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相合い傘は濡れるもの

「たっちゃんの小さい頃はね、今とあまり変わらないよ! 泣かなくなったくらいかな?」


「そうっスねえ。俺はたっちゃんと公園でしか会ったこと無かったんスけど、正義感があって、勇気があるってイメージっスかね。俺が悪を成敗してやるんだ! みたいな感じっスね」


「竜二ちゃん。そうそう。それでいつも負けちゃって泣いちゃうんだよね」


「あー。泣いてたっスね。兄貴なんかは女に守られてやがる。だっせ。みたいな感じで言ってたっスけど、俺はそうは思わなくて、たっちゃんカッコイイなって思ってたっス」


 奏と竜二は俺が泣き虫だったと言いたいのだろうか。その言葉に悪意は見られないものの、泣いてたばかり言われると恥ずかしい。


「小さい頃もそうだったんだね。相澤さんは憶えてる? 私がいじめられてた時の話。相澤さんと西条君だけが私の味方をしてくれて嬉しかったのよ」


「憶えてるよー。翼ちゃんがいじわるされてるのたっちゃんが見つけて助けようって言ったんだよ」


 みんなが俺の話で盛り上がる。少し照れくさいが、俺自身を肯定してくれているようで嬉しい気持ちになる。


「へえ。そんなこともあったんスね。やっぱりたっちゃんはカッコイイっスね」


「お、おい。これ以上言うなよ。なんか恥ずかしくなってくるじゃないか」


 日常なんてつまらないと思っていたが、良い仲間に恵まれて、好きな子とも一緒に笑えて――こんな日常ならずっと続いてほしい。


 なんとなく、外を見ると雲行きが怪しくなっていた。暗く、高度の低い雲に辺りが覆い尽くされ、今すぐにでも雨が降りそうな。そんな雲行きだ。


「これは、雨が降るかもな」


「西条君が珍しく遅刻しなかったからでしょ」


「あー。たっちゃんのせいだー」


 翼と奏は雨が降りそうなのを俺のせいにして笑っている。竜二はそれに釣られて笑っているといった感じだろうか。そういえば、俺は傘を持ってきていない。


「今日って天気予報どうだったの?」


 今朝は色々あって天気予報を見ていなかった俺は今日の天気がどうなっているのか知らなかった。奏も俺の家では天気予報を見ていないだろうし、傘を持っていなかったからこの天気は知らなかったはずだ。


「今日は午後から荒れるってテレビで言ってたわよ」


「俺は傘を持ってきてるっス」


 朝からみんながやけに俺のせいで雨が降るとか言ってたのは今日の天気を知っていたからなのか。中村先生も含めて、俺はクラスのほとんどの人から弄ばれたという形になる。それはそれで仲の良いクラスって感じで悪い気もしないが。奏はいつの間にか鞄を持って来ていた。


「じゃーん。私はいつも折り畳み傘を持っているので、いついかなる時も大丈夫なのです!」


 鞄を開け、赤い折り畳み傘を自慢げに見せてくる奏。自信満々に言うことでは無いだろうが、備えあれば憂い無しを奏は体現していた。なんだかんだでちゃっかりしていると思う。俺は折り畳み傘なんて持っていないし、そもそも、鞄の中はいつも空だ。勉強道具は机の中に入れっぱなしだ。


「雨が降ったら嫌だな」


 俺の言葉を合図にしたように、ぽつりぽつりと雨が落ちてきた。はじめはゆっくりと降っていたが、次第に強くなり土砂降りとなってしまう。


「た、たっちゃんは魔法使いっスか? 雨が降ってきたのたっちゃんが嫌だなって言った瞬間でしたぜ」


 冗談を言い合いながらも笑いが絶えない。やっぱり学校てのは楽しいものだと思う。楽しくないと行きたいとも思わない。惰性に通ってはいたけど、こんな毎日ならもっと通いたいって思う。


