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運命の出会いは空からやってくる

 目が覚めた俺は時計を見やった。そして、俺の中で時間が止まった。昨日、奏を見送った後、俺はいつも寝ている時間にベッドに入ったはずだったのだが、メンタルをやられていたのかもしれない。思いの外疲れていたようだ。 


「うわ――やってしまったな」


 俺が見た時、時計の針は十時二十五分を指していた。


「奏のやつ、今日は来なかったのな」


 朝起きるのを奏に頼り切っていた俺は目覚まし時計のセットすらせずに眠っていた。俺の目覚まし時計は奏そのものだったのだろう。その奏が俺を起こしに来れないとなると、俺が寝坊するのは当たり前の事だったのかもしれない。


 毎日のように俺を起こしに来ていた奏でが来ないとなると、それはそれで心配だった。すぐに奏でに連絡を取ろうと思ったが、洋介から連絡が届いていた。“今日は休みか?”と言った内容だった。


 洋介からの連絡は無視して、俺は奏に連絡を送った。“今朝来なかったようだけど大丈夫?”こんなものだろう。奏の事だから、スマホすら見ていない事も予想されたので、返事を待つ事もしない。


「今日は休むか」


 俺は今更学校に行くのもめんどくさいと、翼にも顔を合わせづらいと言うのを理由にして学校をサボる事に決めた。翼になんとか謝りたいと気持ちがあったが顔を合わせづらいからと学校をサボる自分を情けなく感じていたが突然の休日に気分も悪く無かった。予定も何も立てていない状態だったから何をしようか悩んでしまう。


「適当にふらつくかな」


 本来ならば、学校に行っているはずの高校生の俺が学校をサボるというシチュエーションに背徳感を感じるも、それがいいと自分を納得させて、さっさと着替えることにした。時間的にも、朝食を食べるという時間でもないからお腹は空いているがどこかで外食したいと言う気分にもさせられる。


 目覚めのコーヒーだけは俺のルーティンでインスタントコーヒーを煎れる。特別旨いという訳でもないし、コーヒーが好きだという事でもないのだが、朝のコーヒーがお洒落で大人な感じがするという単純な理由で去年、高校に入学した時から始めた習慣だ。


 インスタントコーヒーの粉をコーヒーカップに入れながら奏のことについて考えるが、考えても仕方の無い事だと思い、今日は奏の事は考えないようにしようと思った。


「朝はやっぱりこれだよね」


 コーヒーカップにお湯を注いで、コーヒーの香りを楽しむ。コーヒーの香りを楽しむほどコーヒーは好きではないが、この行動をするという日常が必要だ。


 熱いコーヒーを啜りながら、テレビを点ける。時間帯的にも面白いテレビ番組をやっているわけでもなかった。なんとなく街の情報番組にチャンネルを合わせるも俺が興味を持つような特集はやっていなかった。


 面白いテレビ番組をやっていないと、気になってくるのが、俺の周りの人たちがみんな見ているというダサイダーⅤだ。結論からして俺はアニメにも興味は無いのだが、最低限、コミュニケーションを取るためにもダサイダーⅤは見た方が良いと自分の中で結論は出ているも、ダサイダーⅤが始まってから十五話は過ぎているはずだ。途中から見ても面白くないだろうし、誰か録画していないだろうか? と考えてしまう。


 奏は録画をするようなタイプには見えない。テレビでやっているのをそのまま見ているだけだろうと思う。ならば洋介はどうだろうか。案外几帳面な男だから録画しているかもしれない。今度聞いてみようと思う。


「ダサイダーⅤねぇ」


 テレビでは変わらず、最近の女子のトレンドといったことを話していた。もはやテレビ聞き流している程度だ。俺は興味の無い特集の話をBGMにダサイダーVについて検索を始める。


