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お昼ご飯は焼きそばパンだよね

 午前中の授業が終わり、昼休みになった。今日は奏の気まぐれは無かったようで、購買にパンを買いに行く。ここで、俺は裏技を発見してしまいほくそ笑んだ。


「そうそう。竜二。このまま真っすぐ行けば購買だから」


 竜二も弁当は持ってきておらず、購買でパンを買うらしい。洋介も誘ったのだが、洋介は弁当を持参していたらしく、竜二と二人でパンを買いに行くことになった。


「たっちゃん。どうして俺が先導してる形になってるんスか? 普通、購買までの道を知ってるたっちゃんが俺を案内するんじゃねぇんスかね?」


「竜二。俺はきちんと案内はしているぞ。後ろからナビゲーターとして機能しているだろ?」


「そりゃそうスけど……」


 納得行かない様子の竜二だったが、俺は竜二の纏う雰囲気と怖面を利用して、購買で素早くパンを買おうと企んだ。竜二が歩けば人は避ける。人が避ければ人だかりは無くなる。そして人が避ければ並ぶ必要も無くレジに行ける。そんな寸法だ。


「へぇ。意外とあっさり買えるもんなんスね。俺の購買のイメージだと、パンの取り合いが戦争のごとくって感じだったんスけどね」


 これは竜二の効果だ。いつもは人気のパンを買おうと人だかりかでき、パンを奪い合うという戦争が起こるのだから。人気のパンの出荷量を増やせと言いたいのは秘密だ。


「これは竜二の功績なんだ。久しぶりに特製ソースの大盛り焼きそばパンにありつけたよ。これ、人気で少しでも遅れると買えないんだ」


「俺の功績? 俺はただ歩いていたでけでスぜ?」


 竜二の純粋な心を弄んでいるように思えて心は痛むが、俺は午後からの活力ちなる昼飯をしかたなく買った余り物ではなく、好きなものを食べて午後からの活力にしたかった。


「ところでさ、竜二はどこか遠くに行ってたんだろ? いつ頃こっちを出て行ったんだ?」


「その話スか。俺が小学校に上がる前スね。親の転勤ってやつっス。今回も親の転勤だったんスけど、あっちの学校に残ろうと思えば残れたんスよね。兄貴もあっちで暮らしてるし。でも、俺はあっちで兄貴の友達とばっかとつるんでたんスよ」


 同じ公園で遊んでたんだから、小学校も一緒になるはずだったんだよな。竜二とは。そんな前の話なんてほとんど憶えてないけど。


「へぇ。同級生の友達はいなかったんだ」


「俺、こんな顔っスからね。みんな怖がって近寄ることもしなかったんスわ。それで兄貴たちと遊ぶようになったんスけど、兄貴は不良でして、やっぱりその仲間も不良じゃないスか。かわいがっては貰ってたんスけど、友達ってのに憧れてて親の転勤に着いて来たって感じスよ。編入試験に奇跡的に受かったんで俺、たっちゃんと再開できたんス」


 竜二も色々抱えるものがあるのだろうと思う。同級生に友達いないと言うのは辛い事だろう。そう考えてみると、環も竜二と理由は違えど、友達と言ったものに憧れていたのかもしれない。


「俺たちはある意味でも幼馴染みってことだな。改めてよろしくな。竜二」


「改めてよろしくされるもんでもねぇっスよ。幼馴染みで思い出したんスけど、ゴリ――奏はどうしたんスか?」


「奏? 奏なら」


「あぁああー! やっぱりそうだ! 小さい頃たっちゃんをイジメてた奴らの仲間だー! どこかで見たことあると思ってたんだよね」


 ここで奏が乱入してくる。奏は珍しく弁当を持参していなかったようで、購買から出たところにバッタリと出くわした。奏は竜二を睨みつける。


「か、奏。なんスか。俺はたっちゃんをイジメてないでスぜ」


「だって、公園でいつもたっちゃんを泣かしてたじゃんかー」


 考えて見ると俺は公園で泣かされた記憶なんて無い。あの夢は俺の記憶の断片だったのだろうか。 


「ちょ、ちょっと待ってくだせぇ。確かに兄貴はたっちゃんをボコボコにしてたっスけど、俺はなにもしてないっス。奏に泣かされたのは俺の方っスよ」

 