「帰る頃に雨やまねぇかな」


「残念ながら今日、明日とやまないみたいっスよ。明日の休みは家の中で篭ることにするっスかね」


 そうか。今日は金曜日か。昨日、学校を休んだから曜日の感覚が少し狂っていた。


 他愛もない話をしながら、昼休みは過ぎていく。午後一の授業では中村先生から "ほらな。西条のせいで雨だ" と茶化されたりもしたが、特に何事もなく午後の授業も終わった。雨はやむどころか勢いを増すばかりだ。


 帰りのホームルームが終わる。


「んじゃ、たっちゃん先帰るね!」


 奏は学校が終わるとすぐに帰る。俺は学校に残って、出された宿題をやってから帰るため、奏と一緒に帰るということは無い。


「あれ? たっちゃん帰らないんすか? なんなら傘に入れてあげようと思ったんスけど」


「男と相合い傘するくらいなら濡れて帰るわ」


 竜二ともこんな軽口を言えるくらいに仲良くなった。小さい頃に面識があったというのと、竜二のキャラのおかげだろう。竜二は顔に似合わず気さくで良い奴だ。雰囲気と顔が怖くなければ女子からモテそうなものだから竜二は確実に顔で損をしている。


「そうスか。残念っス。じゃあ俺はお先に帰るっスね」


 竜二は残念がっていたが、俺は男とくっつく趣味は無い。竜二にはそっちの気があるのだろうか。少し心配だ。


「さてと――やりますかね」


 一度伸びをしてから俺は机に向かう。宿題をやるためだ。


「あら、西条君。帰らないの?」


 学校が終わるとすぐに部活に行くなり、帰るなりするクラスメイトたちだ。俺はいつも最後まで教室に残っているのだが、今日は委員長も一緒にいる。


「あぁ。ちょっと宿題をね」


「なるほどね。西条君はいつも残ってなにかをしていると思っていたのだけれど、宿題をやっていたのね。どうして学校で宿題を?」


「父さんからさ、子供は遊ぶもんだ。家に帰ってまで勉強はするもんじゃないぞ。勉強は学校でするもんだ。こう言われてさ。俺、妙に納得して小学生のときから学校で宿題やって帰ってるんだ」


「そうなんだ。でも、宿題って家でやるものだと思うけれど。そういう考え方もあるのね」


「ああ。どうせ父さんの屁理屈だろうけどな」


 俺は淡々と宿題をやる。宿題をやらなければ家に帰れないのでさっさと済ませたいのだ。


「じゃあ私もそうしようかしら。一人で勉強しても退屈だし」


 まさか翼が俺の父さんの意見に賛同するなんて思わなかった。翼と一緒にいれるし、翼がいれば、あーだこーだと悩んでいた問題もすぐに解けて一石二鳥だ。俺は分からない問題を翼に教えてもらいながら宿題を終えた。


「やっぱ雨はやまないか」


 土砂降りの雨は降り続いていた。傘を持っていない俺はこのまま帰るのも嫌になるほどだ。


「西条君? 良かったら傘に入る?」


「ありがとう。でも、委員長も濡れちゃうだろ?」


 校舎内の下駄箱で足止めを食らっていた俺に翼が声を掛けてくれた。それは嬉しいことなのだが、翼も濡れてしまうと考えると気が引けてしまう。


「こんな雨だから傘を差しても濡れちゃうし、それだったら関係無いわよ?」


「そうか。委員長がそう言ってくれるなら甘えようかな。傘は俺が持つよ」 


 さすがに翼に傘を持たせるのは忍びなく思い。俺が持つことを提案すると、翼は俺に傘を渡してくれた。傘を渡してもらうときに、手と手が触れ合いドキドキしてしまう。翼の手は俺の手よりも少し冷たく感じた。


「西条君とは中学時代から一緒なのに、なんだか新鮮ね」


「そうだな。委員長と二人きりっていうシチュエーションが今まで無かったから俺も新鮮だと思うよ」


 翼とは帰る方向が同じで、俺の家とも割りと近い。歩いて五分といった所だ。近所といえば近所だが、学校以外で翼を見た事が無い。


「委員長ってさ。休みの日とかは何をしてるの?」


「休みの日? 家にいることが多いわ。たまに相澤さんと買い物に行ったりもするけれど、家で勉強したり読書したりしてるわね。一人でいることが好きというわけでも無いのだけれど、私は友達とか少ないから……」


