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恋の始まりはいつも突然に

 奏の突然の問いかけに俺は一瞬固まった。ミッシングリンク――どこかで聞いたことはあるような無いような。そもそも、奏が俺と委員長の生物の話から話題を持ってきたのは分かるが、一瞬変わった奏の顔のほうが気になって仕方なかった。


「ミッシングリンクってなんだ? 俺はそんなの聞いたこともないけど」


 委員長は奏のちょっとした表情の変化に気づいていないのだろう。無言で食事を続けていた。俺は委員長から奏に視線を移し替えるといつものように柔らかいいつもの表情に戻った奏がいた。


「ミッシングリンクてのはね、人類の進化についての中間地点が無いことだよ! 空白って言えばいいのかな?」


「へぇ。そんなのあるんだ。俺にはさっぱり分からないけどな。奏はそういったものに興味あったっけ?」


 俺は幼馴染みの奏と過ごした十数年を思い出していた。よく思い出してみると、奏は生き物が好きだったと思う。幼い頃は奏から昆虫採集に行こうと誘われたり、変な化石の本を読まされたり。小学校の高学年になってからはそのようなことも無くなってきてはいたが、確かに奏は生物オタクまでは言わないけれど、生き物については興味があったと思う。どこか抜け落ちた記憶があるような気もするが気のせいだろう。


「たっちゃんは分かってないな。私は昔からそういったの大好きだよ?」


「確かにそうだったけど、その、ミッシングリンク? っていう言葉なんかどこから仕入れてくるんだよ」


 普通に生活をしていても、ミッシングリンクという言葉は出てこないと思う。参考書を読んでいたりする姿は今の奏からは想像できないし、読んでいる姿を見たこともない。俺の知らない所で読んだりしていたのだろうか。


「ほら! 今授業で進化についてやってるでしょ? 今の時代、インターネットで検索するとたくさん出てくるんだよ。 "人類 進化" とか検索すると出てくるよ?」


 人類の進化なんか調べてなにをしたいんだとも思うが、それは個人の自由だからなんとも言えない。俺は "おっぱいの神秘" なんてくだらない事を検索して自己嫌悪に陥ったこともある。


「ミッシングリンクね。正確に言うならば未発見の中間化石といったところかしら」


 黙って食事を進めていた委員長だったが、食事が終わったのか、視線を移せば弁当箱を片付けているところだった。委員長はミッシングリンクについての知識があったのだろう。奏の話に付いていくどころか、さらにその上の知識を披露し始める。


 俺はこの二人の女子の会話に入れなかった。付け入る隙さえ見つからず、俺は二人の会話を聞き流す事しかできなかった。ミッシングリンクだの、未発見の中間化石だの俺には到底理解できる範囲を超えていた。


「えっと――人間は猿から進化したんじゃないのか?」



 俺の発言はすごく一般的なものだと思ったが、委員長の表情を見るにそれは違うように感じた。どこか呆れたような、勝ち誇ったような顔をされて少しムッとしてしまった。


「西条君。それは違うわよ。人間と猿。これは結果的に分かれただけであって猿から人間が進化したわけじゃないの。そして、相澤さんの言うミッシングリンクは、この人間と猿の進化として枝分かれした化石が見つかっていないということなのよ。人類とチンパンジーに分岐したのはオロリンやサヘラントロプスとも言われているけれど。私はミッシングリンクよりも、ミトコンドリア・イヴやY染色体・アダムの話の方が好きだわ」


 また訳の分からない単語が出てきた。ミトコンドリアやY染色体は分かるがミトコンドリア・イヴやY染色体・アダムっていうのは分からない。俺は頭を抱えるしかないようだ。


「ミトコンドリア・イヴにY染色体・アダム? それは私も知らなかったな。翼ちゃんはすごいね!」


 さすがの奏もミトコンドリア・イヴとY染色体・アダムは知らなかったようだ。俺からすれば、奏の話も委員長の話も宇宙人の話している会話に聞こえてしまう。


「ミトコンドリア・イヴもY染色体・アダムも同じような感じなのだけれど、ミトコンドリア・イヴについて説明するわね。まず、ミトコンドリアってのはDNAで母親から子供に受け継がれるんだけど、端的に言えばそのミトコンドリア解析した結果、一人の女性に繋がるという話よ。Y染色体・アダムはその男性バージョンね」


