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宇宙の真理はハンバーグにあった

 俺は結局、委員長と話す事なく家路に着く事になった。ただ一言、『ごめん』と言えば済む話なのに、意識してしまうと素直に話す事すらできなくなってしまう。そんな自分が情けなくて、悔しかった。


「おかえり! たっちゃんの元気が無かったから今日は私が夕飯作ってあげるね! 今日はなんとハンバーグなのだ!」


 いつもなら家に帰っても誰もいないはずなのに、今日に限って奏が征服にエプロンという姿でキッチンに立っていた。そんな奏の姿を見て俺はふと、なぜいつも奏は俺の家に入れるのだろうかと疑問に思った。


「なんで奏がいるんだよ! それに、いつも思うけど鍵はどこから手に入れた?」


 奏はいつも俺を起こしに来る。不思議に思っていたのはちゃんと施錠をしているはずなのに、奏が家に入ってくる事だった。特に俺が落ち込んだ時など、気付けばいつも隣に奏がいるのだ。


「あれー? 言ってなかった? 私、パパさんにたっちゃんは一人だとなにも出来ないからってお家の鍵を預かってるんだよ?」


 初耳だった。あの父親ならやりかねないことではあるのだが、常識というものが無いだろう。人様の娘に自分の息子の世話を頼むだけでもおかしいと思う。いくら幼馴染みでもそれはやり過ぎでないのか?


「奏の両親はこの事を知ってるのか? もし知らないなら早く知らせた方が良くないか? そんなことは辞めなさいと言うだろうが」


 父さんが勝手に頼み、奏の両親がこのことを知らず、奏が自分の意思で俺の家に来ていたならそれは問題だと思う。小さいころから兄妹のように育ってきたから間違いは起きないと思っているかもしれないが。


「私の両親? 知ってるよ? パパさんが私の家に来て、パパさんが私のパパにお願いしてたんだもん。パパは『たっちゃんなら大丈夫だろう』って言ってたよ?」


 この家族は大丈夫なのだろうか。俺は心配になってきた。俺の父さんも父さんだが奏の父親も父親だ。娘が心配じゃないのだろうか?


「あ、そう――じゃあ俺、着替えてくるからさ」


 父さんと奏の父親への突っ込みに疲れた俺は、自分の部屋に向かう。俺の考える常識は間違ってないと思うし、西条家と相澤家の父親連中の常識が抜けているんだと考えることを辞めた。俺はベッドにうずくまり、今まで疑問に思っていなかった幼馴染み日常。朝、幼馴染みを起こしに来る女の子なんてラブコメのゲームや本でもないのだから普通はありえないだろう。今まで夕飯を作りに来た事がなかったから何とも思っていなかったが、明らかに奏の行動は常軌を逸していると思う。


「今に始まったことでも無いんだけどな」


 これが奏なのだと言えばそうなのかもしれない。いつも側にいて当たり前の幼馴染み。少し変わった性格をしているというのも分かってる。むしろ、奏の性格形成に影響を与えたのは俺ではないのか? とも感じる。


「そういえば、委員長に――つ、翼にちゃんと謝れるかな……」


 今日の昼休みに起こった事故。俺は何とも思っていないように自己否定していたのだろうか。よくよく考えてみると、俺はいつも委員長を意識していたし、嫌いというわけでも無かった。委員長とのやり取りは楽しく思っていたのも事実だが、今日のことで改めて意識してしまって、自分で隠していた気持ちが露見してしまったのだろう。


 しかし、俺はどうして自分の気持ちを隠していたのだろうか。俺は自分が素直じゃないってのもの分かってるし、それでも委員長のことが好きだなんて感情が自分の中にあるなんて思ってもいなかった。きっかけは今日の事故だってのは分かるが、それだけで人を好きになるわけでも無いと思う。


「わっかんねーな」


 ベッドに仰向けに転がった状態で、思わずそんな言葉が出た。分からないものは分からない。考えても仕方無い。仕方無い事なんだけど、翼のことが頭から離れない。翼の事もだが、奏の事も好きだという感情は持っていたはずだ。


「俺って最低な男なのかな」


 一人で考えれば考えるほど、俺は自分を否定したくなる。奏のことを想う気持ちと委員長のことを想う気持ちの違いはあるのだろうか。委員長に関してはハッキリと恋心が芽生えているのは理解している。幼馴染みの奏に関してはどうなのだろうか。昔から一緒にいて、大切には思っている。恋心に近いなにかだとは感じていたのだが、それは違うのだろうか。


