表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
10/21

連絡が無いかこまめにチェックするべきだ

 家に帰り、ひっそりとリビングなどを伺う。二日連続で家に帰ると人がいたんだ。警戒くらいはするだろう。


「よし。誰もいないな」


 俺は誰もいないことを確認するとすぐに風呂へと向かう。傘を借りたとはいえ、俺の体の左半身はびしょ濡れで、べっとりと張り付いたシャツ、ズボンが気持ち悪い。


「あれ? どうして電気が……」


 リビングの電気は消えていたのだが、何故か風呂場の電気が点いている。恐らく美鈴さんが電気を消し忘れていたのだろう。俺はなにも気にせずに脱衣所の扉を開けた。開けた瞬間だ。俺の目には信じられないものが飛び込んできた。


 バスタオルをで体の正面は隠れていたが、華奢な肩から腰に沿っては程よくくびれ、形の綺麗な――その、なんというか。環がそこにいた。


「キャッ――お、おほん。達弥。驚いたじゃないか。突然入ってくるなんて」


「お邪魔しましたっ!」


 俺は開けた扉を乱暴に閉じる。どうして環が全裸で脱衣所にいるんだ? いや、全裸なのはこれから風呂に入るか上がったばかりだからだろう。恐らくは風呂上がりだ。脱衣所の空気は湿気ていたし、なにより環の白い肌がうっすらと赤くなり、火照っていたようにも見えた。


「なんで環がいるんだよ……」


「お帰りなさいませ。達弥様。本日もお邪魔させて頂いております。私は二階の掃除をしていたためにお出迎えに上がれず申し訳なく思っております。お容赦くださいませ」


 この際、俺の家にいるのは良い。予想はしていた。だが今回に限って言う。今回だけだ。お出迎えに上がって欲しかった。


「美鈴さん。せめてなにかしらの方法で一言言ってもらえると……」


「お嬢様が連絡なさっているはずですが?」


 美鈴さんに言われ、俺はすぐにスマホを見た。連絡先の交換なんてしてないのに、何故か環の名前がある。 “今日も遊びに行くから楽しみに待っていろ” そう書かれたメールの時刻は十二時四十二分。気が付かなかった。基本的にマナーモードにしっぱなしの俺は話に夢中で連絡があったと知らせるバイブに気付かず、そのまま放置していたようだ。翼と連絡先の交換をしたときにチェックをしていればこんなことにはならなかっただろう。


「確かに……連絡が来ていましたね」


 なにか、釈然としない感情を覚えてしまう。連絡があったのは分かったが、その返事も待たず、家の主と言っていい俺の了解を得ることなく俺の家でやりたい放題する。それに、この人たちはどうやって鍵を――これ以上は考えないようにしなければ。


「私からの連絡を堂々と放置する人間は達弥くらいだぞ」


 自分の裸を見られたのにも関わらず、それに対して気にも止めない環は器が大きいのか豪胆な人間なのか。


「俺、スマホをチェックをする習慣が無くてさ。悪かったな。気付かないで」


「大丈夫さ。私にはそのくらいが調度いいんだ。それよりも、達弥は風呂に入らなくていいのか? そのために脱衣所まで来たのだろう?」


 すっかり風呂に入ろうとしていたことなんて頭から抜けていた。俺の左半身は相変わらずびしょ濡れの状態だ。


「そうだったよ。忘れてた」


 環に促され、すぐに脱衣所に向かう。服を脱ぎ洗濯機に入れようと洗濯機を開けた。


 俺の目に飛び込んできたのは女性物の下着。パンティだ。さすがに無防備ではないか? 環が履いていた物だろう。悶々としてしまうのは――いや、それよりも洗濯機に入っているということは俺の家で洗濯しようとしているのか。それは有りなのか? ネットにくらい入れて欲しかった。纏まらない思考の中で、もう何も考えまいと自分の脱いだ服を洗濯機にほうり込む。何も考えない方が精神衛生的に良い。


「はぁ……」


 思わず溜息が出る。風呂場に入った俺は風呂の蓋を開ける。湯気が立ち上るこの湯船に先ほどまで環が入っていた。昨日と同じような思考を巡らせながら、さっさと風呂を済ませた。


