少女と少年
お気に入りの喫茶店でコーヒーの香りと風味を味わいながら読書をするのが楽しくて、ほぼ毎日通っていたある日の事。
気が付けば5月になり、ゴールデンウィークも終わり間際。特に何もなく、ただただこの喫茶店で本を読む日々だった。
お目当ての千尋君も何かと忙しいみたいで、あまり顔を見ることが少なかった事が少し残念に感じてる。コーヒーを淹れる時の真剣な顔や、常連さんに向ける笑顔も見ることができなくて。なんだか胸に小さな穴が空いてしまったかのような感覚に驚いている。
「これが恋……なのかな」
意図せずこぼれ落ちる心の声。小さく声に出てしまう辺り、本格的に好きになっていることが自分でも分かる。
気付けば活字を追う目が止まり、自然と本を閉じていた。今日は気分が乗らない。そう思い、会計を済ませようとした時だった。
「千尋、暫く店番を頼むよぉ。急用が出来たんだぁ」
「父さんに急用なんて珍しい。まあ、最近手伝えてなかったから任せてくれると嬉しい」
「ありがとうねぇ。じゃあ、ササッと終わらしてくるからねぇ」
どうやら何かあったみたい。急用が……とか、任せて……とか。もしかしたら千尋君に会えるのかも。そう期待している自分が恥ずかしい。いつもの制服じゃなく、春用の私服姿だから尚更恥ずかしい。
マスターが外へ出ていくと、入れ替わるように千尋君がやって来た。縁なし眼鏡の奥でやや釣り上がった目が、店内を見渡していく。千尋君を見ていた私は、自然と目があってしまう。
恥ずかしくなり、閉じた本を開き顔を埋める。きっと赤くなっているんだと思う。だって、顔が熱く感じるから。
「お久し振りですね。元気にしていましたか?マスターがいつも来てくれてるって教えてくれましたから」
まさか千尋君から声を掛けてくるなんて思わなかった。優しく落ち着いた声にドキッとしてしまった。
「は、はい。わわ、私のお気に入りですから……」
カウンターから出てきて、私の方へとやって来る。カランカランという音と共に、何かがテーブルの上に置かれる。良く見てみるとどうやらミックスジュースのように見える。
「あの、これは?」
「話の種ついでに、俺が作った新作です。良ければどうぞ」
「あ……ありがとうございます」
優しい笑みを浮かべながら、感想を聞きたそうに私を見つめる。ただそれだけなのだろうが私には刺激が強すぎる。好きな人に見つめられたら誰だってそうなるはず。
飲まないというのも失礼だと思い、ゆっくりとストローに口付ける。すると、ドロッとした液体が口の中へ入ってくる。途端に広がるマンゴーの強い香りに甘さと酸味がやってくる。レモンのような風味も感じられる。遅れてヨーグルトの優しい甘味とほのかな酸味が広がる。凄く美味しい。素直にそう感じさせる飲み物だと私は思った。
流石に目を見て答えることは出来ないけど、やや目線を下げて感想を言う。
「これ、凄く美味しいですよ!」
「よかったぁ……そういって貰えて嬉しいよ。ありがとう」
感想を聞いたその顔は、凄くうれしそうに笑っている。
その笑顔に私は雷に打たれたかのような感覚に陥る。私……この人に好きになったんだと実感するには充分だと感じる。