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修羅場は朝からやってくる

 いつもより暖かく感じる布団の中で俺は目を覚ました。寝た気がしないのはなぜか隣で寝ている環のせいだろう。いや、環のせいだ。環に抱き着かれ、体は動かせなかったが、幸いにも首と目はまだ動く。パジャマ姿の環の胸元に目が行ってしまうのは男の性だろう。そして、本来の目的である時計を見ると、時間は午前七時三十分を指していた。七時三十分?


 奏の存在を忘れていた。奏が来るのはいつも何時頃だっただろうか。逆算してみる。ホームルームが始まるのは八時二十分だ。俺の家から学校までは歩いて十五分だと過程して、起きてから朝食を食べる時間はゆっくり食べてるから十五分は掛かっているはずだ。いつもホームルームの途中で教室に入るから、家を出る時間は八時十分頃。恐らく、奏が俺を起こしに来る時間は七時四十分だ。


「環! おい。起きろ。頼む。起きてくれ」


「なんだ? 煩いな。もう少し……」


 環が起きる気配が全く無い。それよりも今日はまだ平日だ。昨日も学校に行ってないように見えたが環は学校に行かないのだろうか。焦っているにも関わらず、俺の思考は環の学校生活について寄っていた。


 ガチャガチャという音が聞こえる。これは――奏が家のドアの鍵を開けているんだろう。予想より早い。 


「環……頼むから起きてくれ」


 俺の願いは環には届いていない様子だ。足音が。階段を上がってくる足音が聞こえる。このままじゃ奏にこの状況を見られてしまう。言い訳を考えなければ。なにか言い訳を! しかし、言い訳を考える間もなく、俺の部屋のドアが無情にも開かれてしまった。


「たっちゃーん!」


 いつもなら俺を起こしてくれる天使の声が、今に限って言えば悪魔の声に聞こえてしまう。奏が環に気付かない事を願うしかなかったが、その思いは儚くも砕け散ってしまう。


「おぉ。達弥。誰か来たようだぞ?」


 俺は白い視線を環に向けた。環は俺を困らせたいのだろうか。なによりも環は俺が焦っている姿を見て楽しんでいたようにも見える。俺は寝たフリをするしかないと心に決めてそっと目を閉じた。


 ガチャリと俺の部屋の扉が開く。この状況をどうやり過ごすかで頭の中が支配された俺は奏が環の存在に気付いていることに気付かなかった。


「たっちゃん? この人誰?」


「私か? 私は三住環という。達弥とは運命の出会いを果たしてな。昨日はここに泊めてもらったのだ」 

 環はなぜか自己紹介をしている。今からこの部屋を修羅場にするつもりなのだろうか。 


「あっ。どうもはじめまして。たっちゃんの事は何でも知ってる相澤奏と言います」


「ほほう? 達弥の事を何でも知っているのか。それはすごいな。それよりも達弥。起きているのだろ? 可愛い女の子が起こしに来るなんて隅に置けないやつだな。達弥は」


 環は絶対に俺の呼び掛けに無視をしたに違いない。確信した。環はわざと寝ているふりをしていたようだ。


「え? たっちゃん起きてるの? たっちゃん? 色々聞きたいことがあるんだけど」


「早く返事をしろ。達弥」


 これはもう逃げられない状況なのだろうか。俺は意を決するしか無いかった。


「お、おはよう。奏。それに環も」


「へぇ。環ちゃんに呼び捨てなんだ。もうそんな関係なの?」


「奏。それは違うぞ。私と達弥はそういう関係では無いのだ。私のことを呼び捨てにしてほしいと頼んだのは私だし、無理を言って泊めてもらったのも私だ」


 俺に対してウインクをする環。“私は誤解を解いてやったんだからよくやっただろ? 褒めろ”そう言われている気がした。


「あ、あぁ。そうなんだ。実は昨日学校休んでさ。散歩に出掛けたら環と知り合ったんだよ」


「ふーん。よく分かんないし、いいや。そんなことより、いつもより早く起こしに来たんだから遅刻しちゃダメだよ?」


 そういう事か。俺がいつも朝モタモタしていて遅刻するから早めに起こしに来た。今さらな感じもするがそうなのだろう。


「環、ちょっとどいてくれないか? 着替えたいから。奏と環は先に降りててよ。すぐ行くからさ。奏。今日は一緒に行こう」


「奏。達弥もああ言ってるし、リビングに行くか」


 環はノソノソとベッドから降りて、奏の手を引きながら俺の部屋を出ていく。思ったより修羅場にならなくて良かったと俺は心から思った。


 そして、いつものように制服に着替え、リビングに降りた俺は奏と環の笑い声に気がついた。どうしたのだろう。この短時間で仲良くなっただろうか。奏の人懐っこさは環にはちょうど良いのかもしれない。