 最初に驚いたのは放映している時間帯だった。子供向けのロボットアニメだと思っていたのだが、放映時間は深夜だった。こんな時間に子供はアニメを見ないだろうから、恐らくは、小さい頃に巨大スーパーロボットものアニメを見ていた世代をターゲットにしているのだろう。あらすじなんかを見ても、理論的には有り得ないだろう物質などが出ているし、敵も宇宙からやってきた悪い宇宙人らしい。ダサイダーⅤを見ている人たちには悪いが到底、面白そうだとは思えない。


「世間でこんなのが流行っているのか、俺の周りだけなのか」


 深くは検索していない為、どのくらいの人気があるのかは分からなかったが、一緒に話ができるくらいには見てみよう。もしかすると翼も見てるかもしれないから話の種にもできる。昨日の翼のダサイダーⅤに対する反応とその顔を思い出すとなぜだか笑みがこぼれてしまった。


「ダサイダーⅤか――」


 コーヒーを飲み終わり、出かける準備をしていると、テーブルに置いていたスマホからブーブーと連絡が届いた事を知らせるバイブが鳴り響く。俺はスマホをタップすると、奏から連絡が届いていた。“今日は行けなかったよ。ごめんね”と返事が届いていた。“大丈夫ならいいけど、無理はするなよ”と返事をするとすぐに奏から“わかった! ありがとう”と返事が来る。俺はこれ以上はいいかとスマホの画面を消して、ズボンのポケットに押し込んだ。


 季節は四月の半ば。とても過ごしやすい季節だ。花粉症を持っている人にとっては辛いらしいが、幸いなことに俺は花粉症でもなんでもない。


 良い天気で散歩するにはちょうどいい気候だったので、俺は気分よく出かける事ができた。


 暖かい陽射しを受けながら俺は歩いた。目指すは繁華街だ。俺の住んでいる地区は住宅街で、繁華街までは少し距離がある。距離があると言って大した距離ではないが、散歩がてらに行くにはちょうど良い距離だ。


 俺は人通りの少ない河川敷を歩いていた。人が全くいないわけではないが、平日ということもあってとても静かな河川敷だ。ヘリポートのHの文字が目立つが景色の邪魔はしていないだろうと思う。そんな河川敷を気分良く歩く。天気も良いし、普段とは違う河川敷の、のどかな雰囲気が心地好く感じる。鼻唄でも歌いたい気分であったが、一瞬にしてその野望は崩れ去ってしまった。


「どいてぇ! 危なっ」


「ぐほぉ」


 女の子の声が聞こえた気がした瞬間だった。俺は河川敷の草の生えた斜面を転がるように落ちていく。「キャー」などという女の子の叫び声も聞こえてくるし、糸のようなものが俺の体に絡まっていってるような気がした。


 斜面から転げ落ちた俺は仰向けに倒れているはずだ。それなのになぜかお腹に重みを感じた。特に俺の胸の辺りが柔らかいもので当たっているような感覚もある。


「いったぁーい――ねぇ、君。大丈夫かな?」


「な、なんとかな……って。えぇ!?」


 何かが覆いかぶさり、その中で女の子と密着している俺がいた。胸に感じる柔らかさはあれだったのか。翼の方が大きいと思うがこの子も中々――いや、そんな事を考えている場合では無かった。


「やべ……動けねぇ」


 この中から抜け出そうにも、何かが絡まって身動きが取れない。女の子の方も俺と同じように身動きが取れていないようだが、冷静になってみると、俺と女の子の顔がとてつもなく近いことに気付き、女の子も焦っているのだろう。荒い息遣いのせいで、女の子の息が俺の口元に吹きかかっている。


「なんとかならないのか?」


「か、顔近いって! 当たる。当たるから!」


 女の子は俺の言いたいことに気付いたのか、それとも諦めたのか分からないが、首を傾けて俺に体を預けるように力を抜いたように思えた。そう思えた理由は俺の感じている女の子の重みが増したからだ。頬と頬が当たっているのは気にしたらダメだろう。お互いにとって唇が触れ合うことよりも遥かにマシなのだから。