「もっとゆっくり浸かっていれば良いものを。達弥は意外とせっかちなのか?」


 風呂から出て、リビングに向かうと俺の気配を察知したのか、ソファに座り、テレビに目を向けたまま俺に話掛けた環。


「俺は早風呂なんでね。すぐのぼせるしこんなもんだろ」


 普段はもっと長く風呂に浸かっている。風呂に長く浸かれば浸かるほど、環が入っていたんだと妄想をしてしまうから早風呂になってしまうのだ。


「そうか」


 環は俺の風呂の話なんて興味が無いのだろう。一言、そう言うとすぐにテレビに集中しだす。やることの無い俺は今日連絡先を交換したばかりの翼に連絡しようとスマホを開いた。


 “今日は傘をありがとう。助かったよ” こんな物だろうか。もう少し長めにした方がいいのだろうか。長すぎるとうざがられるかもしれない。こんな物だろうかと、俺は自分を正当化させて納得させる。


「環は学校とかどうしてるんだ?」


 昨日から不思議に思っていたことだ。環ほどのお嬢様なら普通に学校に通っていてもおかしくはないと思う。昨日は学校を休んでいたのだろう。今日は遅刻だろうか?



「今日はちゃんと学校に行ったぞ。昨日はサボっていた。今日は遅刻をしたがな」


「そんなんで平気なのか?」


「昨日学校をサボっていた達弥に言われたくないはが。そうだな……学校なんてただの義務みたいなものだろ? 親が決めた学校だし、楽しいとも思わないから学校はよくサボっているぞ」


 学校が楽しくないのか? 俺も前まではそう思っていたが、今は違う。学校に行って友達と会って馬鹿みたいな話をしていると楽しいと思う。環は何か問題を抱えているのだろうか。


「学校って以外と楽しいぞ? なにかあるなら相談に乗るし話してみろよ」


「それもそうだ。私と達弥は運命の糸で結ばれた関係だからな。お互いのことを知るためにも話そうではないか」


 俺が言うと環は一瞬躊躇った後、ゆっくりと口を開いた。


「相談という訳では無いのだが」


 相談という訳では無い。そう言って一呼吸置いた環。テレビの音も気にならないような雰囲気になり、環の澄んだ瞳が俺の瞳と交差する。


「達弥も知っているだろうが、私は三住財閥の娘だ。三住財閥という肩書もあるから、私もそれ相応の学校に通っているわけなんだがな」


 環は俺から視線を外し正面を向く。環の小さな手は顎の方に持って行かれ、何かを考えているような、そんな姿勢になる。ゆっくりとした動作で足を組み直し、言葉を続ける環。その日常でもよくあるような動作ではあったが、環のそれはとても優雅な雰囲気を持っていた。


「その――学校なんだが、私と同じように親が権力を持っていたりする連中もたくさんいるわけだ。そんな連中の中で私の家は断トツで経済力もこの国での権力は高いわけだ。そんな私がいると学校ではどうなると思う?」


 経済力や権力と言った俺にはまるで縁の無さそうな単語が環の口から紡がれていく。どうなるも何もそんなの俺が分かる訳が無い。


「分からないな。俺にはそんな環境もなにも無いから」


「そうか……それでは、私が簡単な例を出すとしよう。例えばこの国でトップクラスに人気のアイドルがいたとするぞ? そんな子が自分の通う学校に通っている。達弥はどう行動するのかは分からないが、どうなる?」


 学校に人気のアイドルが通っている? その子はチヤホヤされて――分からない。


「アイドルの子はチヤホヤされたりするんじゃないのか? 言い方が分からないけど、何と言うか……」


「チヤホヤもされるだろうが、それよりも、お近付きになろうとする連中が殺到すると思わないか?」


 学校では環はアイドルのような存在なのかもしれない。顔も綺麗だし、常識は無いが魅力的な女性なのは間違い無いと思う。


「殺到するだろうな……それじゃあ、環は学校のアイドルみたいなものなのか?」


「アイドルという訳では無いが、そんな感じだ。私の親は経済界のトップにいる。そんな親を持つ私に近付いて媚びへつらう。男も女もそうだ。私という存在では無く三住という家の名前に近付いて来る連中ばかりで嫌になってしまうんだよ。どこに行っても三住のお嬢様扱いだ」