「ということは、その一人の女性が今を生きている人間の母親ってことだな」


 とてつもなくスケールの大きな話になってしまったと思っている。俺はただ、授業の分からなかった点を質問しただけなのに――学の無い俺にはついていく事ができなかった。


「簡単に言えば西条君の言う通りなんだけど、誤解があるとすれば、一人の女性の可能性が高いというだけで、他にも同じようにミトコンドリアDNAを持っていた女性は存在していたと思うわよ。子供に女性が産まれないとミトコンドリア・イヴというDNAは受け継がれないし、たまたま一人の女性の子孫に女性が産まれていたという話なのよ」


 もう聞いていてわけが分からない。要するに、人類皆兄弟って事なんだろう。


「へぇ。そんな風に解釈されてるんだね! アハハ。私も分からないや。まぁ、世の中知らない方が良いこともあるからね」


 奏の発した言葉が頭に引っかかる。確かに世の中、知らない方が良い事があるのかもしれないが、奏はそれを俺に言っているような。真っ直ぐと俺を見据えて言っているからなのか、今日は奏の一言一言が頭から離れなくなっていく。俺の頭がついていけていないだけかもしれない。


 委員長がまだ話し足りないのか口を開こうとしたとき、この知識の渦に塗れた空間に助け舟が現れた。親友の洋介がニヤニヤしながら俺と奏と委員長のグループに入って来たのだ。


「達弥。美女二人を独占しといてなに困った顔してるんだ? 二人のファンにボコボコにされるぞ! それよりもさ、昨日の "ダサイダーⅤ" 見たか? 最高に燃えたよな!」



 ダサイダーⅤ。確か、今テレビでやっている熱血ロボットアニメだったはずだ。俺は興味が無くて見ていないが、クラスでも何人かこのアニメの話をしていたのを聞いた事があるくらいには認知されているアニメだったはずだ。


 洋介が来てから、奏と洋介はダサイダーⅤの話で盛り上がっていた。委員長はそんな二人をいつもは見せないような微笑みを向けて眺めている。自分も話に入りたいとソワソワしているように見える。


「委員長? 委員長もダサイダーⅤとか見てるの?」


「そ、そんなわけないじゃない! あんな熱苦しい熱血ロボットアニメなんて私が見るわけないじゃない」

 

 軽く焦った様子の委員長を見て、俺は確信した。これは委員長もダサイダーⅤを見ていると。もしかすると俺も話に付いていく為にダサイダーⅤを見た方がいいのかもしれない。さっきのように、話に付いていけないのは嫌だと思ったからだ。


「まあ、そういう事にしておくよ。委員長」


「私はダサイダーⅤなんてダサいアニメ見てないから!」


 委員長は何が恥ずかしいのか、必死に自分がダサイダーⅤを見ている事を否定する。そんな委員長を見て、俺は微笑ましい気持ちになり、委員長の意外な一面を垣間見た気がして得をした気持ちになった。


「ダサイダーパーンチ!」


「ふごほぉ」


 俺が委員長から目を離し、奏と洋介の方へ視線を移した瞬間だった。なぜかダサイダーⅤごっこを始めていた奏の“ダサイダーパンチ”が俺の頬を直撃したのだ。奏の馬鹿力で繰り出されたダサイダーパンチで俺は吹き飛ばされ、ちょうど俺の斜め側に座っていた委員長に覆い被さるように倒れてしまった。


「キャッ」


 普段の委員長とは思えない可愛らしい声。俺の胸に感じる柔らかさは恐らく委員長の豊満な胸だろう。そんな事より問題は――委員長の唇と俺の唇が重なり合っている事だろう。意外と柔らかい感触にほのかに香る甘い香りが鼻腔をくすぐり、離れなければと思う気持ちと、もう少しこのままでいたいと思う気持ちの葛藤が俺の心を揺り動かした。


