第9話
「結界の形を変化させるなんてそんな芸当どうやってできるんだ?」
盾は答える。
「今のままでは難しいだろう」
「今のままでは?」
「ああ」
「じゃあ、どうすれば?」
「結界の防御は磐石と言っていいが、欠点がある」
「欠点?」
「欠点というのは結界に柔軟性がないということだ」
「結界に柔軟性がない?」
俺はベルの言っていることが全く理解できなかった。
「結界の形を変えるためには柔軟性が必要だ。今のお前の精神状態では結界に柔軟性を持たせることが難しいと思う」
「俺の精神状態の問題なのかよ!?」
ますますわけが分からない。
「私が思うに、お前はこの世界と精神的に距離を置いてしまっているのではないか?」
「なに!? それはどういう意味だ?」
「お前はこの世界のことがきっと嫌いだろう?」
俺は思わず黙りこんでしまった。
ベルは続ける。
「それが悪いことだとは思わない。お前のこれまでの境遇が影響を与えているんだと思う。だが、お前はこの世界を拒絶している節がある。この世界は敵意や悪意に満ちていると思っているのではないか。それが結界の防御を強める効果を果たしているものの、結界そのものを固く柔軟性のないものにしてしまっていると私は思っている」
彼女の言葉が胸にグサグサと突き刺さるようだった。
俺は相変わらず何も言えないままだった。
「とにかく、結界の形を変化させて武器として扱うためには、お前の中のこの世界に対する心の壁が邪魔になるだろう」
「……それで?」
「お前のこの世界に対する認識を変えれば活路が見いだせるかもしれない」
「……なんだよ、それ?」
「グラン?」
俺は体を震わせていた。
それは怒りによるものだった。
「それは俺にこの世界の認識を変えろということか!? 俺が先にこの世界を嫌いになったんじゃない! 世界が俺を見捨てたんだ! 村人以外にはなれない上、あんな弟がいて、そのことでみんなからクズのような扱いを受けてきた! 俺がなんでこの世界の認識を変えないといけないんだ!?」
「グラン、落ち着け!」
ベルがなだめるが、俺の怒りはおさまらなかった。
さらに怒鳴り散らしてしまいそうなときに。
「先ほどから何を1人で話しているんですか?」
突然、背後から女の声が聞こえた。
振り返るとそこには少女が1人立っていた。
年の頃は15歳くらい。
灰色のローブに肩に届く程度の緑の髪。
そして整った顔立ちにエメラルドの瞳が印象的だった。
そんな彼女は俺を怪訝そうに見ている。
「あ、いや……」
俺があわてて取り繕おうとする。
ベルの声は俺以外には聞こえない
だから、端から見れば、ぶつくさ独り言を言ってる変なやつにしか見えないのだ。
言い訳に困っていると、彼女は。
「まあ、いいです」
そう言って今度は笑顔を浮かべて話しはじめた。
「こんにちは、はじめまして。実はあなたを探していたのです」
俺を探していた?
どういうことだ?
困惑する俺を尻目に彼女は続ける。
「あなたが闘技場で戦っているのを見て、少し気になったんで」
「気になった? どういうこと?」
「あなた、村人ですよね?」
「ああ」
「それなのに、1回戦はパラディンに勝っていたし、2回戦でも勇者の攻撃をあそこまで防いでいました。とても、ただの村人とは思えないです」
なるほど、確かにそれだと注目されてもおかしくはないか。
「それで、少しお話がしたくて」
「そっか。話ってなに?」
すると、彼女は突然頭を深々と下げたかと思うと言い放った。
「良かったらあたしとパーティを組んでもらえませんか!?」