第2話
「ちょっと待て」
「なんだ、グラン?」
「魔王を倒して、俺はどうなるんだ?」
「晴れて魔王を倒せば、お前は英雄ではないか」
「いや、そんなことにはならない。お前が自由になったら、俺は最強の盾を失うということだろう? そしたら、またただの村人に戻るだけだ。また惨めで刺激のない生活が待っているだけなんだ」
「グラン!?」
俺は踵を返した。
「魔王討伐はやめだ。いや、魔王が討伐されたら俺は困る。むしろ、俺のするべきことは魔王を守ることだ」
「グラン、正気かお前!?」
「正気だ。今から俺は魔王を討伐しようとする全ての冒険者の敵だ」
「な、なに!? 私はそんなことには協力しないぞ!」
「なら、お前をその辺に捨てるまでだ」
「……そんなこと言うな」
急にしおらしくなる邪神様。
「私が1000年もの間、どれだけ孤独だったと思っているんだ? だから捨てるとか言うな」
本当に寂しそうだ。
なんか悪いことをした気分になってきた。
「捨てないから安心しろ」
「本当か?」
真剣なまなざしでじっと俺を見つめてくる。
よほど、一人でいるのが嫌なようだ。
「本当だ」
それを聞いて彼女はほっとした笑顔を見せる。
「なら、不本意だが魔王を倒すのは多少先送りになってもよい」
この邪神様は魔王に封印されて不自由だったことより、孤独だったことのほうが堪えているようだった。
「じゃあ、よろしくな、ベル」
「うむ、よろしくな、グラン」
俺はグリフォンで魔王城をあとにすると、すぐに神殿に向かった。
神殿では転職ができる。
条件を満たせばここで勇者や賢者などにも転職できるということ。
魔王にとって勇者や賢者などの上級職の冒険者はこの上なく脅威となる。
だから、真っ先に潰さなくてはならない。
その上で現存する強い職業のものたちを一人残らず倒す。
そうすれば、魔王が倒されることはないだろう。
神殿には多くの冒険者が集まっていた。
みな強そうな連中ばかりだ。
以前の俺ならそんな連中に恐れと羨望の気持ちを抱いていたことだろう。
だが、今の俺には関係ない。もはや、誰が相手だろうと怖くない。
俺は神殿の奥の神官のところに直行する。
多くの冒険者が長蛇の列を為して並んでいる。
俺が神官のところに近寄ろうとすると。
戦士とおぼしき若い男とぶつかった。
「なにしやがる、村人のくせに!」
村人のくせに……だと。
こいつは言ってはならないことを言ってしまった。
俺は睨みつける。
「なんだ、やるのか?」
俺を見下した様子の戦士。
盾を手に入れる前の俺なら怯えて何も言い返せなかっただろう。
だが、今の俺は魔王城にまで侵入し、生きて帰ってきたのだ。
そのことが俺を自信づかせる。
「ああ、やろうぜ」
俺はにこりと笑った。
すると、戦士の後ろから女僧侶が出てくる。
「なに、このださい村人」
「こいつ俺にぶつかってきやがったんだ。その上、おれとやろうってさ。笑えるよな」
「え、まじ!? 無謀すぎじゃん、村人のくせに!」
戦士と僧侶のうっとうしい笑い声。
外に出た俺たち。
「かかってこいよ、村人!」
戦士はロングソードを抜いた。
「やれ! やっちゃえ!」
応援する僧侶。
「お前こそかかってこい、戦士のくせに挑んでくる勇気もないのか?」
俺は剣も抜かず挑発する。
「なんだと! なめんなよ!」
バカみたいに突っ込んでくる戦士。
まんまとロングソードを盾に振り下ろしてくる。
「ぐわあ! いってえ!」
ロングソードの攻撃は反射され、戦士は傷を負って倒れる。
「どうなってんだ!? こいつ、剣も抜いてないのにいつの間に斬りやがった!?」
傷の場所を押さえながらなんとか立ち上がった戦士は再度突っ込んでくる。
俺はそんなバカを心底笑う。
戦士が何度も俺に斬りかかるが全て結界によって防がれる。
「くそっ! どうなってやがる!?」
そして、最後の斬撃を盾で受け止める。
「うわあ! まただ、また斬られた!」
「大丈夫!?」
女僧侶が戦士のもとに駆け寄ってきた。
傷の手当てを始める。
俺はそんな二人を笑う。
「それで終わりかよ、戦士のくせに」
悔しそうな戦士と僧侶の顔を見て、俺はようやく満足した。
こんなやつの相手をしに来たわけじゃない。
俺は再び神殿の奥の神官のいるところに向かう。
「どけどけどけ!」
俺はそう言って冒険者どもの順番を抜き去る。
「おい、順番を守れよ!」
何人もの冒険者が俺の肩に触れようとしたが、盾の結界がそれを弾く。
そして、神官の前に立つ。
こいつは俺に以前、村人以外には適性がないとかのたまったおっさんだ。
「なんだね、君は!? 順番を守りたまえ!」
偉そうに言ってくる神官に言い放つ。
「今すぐ、冒険者に職業を与えるのをやめろ!」
「君は何を言い出すのかね!? これは私が神に与えられた使命だ! そんなことができるわけないだろう!? 君はなんなんだね!?」
近くにいた護衛の兵士が俺に近づいてくるが、俺の腕を取ろうとしたところ、盾の結界に触れて吹っ飛ぶ。
周囲の冒険者も俺を取り押さえようとして弾き返される。
俺は敢えて挑発的な発言をすることにした。
「俺は魔王の部下だ」
「何!?」
すると、背後から冒険者たちが襲いかかってくる。
だが、やはり盾の結界の前になす術がない。
「魔王の部下……だと? 魔族や魔物はここに入れるはずがないが。冒険者の転職をできなくさせようというのが目的か!?」
「そうだ」
「ならば、黙っているわけにはいかない!」
神官は魔法を唱え始める。
「シャインスピア!」
だが、俺は盾でそれを反射させる。
「うわあ!」
神官は自分で放ったシャインスピアを受けて、後方に飛んでいった。
「こいつ!」
次々に護衛の兵士や冒険者が襲いかかってくるが、問題にならない。
俺は神官のもとに行くと剣を突きつける。
俺としては正直神官の命を取るつもりはない。職業を授けることさえやめさせればいいのだ。
「先ほども言ったが職業を授けるのは、私が神から与えられた使命。私は命を取られてもやめるつもりはない」
では、どうするか。
「ベル、訊きたいことがある」
「なんだ?」
「この男を魔物みたいに吸収できるか?」
「できなくはないが」
「じゃあ、吸収だ」
盾が光り、神官を吸収した。
すると、冒険者たちがさらに詰め寄ってくる。
「お前、神官様をどうした!?」
「お前をここで逃がすわけにはいかない!」
完全に囲まれているが、俺は結界で守られていることをいいことに冒険者の群れに体当たりする。
冒険者たちを弾き飛ばしながら、俺は神殿の出口に向かう。
そこへ。
出口のほうから白銀、いや白金の鎧に身を包んだ男が現れる。
短い銀髪に青い瞳に整った顔立ち。
年の頃は17、8歳と言ったところだ。
明らかにこれまでの冒険者たちと違う。
「そこをどいてもらおうか!」
俺が突撃をかけるが、その男は後方に跳び、俺の前に立ち塞がり続ける。
「お前は何者だ?」
俺が問うと奴は答える。
「僕はアリアス。これでも勇者をしています」
いきなり本命の勇者様の登場か。ちょうどいい。
俺は内心ほくそ笑んだ。