 環には環になり悩みがあった。態度を見ていると悩みなんて無さそうに見えたが、環も俺と同じ人間と言う事だ。


「環って案外普通な子なんだな」


「案外とはなんだ。私は普通だぞ? ただ親が肩書き持っているだけの普通の高校生だ」


「よく言うよ。美鈴さんみたいな人を侍らせていたりする高校生がどこにいるんだっての」


「確かにそうだ」


 俺と環は笑い合う。身分の違いなんてのをまさか現代社会において感じるなんて思ってもみなかったが、それでも同じ人間だ。


「まぁ俺たちは運命の糸で繋がってるんだろ? ならこれからもずっと友達だな」


「ああ。私たちは運命の糸で繋がっていて導かれたんだ。私たちは“友達”だ。ありがとう達弥。スッキリしたよ」


 溢れんばかりの笑顔を俺に向ける環。いつもはいたずらな笑みを浮かべていた環だったが、今回の笑顔は心から笑っているように見えた。


「ほれ。私は話したんだ。達弥もなにか話すことは無いのか? 私で良ければ聞くぞ?」  


 環にそう言われ考えてみるも、環に相談するような事はないように思えた。俺に友達が少ないのは話さないからなのかもしれない。何でもいいから話すべきなのだろう。


「普通の話で悪いが、環はダサイダーVを知っているか?」


 口に出してから思う。どうしてダサイダーVの話題にしたのかと、言ってから後悔した。環こそ、こんなロボットアニメなんか見ないだろうし興味も無いだろう。


「ああ。それは知っているぞ? うちの子会社がスポンサーとして出資をしていたからな。達弥はダサイダーVが好きなのか?」


 全く知らないと思っていたのにまさか身内が出資している立場だなんて思いもしなかった。身内が出資していても興味が無ければ見ないだろうが、名前だけ知っている、俺みたいな感じなのだろう。