 友達が少ないのは知っている。学校でも一人でいることが多く、クラスメイトたちも委員長と全く話さないわけでは無いが必要最低限の会話しかしていないイメージだ。


「西条君はどうなのかしら? 休みの日とか」


「俺? 俺は一人で散歩に出掛けたり、洋介と遊んだりしてるかな。奏が家に押しかけて来て、好き勝手したら帰ったりとか。俺も一緒に遊んだりする友達少ないんだよ」  


 今さらなのだが、俺は本当に友達が少ない。基本的に一人でいることも多いし、洋介は俺に比べると交遊関係は広いから俺と洋介が遊ぶってことも少ない。自分から誘ったりしないのが原因なんだろが。


「西条君も友達が少ないのね」


 軽く微笑みながら言う翼は俺も自分と同じように友達が少なくて安心しているのか、友達が少ない者同士で話せるのが嬉しいのか分からないけれど、翼の笑顔がすごく綺麗に見えた。


「委員長も俺も同じだな」


「それは違うわ。西条君は私とは違うのよ。私がいじめられていた時の話があったじゃない? その時、西条君から私を助けようって言ってたって相澤さんが言ってて、西条君はすごいなって思ったの。天野君も言っていたけれど、すごく勇気のある人なんだって」


 委員長からそんなことを言われると、少し照れ臭い。あの時は委員長が嫌がらせをされてると言う事を知って、そんなのはおかしいと思って行動しただけだ。結果的にいじめの矛先が俺に向いたけど、奏と洋介が俺を守ってくれた。そんなことを言うのは野暮だから言わないが。


「勇気とかそんなんじゃないさ」


 そう言って笑ってみせる。俺が笑うと翼も笑ってくれた。俺が翼のことを好きだと意識してから、俺と翼との距離がぐんと縮んだ気がする。奏のダサイダーパンチで委員長への想いを気付かされ、ダサイダーVというきっかけがあったからダサイダーVには感謝しなければならない。


 それから、勉強の話や先生の話なんてしながら歩いていると、すぐに翼の家に着く。俺の家よりも翼の家の方が学校から近いため、仕方のないことなのだが寂しく思う。


「委員長ありがとな。そ、その良かったら今度遊ぼう。一緒にどこか行ったりさ」


「デートのお誘いかしら? ええ。私で良ければ一緒に遊びましょ」


「俺さ、つ、委員長の連絡先とか知らないから、よ、良かったら教えてくれないかな」


 肝心なときにどもってしまうが上手く言えたと思う。奏に委員長の連絡先を聞けば簡単だったのだろうけど、俺は自分で委員長と連絡先の交換をしたかった。


「私も連絡先を交換したかったから嬉しいわ。連絡先の交換をしましょう」


 翼の家の前で、雨の降る中であったが、委員長は快く了解をしてくれて、その場で連絡先の交換をする。


「西条君このまま帰ると濡れちゃうでしょ? 私の傘を使ってちょうだい」


「お、いいのか? ありがとな。委員長。ちゃんと返しに行くから!」


 翼から傘を受け取り、その傘を差して帰る。委員長は玄関から俺を見送ってくれていた。そんな委員長に手を降って、家に帰る。たった5分しか変わらない距離なのに、家に帰るまでの時間が長く感じる。


「最近、色んなことがあったけど順調だな」


 色んなこと。竜二や環との出会い。委員長との距離。たった三日間だ。このたったの三日間で俺は変わったのかもしれない。俺の日常に有り得ないような非日常が加わって、それが日常に変わっていく。人の心もそうだが、その環境だって常に変わっているんだと思う。


 今まで、惰性に過ごしてきたが、その日常を変えるのが怖かったんだなと思う。過ごしてきた日常が変わっても、それもそれで日常なんだって。そう感じた。世間の大きな流れは変わらなくても、一人一人の流れは意外と早く進んでいるものなのかもしれない。


 雨が降っているが俺はこの雨が傘に当たる音を心地好く感じる。今日はとても良い日だったと思う。こんな日がずっと続けばいいのに。そんなことを思いながら俺は自分の家に入っていった。 



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