「奏は俺のこと、どんな風に見てるんだろう」


 ふと、疑問に思う。奏の俺に対しての行動は常識外れも大概なのだが、奏自身、俺のことをどう思っているのか。奏の行動から察するに少なくとも俺に対して嫌悪感などは抱いていないのは分かる。


「俺のこと好きだとか?」


 俺は何を考えているのだろう。自意識過剰すぎないか? と思った。顔は整っていると思うがごく一般的な顔だろう。奏が俺の事を好きだなんて考えるだけ無駄なのかもしれない。きっと、好きだと言っても幼馴染みとして、友達としての好きだろう。そうに違いないと俺は考えた。


 今までの奏の行動はいつもそうだった。いつも一緒にいて、朝は起こしに来る。学校でもほとんど一緒いて――今日なんか夕飯を作ってくれている。考えてみれば、夕飯を作りに幼馴染みの男子の家にわざわざ来るなんて――やはり奏は俺の事を考えてしまっていた。


「どうしたんだ。俺は――くそっ」


 奏の事を意識しないようにすればするほど、奏での豊かな表情が頭に浮かび、翼のムスッとした顔も頭に浮かんでいた。思考の渦に嵌まってしまった俺は布団を頭から被っていたら自然と睡魔に襲われ俺は眠りに落ちていた。


 ふわふわとした感覚に俺の思考は覚醒していく。思考は覚醒していたが、現実では無い事を俺は理解できていた。どこか気持ち良い浮遊感に身を委ねているとどこからか声が聞こえてきた。


『たっちゃん。たっちゃん。公園いこー?』


『うん! わかった!』


 これは――もうほとんど覚えていないが、俺の幼い頃の記憶なのだろうか。朧げながらにもこんなやり取りがあったのかもしれないと自分を無理矢理納得させた。


『なにをするの?』


『んとねー。決めてない! アハハ』


 奏は幼い頃からこんな感じだった。とりあえずどこかに行く。行ってから何をするのか決めるといった感じだった。こう考えてみると奏は小さな頃から変わっていなかった。


『たっちゃん! 虫採りしようよ』


『わかった! なにを捕まえるの?』


『蝉を捕まえよう!』


 幼い頃よく遊びに行った公園も今では閉鎖されていた。俺は懐かしい気持ちに浸りながら、幼い自分と奏の姿を目で追っていた。


『たっちゃん! たっちゃん! 捕まえたよ!』


 ジージーと大きな声で鳴く蝉の声が頭に響いてくる。この時はなぜこんな夢を見ていたのだろうと不思議に思っていたが今では分かるかもしれない。


『虫の顔ってなんだか怖いよね。たっちゃん知ってた? 虫って本当は宇宙から来たんだよ!』


『虫はどうして宇宙から来たの?』


『知らない! アハハ』


 奏の突拍子の無い発想もこの頃から変わって無い。俺は夢ではあっても自分の思い出であろう、この場面を懐かしく思いながら眺めていた。


『おい! お前ら! ここは俺たちの場所なんだぞ! どっか行けよ!』


『そうだ! そうだ! 女なんかと遊んで女々しい奴だ!』


 そういえばこんな奴もいたと思っていた。近所で有名だった悪ガキどもだ。今は何をしているのだろう。名前も思い出せない。


『なんだと! 馬鹿にするなよ!』


 この時、俺はこの出来事を覚えていなかった。今でも分からないが、夢の中でのオリジナルかもしれない。


『お前やるのか! いいよ! かかってこいよ』


『ここはみんなの公園なんだぞ! お前たちの物なんかじゃないんだからな! 倒してやる!』


『たっちゃん止めなよ!』


 夢の中の幼い俺は奏の制止も聞かずに、悪ガキ数人に一人で立ち向かっていった。案の定やり返されていたが。


『弱っちいのにつっかかって来るなよ! 早くどっかいけよ!』


『うぐっ。ひっぐ』


 そういえば、俺は小さい頃は泣き虫だった。情けないと思う。


『たっちゃんをいじめるなんて許せない!』


『女のくせに俺たちにつっかかってくるのか! お前もボコボコにしてやる!』


 奏は悪ガキたちの挑発に乗って、悪ガキたちに殴り掛かっていった。奏は悪ガキ数人をたった一人で全員を倒してしまっている。


『うぐっ。女のくせにゴリラみたいだな。このゴリラ女! お前なんか死んじゃえ。ばーか』


『私はゴリラじゃないもん! “人間”だもん!』


 奏は悪ガキ達をたった一人でやっつける。悪ガキたちは奏に悪態をつきながら公園から出て行った。奏の“人間だもん”という言葉がやけに強調されて聞こえてしまったが、買い言葉に売り言葉だったのだろうと思う。


