厄介事
始業式から早くも数日たったある昼休みの事だった。俺はとある場所に呼ばれて、現在そこにいる。なにも悪いことはしていない。いくら記憶の中を辿っても思い当たる事もない。
「何か……しましたか?どうしても思い出せないんですけど」
「君は鶏並みの記憶力なのかい?」
「鶏よりかはマシだと思いますが?その前に何故呼ばれたかも分からないんですが」
「私が呼ぶのに理由がいるのかい?いや、要らない。何故なら……」
「な、何故なら?」
「私が春野高校生徒会会長だからだ!」
無い胸を張って言い切ったのは、俺の通う春野高校の生徒会長。東雲遥先輩18歳。校内トップの成績を誇る。容姿端麗と言う言葉は東雲先輩の為にあるのではないかと錯覚してしまうほど美しい。強いて言うのであれば、149㎝という低身長。女性の象徴である胸も無い。
ついでに運動はダメダメ。体を動かすということに向いていない。完全に部下にやらせるタイプの上司。
実を言うと昔からの友人関係、幼馴染みとも言える存在であり、非常に仲が良い……と俺は思っている。
そんな東雲先輩に呼ばれて来たのは生徒会室。何度も言うが、こんな所に呼ばれる覚えはない。
「前に言っておいたじゃないか。高校2年になったら生徒会役員になりなさいと。なのに君はそれを無視した。罰せられるには充分すぎり理由だよ」
「東雲先輩……まだ始業式から数日しか経ってないですよ?」
「それがどうしたのよ」
「いや、生徒会選挙……始まってないですよ?」
生徒会室が静かになる。途端に時計の音が響きだす。まるでここだけ現実から切り離されたかのように……
沈黙が続くなか、東雲先輩が口を開いた。
「せ、生徒会会長の力を駆使すれば、選挙なんて飛ばして役員になれるのよ」
「職権乱用!それ、職権乱用ですよ!?」
権力の暴力。力という力を使うきでいるのは目に見えている。それだけは阻止しなくてはならないと俺は感じたのだが……
「そ、そんなこと無いわ!私と千尋の仲だもん!先生方も許可してくれるもん!」
突然そんなことを言い出したものだから恐ろしい。いくら幼馴染みとも言えど、学校で名前を呼ばないという決まりを作ったのは東雲先輩本人なのだ。
「学校で千尋って呼ぶなよバカ遥!」
「千尋だって!私、バカじゃないし!バーカ!」
売り言葉に買い言葉。まるで子供の言い争いのような会話が始まる。仕掛けてきたのは東雲先輩の方だ。俺は悪くない。
ヒートアップしていく中、生徒会室のドアが開き、中に一人の生徒が入ってくる。俺と東雲先輩を見て溜め息をつく。近くの椅子に腰掛け、呆れた様子で話し掛けてきた。
「二人ともやめなさい。みっともない。あぁ、他の生徒が知ったらなんて思うかしらね?あの生徒会長がこんな子供だったなんて……」
「みーちゃん!聞いてよ!千尋が私の事、バカ遥って言った!」
「聞いてくれよ雅!バカ遥が学校で千尋って言ったんだぞ!」
「はぁ……二人とも黙りなさい。殴るわよ」
またもや生徒会室が静かになる。聞こえてくるのは俺と東雲先輩の荒い鼻息に、女生徒の溜め息のみ。
知らない人が見れば不思議な光景だろう……
「知らない人が居ないだけマシなのかもしれないわね」
「すいません……八雲先輩。気を付けます」
「みーちゃんごめんね?気を付けるから」
呆れたように溜め息ばかりを繰り返す。この人こそ俺と東雲先輩の抑止力、八雲雅先輩18歳。長い黒髪が特徴の美人さん。東雲先輩とはまた別のタイプである。成績は上の下ほど。その代わり、運動が得意で運動部からの勧誘が多かった。東雲先輩と対照的なところを挙げると、胸が大きい事と身長が高いことだろうか。170㎝と女性の中でも高いだろう。八雲先輩も東雲先輩同様、幼馴染みであり俺と東雲先輩、八雲先輩の3人はセットメンバーと言って良いだろう。
「とにかく、橘君には生徒会役員になってもらう事が決まったの。これはみーちゃんも快諾してくれているわ」
「橘君が居てくれればより生徒会は纏まると思うのよね。遥の要望だけでなく、私からの要望でもあるの」
東雲先輩だけでなく、八雲先輩に言われると仕方無いなぁという気持ちが出てくる。なんだかんだ助けてもらう事が多く、断りにくいのだ。
「八雲先輩が言うなら……」
東雲先輩が椅子に座りながらピョンピョン跳ねる。不本意ながら可愛らしいと思ってしまった。
八雲先輩も心なしか期待の眼差しを向けてくる。
これは逃げ場が無くなってしまったな……
「やりますよ。不本意ながらですが、二人には助けられていますからね。俺で良ければ生徒会役員になりますよ」
言葉にした瞬間、三度目の静寂が訪れる。カチャリカチャリと時計の秒針が動く音が鼓膜を叩く。
数秒して、八雲先輩が口を開いた。
「生徒会にようこそ。明日から活動をしてもらうのだけれど、その前に貴方のお宅でコーヒーが飲みたいので放課後、いいかしら?」
「えぇ……構いませんよ」
「それではまた放課後に」
「それじゃまた後でね!」
こうして生徒会役員になることとなり、これからの学校生活が大きく変わっていくことになるとは思いもしなかった。