「達弥様。朝食は軽めにと思い、パンを準備致しました。お嬢様もお食べください」


 リビングに入った瞬間、俺を待っていたかのように美鈴は声を掛け、俺を食卓に誘導した。奏は美鈴さんの存在に気がつかなかったのだろうか。美鈴さんも美鈴さんで奏に気がついていない訳が無い。


 準備されていたパンを食べながらコーヒーを啜る。環も同じようにしていたが、奏は環と美鈴さんをキョロキョロと見比べていた。奏が小動物に見えるのは気のせいではないはずだ。キョロキョロしている姿は可愛らしいが。


「それでは、達弥と奏は学校に行くのだな。私もそろそろ準備をしなければ」


「すでに準備は整っております。お嬢様」


 いったい何の準備なのだろうか。こんな時間から家に帰って学校に行くのだろうか。環の行動も不思議なものが多いと思う。


「では、いってらっしゃいませ。達弥様。奏様。施錠は確実にしておきますのでご心配なさらないで下さい」


「気をつけるんだぞ」


 環と美鈴さんはそれぞれ俺達に見送りの言葉を並べる。俺はいつものように踵の潰れたローファーを履き、奏と一緒に家を出た。なんだかんだで、高校に入学してから一緒に登校するのは初めてのことだ。


「たっちゃんごめんね」


「どうしたんだ? 急に」


「んとね、たっちゃんと環ちゃんが危ない関係なんだと思ってたんだけど、環ちゃんがちゃんと説明してくれたんだよ。人の話はちゃんと聞かなきゃだよね?」


 こうして、無事に俺の誤解は解けたようにも思えるが、奏の俺に対しての気持ちがうっすらと見えた気がした。奏は俺のことをどう思っているんだろう。


 奏と他愛も無い話をしながら登校する。遅刻もせずに登校すること自体珍しいことだ。学校に近付くにつれて、俺は妙にソワソワしだす。


「たっちゃん。どうしたの?」


 どうもこうも、翼とどうやって接すればいいのかが分からない。どんな顔して会えばいいのだろうか。あの時、すぐにでも謝っていればこんな気持ちにならずに済んだのかもしれない。


「いや、委員長と顔が合わせ辛くてさ」


「それはたっちゃんが翼ちゃんを意識してるからじゃないの? もしかして、たっちゃんって翼ちゃんのこと」


 それ以上は言わないで欲しいと願う。確かに俺は翼の事が好きだ。認める。でも、それを知ったら奏はどう思うのだろうか。


「アハハ。考えすぎじゃねぇの? そんなことあるわけねぇじゃんか」


「そうかなあ? 私はたっちゃんのこと全部分かってるんだぞー」


 何か、釈然としないものを感じる。奏に見透かされた感じなんか特にそうだ。確かにいつも一緒にいたし、他の人よりも奏は俺のことを知っているだろうが、奏は俺のこと好きなんじゃないのか? 違うのか?


「ところでさ、奏は俺のことどう思ってんの?」


「アハハ。秘密だよー」


 ちょうど学校へ着き、奏はニコニコとしながら下駄箱へと走っていく。奏の「秘密だよー」という一言に弄ばれている感覚も覚えて腹も立つが、奏だから仕方ない。奏だからという理由で自分を納得させる。


 そして、いつもより早く教室に入った俺に視線が集まる。“どうしたの?”や “今日は良からぬことが起きるぞ”と、何人かのクラスメイトが言っているのが嫌でも聞こえてくる。俺が遅刻しないと不吉なことが起こる呪いでもあるだろうか? と言いたい。