「ちょ、は、早くどきなさいよ!」


 委員長は顔を赤らめながら俺を突き飛ばす。期せずして訪れた俺のファーストキスは頬の痛みと委員長の甘い香りと柔らかさを感じた嬉しくも苦いものだった。


「こ、これは事故だ! 俺は悪くない」


「そんなこと分かってるわよ」


「たっちゃん大丈夫? それに翼ちゃんも。その……ごめんね?」


 まだ、ジンジンと痛む頬を撫でながら思う。個人的には美味しい思いをした。また、本来なら俺も委員長に謝るべきなのだと。


「委員長……その」


「分かってるから」


 委員長の『分かってるから』という一言が俺の謝るタイミングを失わせた。もしかすると事故とは言え、委員長を傷つけたかもしれない。朝の事を取っても俺は委員長に悪い事しかしていないかもしれないと声には出さないが俺は心の中で委員長に謝罪した。


「ほら。もうお昼休みも終わるから片付けましょう」


 委員長はそう言って、何も言わずに自分の席へ戻る。


「達弥ラッキースケベってやつじゃね? 羨ましいぜ。俺も委員長のおっぱい触りたいな」


 空気の読めない洋介は俺の肩を叩きながら言うも、俺の心は罪悪感で蝕まれていた。確かに不可抗力ではあったし、奏の行動は予想外だったが――俺は委員長に悪い事をしたと思っていると同時に別の感情が沸いて来ていることにも気付いてしまった。


「たっちゃん本当にごめんね。今度からたっちゃんに当たらないようにダサイダーパンチを繰り出すよ」


「いやぁ、あのダサイダーパンチは完璧だったぜ! しっかりと腰も入ってたしな」


 奏と洋介は俺の気も知らずに馬鹿を言い合っている。俺はこの二人の能天気差が今だけは羨ましいと思う。加害者であるはずの奏はニヤニヤと笑いながらシャドーボクシングをし、洋介はそれを煽るようにフックだボディだの言っている。


「はぁ……」


 俺は思わず溜息を吐く。底抜けに明るい奏と洋介を見て呆れた気持ちと、委員長に嫌われたかもしれないという気持ちの混ざった溜息だった。



「達弥さ。あれは事故だろ? たまたま相澤のパンチが達弥に当たって、委員長とぶつかって、転んだだけだよ。そんな気に病む必要も無いじゃん」


「見てた奴と一緒にすんなよ。いきなり殴られて痛ぇし、委員長と、その……俺は気に病むわ」


 洋介はフォローしたように見せたようだけど、俺は騙されない。洋介の顔がニヤついているんだ。人の不幸は密の味とはよく言ったものであると感心する。


「たっちゃん! 終わったことだし気にする必要ないよ!」


「奏はもっと反省しろよ!」


 奏は洋介とは違い、素でこの反応をするから手に追えない所はある。そこが可愛いとも思うし、幼馴染みのよしみで俺に対して遠慮が無いともとれるが。


 俺は委員長の方へ視線を移す。委員長は椅子に座り俯いている。先程のことがショックだったのだろうと簡単に予想も出来るが、素直に謝りに行けない自分をもどかしく思う。


「タイミングを見て謝りに行くか」


 口ではこう言ったものの、本来なら今すぐにでも謝りに行きたい。今はお互いに気まずい雰囲気になっている事も……いや、すでに気まずい雰囲気であることも理解している。一言、悪かった。そう言えば済む話なのに。沸き上がる委員長への感情のせいで自分の足が動かない。俺はいつから委員長のことを意識していたのだろうか。いつもいつも俺に対して皮肉を言い、ことあるごとに俺に憎まれ口を叩く委員長。顔は可愛いし、胸も大きい。今になって思い返してみると、俺は今日も委員長に小言を言われるのか。なんて毎日思っていた。俺は知らないうちに委員長のことばかり考えていたのだろうか。



 俺は委員長のことが、加藤翼という女性が好きなのだと認識させられた昼休みだった。 


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