第7話
「盾の弱点が分かった、だと!?」
そんなバカなことがあるわけがない。
これは魔王すら恐れる邪神が封印された最強無敵の盾。
弱点などあるはずがない。俺はそう信じたかった。だが。
「兄さんが異世界にいるから攻撃が届かない。ってことは兄さんを異世界からこちらの世界に引きずり出せばいいということ。それでね、兄さん」
そう言うと、ロルは懐から何やら取り出す。
それは見覚えのある短剣だった。
だが、そんなもので何をするつもりだ。
「これは兄さんが昔、僕にくれた短剣。兄さんが長い間使っていたものだ」
「それがどうした!?」
「僕は短い時間だけど召喚士をやった経験がある。召喚士なら触媒なんかなくても召喚できるだろうけど、今の俺は召喚士じゃないからね。だから、この短剣を触媒にして兄さんを異世界から召喚する。それなら可能だと思うんだ。俺と兄さんは近しい関係だしね」
「な、なに!?」
「グラン、それをされるとまずい!」
ベルの声が明らかに動揺していた。
「我、汝と血を分けし血族なり。我、汝の力を欲するものなり。その身は悠久の彼方にあれど、汝、我が手を取りたまえ。汝、我が声に耳を傾けたまえ」
ロルが呪文を詠唱するにつれて、結界から軋むような音が聞こえ始める。
「よせっ!」
思わず俺は叫んでいた。
「汝、我がもとに来たりて、その力を示したまえ!」
パリーン!
ガラスが割れるような音がして、跡形もなく結界が砕け散った。
茫然自失となっている俺のもとにロルが近づいてくる。俺を完全に見下した表情で。
そして、剣が届く距離にまで近寄ると。
ロルは剣先を俺の頬に軽く当てる。
一筋の血が頬を横切って流れる。
「降参しな、兄さん。兄さんにしては本当によく頑張ったよ。褒めてあげる。すげえ退屈しのぎになったもん。ははは」
そして、耳もとで囁く。
「まあ、これに懲りて身の程をわきまえな、クズ兄貴」
こうして、俺はなす術なくロルに敗れた。
「大丈夫か、グラン?」
闘技場を出たところで膝を折って座り、意気消沈している俺。その隣に座っている少女姿のベルが慰めてくれていた。
「ダメだ、俺は……。最強の盾を手に入れたってのにそれでもあいつに勝てなかった」
体が自分のものではないかのように重い。
それだけ俺が気力を失っている、ということらしい。
「済まない、私の力不足だ。力さえ封印されていなければあんなやつ」
ベルは申し訳なさそうにしている。
「いや、俺が弱すぎるんだ。盾に、お前に頼ってるだけで、何もできなかった。まあ、そうだよな。俺には何もできない。最初から分かっていたことなのに」
自分には大きすぎる力を手に入れて、調子に乗って、そして、現実を思い知った。
「そう言えば、壊された盾の結界はどうなっんだ?」
「回復するにはしばらく時間がかかりそうだ」
「そうか」
「それよりお前は自分のことを心配しろ。お前にとっては心の傷になったはずだ」
「俺は、俺は……!」
男としては情けないが涙が溢れてくる。
「今は泣きたいだけ泣け」
ベルの優しさが身に染みた。
こいつは本当に邪神らしくないやつだ。
しばらく頬を濡らした後。
「俺は、やっぱりあいつに勝ちたい! あいつにやり返したい! あいつに馬鹿にされたままじゃダメだ!」
俺は感情を吐露した。
ベルは納得したように相づちを打つ。
「お前が望むなら、協力してやる。だが、今のままでは勝てそうにないな」
「ああ、なんとしても勝つための方法を見つけなくてはいけない。仮に盾の結界を破られてなかったとしても、今のところ、俺には攻撃手段がない。攻撃を反射するだけでは無理があると思うんだ」
「その通りだと思う。お前が勝つためには有効な攻撃手段を考えなくてはいけないな」
いつまでも気落ちしていても仕方ないと立ち上がった瞬間。
俺は胸のあたりに衝撃を受けた。目に見えない何かが飛んできて体にぶつかったようだった。
「グラン!?」
気がつけば俺は地面に仰向けに倒れていた。
先ほど衝撃を受けた場所を触ると激痛とぬめり気のある感触を同時に感じた。
手のひらを見ると赤く染まっているのが分かる。
そして、目の焦点が合わなくなり気が遠くなっていく。