「君。緊張してるのかな? 心臓の鼓動が早くなっているぞ?」


 焦っていたのもあるし、女の子と体を密着させている状況だ。興奮もすれば緊張もすると思う。何よりも、耳元で囁くように言われれば誰だって……


「い、言ってろ――と、とにかくこの状況をなんとかしないとな」


「そうか? 私はもう少しこのままでも良いと思うがな。何と言うか。人の肌とは落ち着くものなのだ。そして、会って間もない男女が密着する状況。これは運命の出会いというやつかもしれん」


 この子は何を言っているのだろう。どうして悠長に、そして、ロマンチックに語っているのだろうか。そんな状況でも無いと思うのだが。


「運命の出会いがこんな出会いだなんて俺は嫌だね。てか何をしてる?」


「何をしてる? だって? そりゃ分かるだろう? 君の頬に私の唇を当てているんだ」


 この子は何をしてるのだろうか。俺にはさっぱり分からない。奏でさえここまで積極的でも無いし、こんなに体を密着させたこともなかった。いや、夢で奏と――あれはただの夢だ。翼とは昨日――いや、翼とも事故だ。そして、これも事故だ。それに、女の子は俺の頬に唇を当てて喋っているから妙にくすぐったい。


「と、とりあえずなんとかならないのか?」


「なんともならないだろうな。私が飛んでいるとき、周りには誰もいなかったし、助けが来るのを気長に待つとしようではないか」


「飛ぶってなんだよ!?」


「軽くスカイダイビングをして遊んでいただけだが?」


 スカイダイビングは場所の決まりなど無いのだろうか? むしろ人が歩いてるような場所に飛んで来るなんてこの子は絶対おかしいと思う。


「す、スカイダイビングねぇ。これって、下手したら俺死んでない?」


「死んでるかもなあ」


 この子は軽く死んでいるかも知れないという。そんな事軽く言えるのだろうか。いや、言えないはずだ。唯我独尊タイプの子なのかもしれない。そして、常識も無いように見える。


「まあ、生きてるんだ。今はこの状況楽しもうではないか」


「楽しめるかっての! ちょ、動くな! そ、その――胸が」


 女の子が動く度に、その胸が俺の胸にプリプニと柔らかい感触を与える。男としては嬉しい限りだが、理性を保てるのか心配になる。


「満更でも無い感じではないか。私もこんな事は初めてだから少しはドキドキしているぞ? 分かるか? 私の鼓動。心臓の脈打つスピードが早くなっている」


 そんな事を言われても俺には分からなかった。そんな余裕すらない。自分の鼓動の早さだけは尋常じゃなくなってるのは分かっているが。


「お嬢様。お戯れもほどほどにしなければ、この方が不憫なのですが……」


「美鈴か。私は存外本気なのだが? まぁいい。それよりも遅かったではないか」


「申し訳ございません。お嬢様。お嬢様が楽しそうにしていらしたので声を掛け辛く……」


 この美鈴という女性は話している内容から女の子の付き人かなにかなのだろう。この子はどこかのお嬢様なのだろう。


「それでは救出致します」


 美鈴さんはそれからが早かった。テキパキとパラシュートの紐を切断していき、お嬢様と呼ばれた女の子の首根っこを掴んで持ち上げた。首根っではなく、服の衿なんだろう。なかなかの怪力の持ち主のようだ。ちなみに、美鈴さんはメイド姿ではなく、普通のパンツスーツといった服装だった。少し残念だと思ったのは秘密だ。


「ふむ。助かったぞ美鈴。今、君の顔をハッキリと見れたが中々良い顔をしているではないか。名前を教えて貰っても良いかな?」


「西条達弥って名前だよ」


 美鈴さんに首根っこを掴まれたまま偉そうに言う女の子はお嬢様には見えなかったのだがなかなか綺麗な顔をしていた。


「それでは、この運命の出会いに感謝しつつ、私は去るとしよう。では、またな! 達弥」


 俺が女の子に名前を聞く前に、美鈴さんに首根っこを掴まれたまま女の子は去っていった。いったい何物だったのだろうか。

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