」

「いや、そんなこと一言も……」

「えーっ、何? 声が小さくて聞こえないなー」

「あのっ……」


 今まで何度か同じことがあったのか、ここまで冷静な対応をしていたものの、何を言っても全く聞かない男たちを前に陽葵の顔に焦りと困惑の色が見え始める。

 そもそも体格が一回りも二回りも大きい男たちが華奢な女の子1人を複数人で取り囲むこと自体アンフェアなのだ。

 見た目も厳つく危ない感じがするナンパ野郎に次々と言い寄られ、どんどん陽葵の勢いが弱まっていく。


 こういう時、周りの人間は全く動かないのを秀次は知っていた。


 困っている人をその目で確実に見たはずなのに、この後の予定に響くから、とか、どうせ他の人が助けるから自分には関係ない、とか勝手に心の中で言い訳をしてその場を去る。

 

 面倒ごとに巻き込まれたくない。

 首を突っ込んで自分が不利益を被りたくない。

 

 本音はそんなもんだ。

 

 過去に1度、似たような経験があるから痛いほどわかる。


 何より今助けを求めているのは他の誰でもない、一目惚れをした初恋の女の子。


 一歩を踏み出す理由はそれだけで十分だった。


 自分から声を掛けることも、最初のメッセージを送ることも出来なかったヘタレ野郎の秀次は迷わず歩を進める。

 

「この子、俺の彼女なんで」

 

 派手な格好をした屈強な男たちに割り込んで、迷わず陽葵の手を掴む。

 そのまま強引に手を引いて陽葵を立たせると、ポカンと立ち尽くす3人組を横切って大通りに向かう。


「えっ、えっ?」


 いきなりの出来事に戸惑いと驚きの声を上げた陽葵の顔が見る見るうちに真っ赤に染まっていく。

 しかし秀次は一切後ろを振り向かず、黙って陽葵の手を引いてひたすら真っ直ぐに大通りを進んでいった。

 

 やはり怖くて怖くて仕方なかったのだろう。

 不安でいっぱいだったのだろう。


 小刻みに震える陽葵の小さな手を、秀次は優しく包み込むように握りしめた。


「……やっぱり優しいね、樋山君は」


 何かを思い出すようにポツリと呟かれた言葉は陽葵を3人組から逃がすことで必死の秀次の耳に届かない。




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