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「あん? なんだお前。まだやろうってのか?」
なによ、そのヤンキーが使ってそうなコテコテの台詞は。
再び構えをとると今度は自分から打って出る。とはいえ男との間にはかなりの距離があった。私は男に向かって思いっきって駆け出す。
「おせえんだよ」
私が男に接近するより前に、逆にあっという間に間合いを詰められた。もはや先ほどまでの警戒感などどこにもない。これまでの動きから男の中では私がザコだということが確定しているみたいね。
でもだからこそ、そこが狙い目なのよ。まさか私がこの状況を想定していたとは予想できまい。
間合いを詰められるとほぼ同時に私は掌底を突き出していたのよ。ほとんど運だよりだったけどこれはジャストミートね! 私を怒らせたことを後悔しなさい!
――が、簡単にかわされた。
「もうお前に用はねえ。寝てろ」
なんと! あれをよけれるの!? うまくいったと思ったのに!
なんて悔しがるまもなく男の拳が迫ってくる。
迫ってくる?
おいおい、しかもグーパンとか無情にもほどがあるわよ。
私はその攻撃をギリギリのところでかわしてみせる。そのとき私にははっきりと見えていた。男の表情に僅かな変化があったのを。
あれはあきらかに動揺していたわね。まあ当然かしら。素人にちょっと毛がはえた程度の小娘が、電光石火の一撃をよけてみせたんだから。
でもね……。
私のほうがもっと動揺しているのよ! どうだ、まいったか!
そう、さっきからどうもおかしいわ。まるで見えなかった男の動きが今は追えているの。慣れたとかそんなんじゃないわ。そもそも慣れればどうこうできるレベルのスピードじゃなかったし。
それにやたらとまわりが見えている。男の表情の変化を見逃さなかったのもそう。なんなのかしら。
「けっ、素人のふりをしてたのかよ」
いいえ、まだまだ素人そのものです。
どうせそんな言い訳したところで、この男は止まらないだろうから無駄な言い訳などやめておく。
というより男の攻撃をよけるのに手一杯でそれどころじゃなかった。
ん? よけきれてる? これもおかしいわ。あの見えないほど速い攻撃を私がよけれるはずがないのよ。悔しいけどそんなに速く動けるほど鍛えてはいない。
ほんとうになんなの? いったいなにがおきているの?
まるでだんだんと男の動きが遅くなってきているような。同時に私の身体が軽くなっていくような感じもする。
まあ、理由なんてこの際どうでもいいか。せっかくのチャンスなんだし、この頭にくる男の横っ面に、私の幻の左をくれてあげるわよ!
そして我が人生最速の左ストレートが解き放たれた。
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