71 風魔衆
「あの娘の様子はどうだ?」
「ゆっくり療養してもらったから問題ないわ。今じゃ元気がありあまってるくらいよ」
風間彩綾香は風魔衆頭領である父の質問に答えた。これに最近ダナコの遊びに付き合わされていたラカンが情報を付け足す。
「元気がありすぎるのも問題。相手する身にもなってほしい」
「なにを呑気なことを言っておる。あの娘という存在は、今や我ら風魔衆にとって最重要人物となっておるのだぞ」
ラカンの個人的な感想にかみつく分家筋の人物。
「だったらアイツのお守は俺が代わってやろうか。修繕や掃除なんかよりそっちのほうが楽そうだ」
「それは駄目。ジゴロが来たらダナコは逃げ出す」
「おいおい、あの悪魔を倒したってやつが何を逃げ出す必要があんだよ……って誰がジゴロだ、コラァ!」
ラカンは自分に取って代わろうとしたジゴロあんちゃんこと吾次郎をつっぱねる。それは以前にあったイザコザも考えてのことだろう。ラカンもダナコのことを一応友人として認識しているようである。
「ともかく美柑は吉田さんのそばを離れないように。彼女を狙う可能性がある勢力はいくらでもいるんだから」
ラカンは姉の言葉にしっかりと頷く。
現在、風魔衆は恩人であるダナコを護るという意見で一致していた。つまり敵対的だった分家筋との確執はすでに解決していたのである。
しかしそれでダナコの立場が安全になったかといえばそうではなかった。ダナコ自身は知らないことであるが、彼女の立ち位置はかなり危うい状況となっていたのだ。
「争いを回避するために結んでいた約定が、まさか裏目に出てしまうとはのう……」
分家筋のひとりがそんなことを口にする。
現代にまで残っている忍びの血筋は風魔衆だけではない。文明が発達するなか、その存在価値は科学技術に取って代わられてきたが、忍びの術は失われることなく各々の一族に受け継がれていた。
忍びがもつ技術の危険性を当人たちが理解していたのは当然である。忍びたちは争いがおこらぬようにとひとつの約定を結んだ。
それは互いの里を監視することを黙認するという約定だった。もしどこかが怪しい動き
をみせれば、他の一族が手を組んでそれを防ごうというのである。
しかしその約定のおかげで、今回の悪魔の事件は間違いなく他の一族にも知られてしまった。
「あれほどの悪魔の存在が忘れ去られていたとは、うかつだった」
頭領が懐から一つの古い巻物を取り出した。それは風魔に残されていたあの悪魔のことを記した古文書だった。
「あの悪魔の言っていたことは事実だった。この国の術者たちがヤツを倒そうと一丸となっていたのだ。その争いには他の忍びたちも参加していただろう。ならば各々がその記録も残してあるとみてよい」
「今回のことで間違いなく調べるわね。あの悪魔のことを」
彩綾香はその先を予想して顔を曇らせる。
「あの悪魔を倒した風魔衆を危険視するってか? いいじゃねえか。風魔衆の名が上がってよう」
「バカもん! あの戦いを見られたのだぞ。我らの力、そして手の内を見られすぎじゃ。それがどれだけ不利になるか、わからんわけではなかろう」
吾次郎が分家の年配から小言をうける。
「あの悪魔を前にして、最後まで立ち向かった吉田さんはもっとも注目されるはず。もしも戦端が開かれるとしたら、間違いなく彼女は狙われるわ。それにエドモンドが倒されたことを、そろそろ魔術師側も気づくはず」
「ハッ、イベント目白押しでうらやましいねえ」
彩綾香に睨まれることにもかまわず、吾次郎は笑みを浮かべていた。