 つい先日見た夢の中に出てきた人物二人が言い争う。都合よく俺の記憶の一部分だけが抜けているのもおかしな話だが、奏が俺に施したファンタジーな魔法のようなものは現実ではありえないだろう。


「それで? 今更何をしに来たの?」


「だから親の転勤で引っ越して来たんスよ。それに、今はたっちゃんと友達にもなれたんスよ?」


「奏。昔のことはいいんだ。俺と竜二は今は友達だ。だから納得してくれ」


「むぅ。たっちゃんが言うなら分かったよ」


 不機嫌さは残っているが奏の中では折り合いを付ける事ができたのだろう。今朝の件と言いなんだかんだで、奏は物分かりがいい。


「俺、兄貴たちに一人で向かっていって、ボロボロにされるまで戦い続けたたっちゃんと、そんな兄貴たちと俺を一人でボコボコにした奏に憧れてたんスよ。だから、多勢に無勢でも自分の正義を掲げてた、たっちゃんとそんなたっちゃんを守って兄貴たちを追い返す奏はすげぇって思ってたんス」


「りゅ、竜二ちゃん分かってるじゃん! アハハ。そうだよ? たっちゃんを守れるのは私だけなんだからね」


「なにを言ってるんスか。奏。俺もたっちゃんを守るっスよ。だから友達として一緒にたっちゃんを守るっス」


 奏と竜二の間で友情のようなものが芽生えているように見るが、その友情が俺を守る為のものと言うのは少しこそばゆいし、二人の言い方から俺が弱いと言っているように感じるのは気のせいだろうか。それに、多少の事なら俺は自衛できると思うが。


「竜二ちゃん! 私と竜二ちゃんの友情の証受け取って!」


 奏が突然叫びだすとこの間のダサイダーパンチの如くキレの良いパンチが竜二の顔面に襲いかかる。奏のパンチは竜二の頬にめり込み、竜二は吹き飛ばされた。友情の証がどういった物か分からないが、これで奏と竜二の友情は確固たるものになったのだろう。


「さ、さすがっス。奏。これで俺も正式にたっちゃんや奏の友達ってことっスね」


 この二人の友情の証の受け取りの茶番を見届けた俺は二人を置いて教室に戻った。戻らなければならない理由があった。翼がそこで待っているのだから。


 教室に戻った俺は翼の姿を探す。軽く辺りを見回してみると、すぐに翼は見つかった。自分の席に翼が座っていたのだからすぐに見つけて当然だった。


 委員長との会話を楽しみにしている反面、少しの恐怖もある。上手く会話できなかったらどうしよう。嫌われたらどうしよう。こんな感情が心の中に満ちていく。


「行かなきゃな。よし」


 小さく気合いを入れ直す。気合いを入れるなどの精神論は好きでは無いが、こうすることで、委員長の所へ向かう勇気が出てくる。


「い、委員長? 一緒にいいか?」


「……いいわよ」


 俺は近くにあった生徒の机から椅子を借りて、委員長と対面に座る。少し照れ臭いがここは仕方ない。


「食べながらでいいか? 朝の話って?」


「西条君はダサイダーVを見たいのでしょ? DVDに焼いたら貸してあげるって言いたかったのよ」


「なんだ。俺も同じようなことを言おうと思ってたんだ。ダサイダーVの録画してたら貸してくれないか? って」


 そんな事かと、俺と翼は笑い合っていた。そして、ひとしきり笑った後で緊張がほぐれたのか少し自然体になれたんじゃないかと思う。


「私がダサイダーVなんてもの見てて笑わないのね」


「俺の周りはみんな見てるからな。むしろ、俺だけ見てなくて取り残されてるみたいなんだよ」


 頭を掻きながらおどけて見せると、委員長は手を口に当て笑う。口元は見えないが、委員長の目はとてもキラキラしてて綺麗だと感じた。


「私ね、最初は間違えてダサイダーVを録画してたのよ。どうしてか分からないのだけれど、どこかで操作を間違えてたんでしょうね。録画されちゃってて。なんとなく見てみると案外面白くてずっと見てるのよ」