「知ってるのか。いや、ダサイダーVが好きというか、見たことも無いんだけどな。俺の周りで流行ってるみたいだから、見てみたいと思ってるんだ」


「ほう。ダサイダーVを見たければ私が言えばすぐにでも最新刊までのBDは手に入るぞ? 準備させるか?」


 環が言えばすぐに準備できると言う発言が権力者のそれに見えた。


「いや、それは友達が録画したのをDVDで焼いてくれるらしいから大丈夫だ」


「そうか。律儀な奴だな」


「俺は律儀なんだよ」


 こんな軽口を言い合えるような仲になるなんて思わなかった。どこか、雲の上の存在みたいだったのがフレンドリーに接してくれる。世間的には雲の上だろうが。


「そういえば、今日傘を持っていっていなかったのにあまり濡れていなかったな。学校に傘でも置いていたのか?」  


「今日一緒に帰った友達が入れてくれたんだよ。それで傘をついでに貸してくれたんだ。ダサイダーVのDVDを焼いてくれるのもその子だけどな」


 なにやらニヤニヤした顔でこちらを見てくる環。いったい何を考えているのだろうか。このニヤケ顔が洋介と被ってしまう。


「ほう。それでその子と相合い傘で帰ってきたんだな?」


「お、おう。そうだけどなんか文句でもあるのか?」


「男女で相合い傘か。私もそんなことをしてみたいな。これから出掛けるか?」


 風呂にも入って体が温まったところで雨の中出掛けるなんて言い始める環。しかも相合い傘を所望しているようだ。


「出掛けねぇよ。今日もどうせ泊まるんだろ? 今日も同じベッドとは言わせないからな?」


「分かっているさ。昨日のはただの戯れだ。なにかあれば美鈴が駆け付けてくれるしな。美鈴にもおちょくり過ぎたと釘を刺されたよ」


 環と談笑をしながら待っていると、美鈴さんから食事の準備が出来たと声を掛けられた。そしてスマホをチェックしてみると、翼から返事が来ていた。 


“いいえ、困ったときはお互い様だから、私が困っときはよろしくね”翼からの返事を確認した俺はすぐに返事を書く。翼からの連絡が嬉しくてニヤけてしまった。


「ほう――達弥よ。そんな情けない顔をしてどうしたのだ?」


 リビングで環がテレビに夢中になっていたはずだが、不覚にも環にニヤけた顔を見られたようだ。


「い、いや……少し面白い内容だったからな」


「私にはそうは見えなかったがな。どうせ連絡を取り合っていたのだろう? 私の連絡は放置するくせに現金な男だな」



 どうして環にはそれが分かるのだろう。俺が翼。そう、女子と一緒に帰ったということも分かっているようだし、俺の情報が筒抜けなのかもしれない。そう思い美鈴さんの方を見てみる。美鈴さんもある程度の仕事は終わっていたようで、くつろいでいるように見えた。


「私の顔に何かついているのでしょうか? 達弥様」


「な、なんでも無いです」


「その態度が図星だと教えているようだな」


 美鈴さんを見た俺の態度を見て図星だという環。そんなにおかしな行動だったのだろうか。


「まず、男同士で相合い傘なんて、よほどのことが無い限りしないであろう? しかもだ、達弥の持っていた傘は男が使うには可愛らしい色合いをしていた。どこの男がそんな可愛らし色合いの傘を持ち歩くだろうか? そんな男は絶対では無いがほとんど見かけないからな」


 確かに、翼から借りた傘の色は薄いピンク色だった。可愛らしいキャラクターがワンポイントでプリントされてある女の子らしい傘だった。


「お、俺たちは“友達”なんだから、そこまで突っ込まなくてもいいだろ?」


 俺と環は友達だ。さっきそれを確認できたはず。なぜ、ここまで言及されなければいけないだろうか。


「ああ。友達だ。だがな、それとこれとではまた話が違ってくるであろう? 友達として達弥を応援してやろうというのだ。ありがたく思え。そして、その相手は奏か?」


「お嬢様。達弥様の想う人は奏様では無いように思われます」


 美鈴さんはどうしてそれを当てられるのだろうか。女の勘と言うものが働いているのかもしれない。


「なるほどな。奏では無いか」


 ぶつぶつと呟きだした環は何かを思案するように手を顎に当てる。環にも美鈴さんにも俺の恋路なんて関係の無い話だろう。


「お嬢様。恐らく、私たちの知らない人物でございます。調査しなければなりませんね」


「そうだな。頼むぞ。美鈴」


 環の美鈴さんへの信頼と美鈴さんの環への忠臣。この二人の絆は深いようにも見えるがなにか理由でもあるのだろうか。これを聞くのは野暮なことだと思う。


「だあ! 勝手にしてくれ! 俺はもう寝る! 部屋に行くからな」


「私も一緒に寝なくて良いのか? 一人では寂しいであろう?」


 寂しいとか寂しくないは関係ない。環のいたずらっぽい笑みが憎たらしくも見える。


「一緒だと俺が眠れないわ!」


「つれないな」


「お嬢様。お戯れが過ぎるかと」


 美鈴さんからお叱りを受けた環はしょぼくれて唇を尖らせた。


「明日は休日というのにもう寝てしまうのか。寂しいではないか」


 俺は環の演技には騙されない。環には美鈴さんもいるんだ。寂しい訳が無いだろう。


「夜更かしは肌に毒だぞ。それじゃおやすみ」


「それを言うな。また明日だな」


「ゆっくりとおやすみ下さいませ。達弥様」


 俺はすぐに部屋に戻る。翼と何度か連絡を取りをしつつ、眠くなるのを待った。環が突撃してくるかもしれない。これは有り得ない話では無いと思う。環はそんな奴なのだから。


 竜二との再開、再開でいいのか分からないが竜二との再開、委員長との下校。環や美鈴さんとのやり取り。今日は本当に良い日だったと思う。


「こんな日常も悪くないな」


 ベッドに横になって、布団に包まれつつも、つい口に出てしまった。本当に毎日がこんな日常なら楽しいんだろうなと。そんなことを思っていると、いつの間にか俺の思考は定まらなくなり、眠りに落ちていった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