「おー。珍しいな。おはよう」


 唯一、俺に声を掛けてくれる男子はただ一人だけだ。斉木洋介。俺の肩を叩きながら、爽やかな笑顔を見せる俺の親友だ。


「洋介か。おはよう」


「いやぁ、達弥が遅刻しないと何かが起きそうで不安にもなるな」


「洋介……お前も言うのか」


 遅刻をしなかっただけでこの言われようだ。俺はどれだけ遅刻のイメージを持たれていたのか……よく考えてみると、二年に進級して遅刻をしなかったのは始業式の日だけだ。約二週間連続で遅刻とは……我ながら遅刻しすぎだなと反省できる。


「まぁいいじゃん? それよりもさ、昨日奏と二人して休んでなにかやってたんか? この色男め」


「ん? 奏は昨日休んでたのか。知らなかったな」


 奏が学校を休むなんてよっぽどのことがあったんだろうな。変なもの拾って食べたとか?


「達弥と奏は二人でセットみたいなもんだから、誰もなんとも思ってねぇよ。ところでさ、すっげぇ情報あるんだけど知りたい?」


「別に知りたくもないが」


「そうかぁ。知りたいかぁ。仕方ない。俺が独自に仕入れた情報なんだけどな。今日、転校生が来るってよ」


 洋介はどこからそんな情報を仕入れてくるのだろうか。情報通なのはよく知ってるが――そんなことよりも転校生だ。このタイミングで転校生なんて嫌な予感がする。


「な、なぁ洋介。その転校生が男か女か分かるか?」


「さすがにそこまでは分かんねぇや。美少女だと嬉しいよな?」


 もしも、その転校生が美少女ならタイミング的にも一人しか想像できない。環のいたずらっぽい、してやったりの顔が頭に浮かぶ。


「斉木君? その転校生の情報ってどこから仕入れたのかしら?」



「職員室覗いてたら転校生がうちのクラスにどうのって言ってたぜ」


 このタイミングの翼の登場に俺は焦ってしまった。翼の顔を見れない。俺ってこんなにうぶな性格をしていただろうか。


「あら。おはよう。今日は遅刻しないのね。西条君」


「あ、お、お、おはよう。いいんちゅう」


 俺は盛大に噛んでしまった。突然話しかけられたのもあって焦ってしまったのもあるかもしれない。穴があれば入りたいと言うのは今の気持ちを言うのかもしれない。


「西条君。昨日休んでたし、心配してたのよ?」


 謝るチャンスは今しか無い気がした。ここを逃せばまた、後伸ばしになって顔を合わせ辛くなる所か話辛くなる気がする。


「い、委員長? その……一昨日の事。悪かったな。ずっと謝りたかったんだけど」  


「ウフフ。そんなことで悩んでたの? あれは単なる事故だし、気にしなくても良かったのに。でも、謝ってくれてありがと」


「お、おう。なんかさ、ずっと引っ掛かっててさー。アハハ」


 なんとなく、翼の顔を見てみたが、目が合ったと思うと逸らされる。俺が意識しているせいもあって、少しさみしい気持ちになった俺は気分を変えようと洋介に話かける。


「そうだ、洋介はダサイダーⅤの録画ってしてるか? なんかみんな見てるし気になってて、見てみたいなって思ってさ」


「悪い! うちのテレビ、録画機能壊れててさ、録画できてないんだわ」


 まさかの事態だった。洋介なら間違いなく録画をしていると思っていたのもありかなりの誤算だ。しかし、録画できない環境になってただなんて思いもよらなかった。うまく行かない時は本当にうまくいかないものだ。


「西条君? 後で話があるから、ホームルームが終わったら来てくれない?」


「分かったけど、どうしたの? 委員長」


 予想外の翼の誘いに戸惑ったが、なんとか平静を保てた自分を褒めてやりたいと思う。顔を合わせ辛かった委員長ともきっちりと和解ができてよかった。


「もうすぐ時間だし、ここだと話しにくいことなのよ」


 翼は何か意味深な事を仄めかす。話しにくい事とはなんなのだろうか。告白なんて期待してもいいのだろうか。翼からの話もそうだが、洋介の言っていた転校生の話も気になってしまう。俺には転校生について、確信めいたものを持っていた。もし、俺の予想が当たり、あの子が転校生だとすると、俺の平穏な学校生活が波乱に満ち溢れたものに変わってしまう。ちょっとだけ先の分かり切った未来。この予感が当たらなければいいと思う。


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