『たっちゃん大丈夫? 足擦りむいてるし、口も切ってるみたいだよ?』


『うぐっ……痛いよ……えーん』


 小さい頃の俺が大泣きをしだした。夢とは言え、こんな過去を見せられるのは恥ずしかった。


『たっちゃん。大丈夫だよ? 私が治してあげるね』


 奏はそう言うと、俺の擦りむいた足を両手で包み込んだ。すると、淡い光が奏の両手から漏れ出す。なんなのだろう。


『はい。たっちゃん。これで治ったよ! まだ痛い?』


『あっ! 本当だ! 痛くないよ!』


『これはみんなに秘密だからね?』


 この夢はなんなのだろうか。ファンタジーすぎてめまいを覚えてしまう。夢だから有り得ないことも普通に起こるのだろうが、俺は自分に何を見せたいのか疑問を覚えてしまった。


『うん! わかった! これはどうして秘密なの?』


『えっとね。パパが誰にも言っちゃダメなんだって言ってたの。だけどね、たっちゃんが泣いてる所を見たくないし、たっちゃんにだけは秘密にしなくても良いと思ったんだ』  


 俺はこの夢は完全に俺が作り出したオリジナルだとこの時は確信していた。何が昔の思い出だと。俺はこんなに泣いていた記憶も悪ガキたちと喧嘩をした記憶も無い。確かに奏と公園で虫採りなんてしたことは憶えはあるが、そんなのはいつもやっていた事なんだと。


『奏はすごいね! 怪我だって治せちゃうし、すごく強いし』


『私はたっちゃんを守るために生まれてきたんだもん! たっちゃんを守れるならなんでもするよ!』


『ありがとう! 奏は強くて優しいんだね! 大好き!』


 これは俺が奏を意識しすぎていたからだ。幼い自分の姿とはいえ奏に大好きだなんて、夢で無かったらまず言える言葉じゃない。


『たっちゃん! 私も大好きだよ! 口の中も切ってるから治してあげるね』


 夢の中での奏は俺を抱きしめると、全員から淡い光を出していた。その光は奏から俺を包み込むように俺の中に吸収されていく。


『たっちゃん。たっちゃんは私が守るからね』


 俺と夢の中の奏の目が合う。夢の中の幼い俺ではなく、この夢を傍観していた俺とだ。奏と目の合った瞬間に景色は消えた。


「ちゃん? 大丈夫? たっちゃん?」


 夢の中で景色が消えたと思った瞬間、奏の声が聞こえる。夢の中のような感じでは無く、ハッキリと。俺は目が覚めると奏と視線が合う。


「あぁ。奏? 大丈夫。少し疲れてたみたいで寝てたみたいだわ」


「もう――なんだか唸されてたから心配しちゃったよ! ご飯出来たから呼びに来たんだよ」


「悪い。顔洗ったらすぐ行くわ」


 奏は分かったと部屋を出て行き、俺は洗面所で顔を洗ってから、奏が待っている食卓へと向かっていった。


 食卓へ向かった俺の目に飛び込んできたのは、なぜか俺の家にあった鉄板プレートに鎮座し、今宵の主人公は自分だと主張するようにジュージューと音を立て、そこから溢れる肉汁がキラキラと光輝くハンバーグだ。


「たっちゃん! ほらほら! 早く食べよ? 美味しそうでしょ? 一生懸命作ったんだからね」


 ハンバーグの食欲をそそる匂いと音。これに俺の腹が鳴った。口の中で涎が充満していくのが分かる。ごくりと口の中に広がった涎を飲み込んで、静かに椅子へ座る。そこで奏と目が合ったのが合図だった。


「いただきます」


「いただきます!」


 俺と奏の二人きりの夕食が始まる。ハンバーグをフォークで刺し、ナイフで切る。切ったそばから肉汁が溢れ出した。一口大に切ったハンバーグをゆっくりと口に運ぶ。口に近付くにつれて俺の鼻孔をくすぐるハンバーグの匂い。その匂いを楽しみながらも口の中に入れる。その瞬間だった。