「へぇ。そうなんだ。ダサイダーVってそんなに面白いんだな。ますます見たくなってきたよ」


 俺の見たことのないダサイダーVの話で翼と話せる機会が来るなんて思いもよらなかった。それに、翼が深夜アニメを見ているなんて想像できないし、見始めた理由が意外とおっちょこちょいで可愛い。


「西条君ちょっと聞いてくれる? 私ったら、ダサイダーVを見はじめてスーパーロボットていうのに興味が湧いちゃって見てみたのよ。スーパーロボットの古い作品をね。そしたら、物語は良いのに絵が古すぎて見るのが辛いのよ。頑張って見てるけど挫折しそうだわ」



 笑いながら話す委員長に釣られて俺も笑いが込み上げる。翼ってこんなキャラだったのかと今まで見てきた翼の印象とは違い、すごく魅力的だ。いつも俺を正そうとしてくれてた翼も好きなのだが。


「挫折しそうなのに結局見ちゃうんだな」


「ええ。見はじめたら最後まで見たいじゃない?」


 翼との付き合いは案外長い。中二のときに委員長が転校してきて、いつも一人で読書をしていたりといった印象もあった。今日の感じを見ると、人に壁を作るタイプだったんだと思う。奏が一人でいる翼に話しかけて、奏と翼が友達になってから俺も翼とちょくちょく話すようにはなったが、その内容はいつも俺に対してのダメ出しばかりだった。翼本人は良かれと思って注意したようなことが周りの反感を買っていじめられてたこともあった。その頃を思い出すと今、翼がキラキラと笑う所を見ると嬉しくも思う。


「俺だったら見てて辛いのは途中で切っちゃうかもな」


「もしかすると最後にはどんでん返しもあるかもしれないのに? 私はそういった物語も本で読んだことあるから最後まで期待しちゃうわね」


「俺って結構損してるかも?」


 何気ない会話がとても楽しく思う。たった一つのきっかけでこんなに会話が弾むものだったんと思う。今まで意識せずに話していたから分からなかったが、ちょっとしたきっかけで良かったんだと今更ながら感じる。


「授業には間に合ってても、ホームルームに間に合ってないのはとても損してると思うわよ? あと昨日休んだときも連絡しなかったでしょ。西条君のご両親が家にいなくても、自分で連絡はするべきよ」


 そういえば昨日、学校に連絡入れるの忘れていた。有り得ない時間に起きて、委員長と顔を合わせづらかったし、今さら学校にって思った事なんて言えない。


「それはそうだな。昨日は色々あって連絡忘れてたんだ。次からは気をつけるよ」


 学校に連絡を入れなかった件については言い訳のしようがない。なんだかんだで、翼は容赦なくダメな部分を指摘するが、きちんとフォローも入れてくれる。


「たっちゃん! 翼ちゃん! なに話してるの?」


 いつも空気を読まずにやってくるのは奏だ。自分も話に入れて欲しいのだろうが、俺と委員長が楽しく二人きりで話をしていた所だ。邪魔をしないで欲しい――なんて言えはしない。委員長にとっても俺にとっても奏は大切な存在なのだから。


「たっちゃん。いい感じじゃないんスか? いいっスね」


 耳元でぶつぶつといらないことを言ってくる竜二。竜二も見た目に反して良い性格をしている。


「天野君じゃない。そういえば西条君と親しそうだけれど知り合いなの?」


「そうっスね。俺は昔こっちから引っ越していったんスけど、たっちゃんと奏とは幼馴染みみたいなもんスよ」


「そうなんだよ。竜二ちゃんは悪い奴らの手下みたいになってたんだけど、私がちゃんと更正させたから大丈夫だよ」


「更正ってなんスか。奏」


 俺の周りには案外気の良い人間が集まっているものだと思う。俺は“友達”と言う存在がどんな存在なのか今始めて分かった気がした瞬間だった。


「相澤さんにも聞いたことが無かったのだけど、西条君って小さい頃はどんな子だったの?」


 そして、翼の爆弾投下だ。俺は幼い頃の記憶が曖昧でよく分からない。竜二との記憶も無いし、奏とよく一緒に遊んだと言う記憶しか無いのだ。これから俺の幼い頃の話がどう進んで行くのか不安で仕方なかった。

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