 俺の視界から全てが消えた。消えたというのは大げさだろうが、そう感じる事ができた。口の中に広がるハンバーグの匂いとともに、噛めば噛むほどに溢れ出てくる肉の旨味の凝縮された脂。自分はハンバーグでは無い。純粋な肉であると主張するような肉々しさ。ハンバーグという食べ物が俺の口の中で作った世界。いや、これは宇宙だろう。肉汁が作る宇宙に広がる挽き肉たちは宇宙空間に散らばる星だろうか。奏の料理の腕前がこんなにすごいものだったなんて知らなかった。


 奏は俺の感想を待っているのかキラキラとした目で俺を見ている。噛み締めるようにハンバーグを咀嚼して、それを胃の中へ押し込む。


「旨いよ。こんなに美味いハンバーグは初めてだ」


 本当に旨い。このハンバーグはお店として出しても売れることは間違いない味だと確信を持って言える。


「良かったー。たっちゃん口に合って私は満足だよ」


「奏……その、なんだ。ありがとな」


 奏が俺の家にいる。そんな事はどうでもよくなっていた。幼馴染みの奏とは長い付き合いだ。俺が好きなのは翼で間違いないし、奏のことも翼と同じように好きなのだが、翼に対する好きと奏に対する好きは似てるようで全く違うものだと思いたかった。


「たっちゃんはいつも悩んでるよね? ハゲちゃうよ?」


「うるせぇ! それよりもこんなに旨いんだ。冷める前に早く食べちまおうぜ」


「そうだね!」


 奏は食事をする時だけは一切喋らない。黙々と食べ続ける。そのおかげで二人きりの食卓は静寂に包まれる。静かな食事だが、俺はこれはこれで幸せな事なんだと思った。


「ふぃー。お腹いっぱいだ。美味しかったね!」


「おう。毎日でも食べたいくらいだ」


 軽口を叩き合いながら、おもむろにテレビを付けた。時間的にはバラエティ番組が多い時間だったが、合わせてあったチャンネルではニュースをやっている。


『本日、南極にて行われていた調査で、南極に広がる氷の中に遺跡らしきものを発見したと発表がありました。関係者によると、今回行われた調査で遺跡が発掘されれば人類史に残る世紀の大発見の可能性もある。引き続き調査を行っていく。という旨を述べました』


 奏はこのニュースを食い入るように見ていた。今日の奏の昼休みの様子を見ていても、このような遺跡なんかも興味があるんだろうなと簡単に想像出来る。テレビの中ではコメンテーターが遺跡についての感想を述べている最中だ。テレビを見ている奏の表情は真剣そのもので話し掛けるような雰囲気では無い。南極の遺跡なんかで今の時代、何が変わるのかとも思うが。


「南極にも遺跡なんてあるんだ。人間てのはどこでも生活してるってのが分かって面白いよな。俺達が住んでるこの街も、未来では遺跡がどうのって言われるかもしれないと思うと何とも言えない気持ちにもなるけど」


 俺の言葉も耳に届いていないように奏はテレビを食い入るように見ている。そんなに好きなのかと笑いたくもあるが、真剣な奏の顔を見ると笑ってはいけない気もして、奏に声を掛けるのを控えた。テレビのニュースはすでに次のニュースに移っており、コメンテーターが別の話をしていた。


「たっちゃん。ごめんね。用事を思い出したら、私はもう帰るね」


 奏はそう言うと、コップに注がれていた麦茶をぐいっと飲み干して、スッと立ち上がった。


「用事忘れてたのかよ。家まで送っていこうか?」


「ううん。大丈夫だよ。ありがとう」


 俺は「そうか」と呟いて、荷物を纏める奏を横目に麦茶を一口飲む。荷物を纏めると言っても学生鞄を手に取るだけなのだが。玄関の外までと思い、鞄を片手に家から出ようとする奏について行く。


「それじゃ気をつけてな」


「うん。たっちゃん。ありがとう。また来るね!」


 俺に手を振りながら走って行く奏の姿が見えなくなるまで見送ると、俺は家の中に戻っていく。自分の用事を忘れて、自分のやりたいことを優先させる奏はやっぱり奏だなと思う。だが。


「せめて自分の使った食器くらい台所に持っていってくれないかな……」


 食卓には主役が鎮座されていた鉄板プレートなどがそのまま残されていた。俺は黙々とそれらを台所に持っていき、カチャカチャと洗う。


「まあ、美味いハンバーグを作ってくれたから良いか」


 泡立ったスポンジを片手に、俺はそう呟きながら、全ての食器を洗っていった。

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