33
「古き肉体を捨て新しい肉体を得るのは、それはすばらしい体験だったよ。なによりすばらしいのは魂だけとなった私が感じた眩いばかりの光。その温かく巨大な存在に私は確信した。これこそがこの世界を世界たらしめる根源――神が創りし世界の理であるとね」
うぉおおお! こえぇえええ!
もうやるか? ここでイチかバチか幻の左いっちゃう?
いや、もう少し自分語りに熱をいれて、私から意識をそらしたときが勝負かな。
「寿命を延ばすための肉体の交換だったが、もはや私にはそんなことどうでもよくなった。私は何度も肉体を捨て世界の真理に触れ続けた。それはまさに神の法、神の叡智だった。おかげで私だけの秘術を完成させることができたよ。今、君たちを縛り付けているのはその力さ」
なかなか私から注意をそらさないな。意外と用心深いわね。
「さて、説明はこれくらいで十分だろう。これで君たちがどう足掻こうが無駄だということがわかったかね。そしてこれから行われることがいかに素晴らしいことかを――。さあ、立ちたまえ」
しまったぁあああ! チャンスを逃した。
うぁ! なんだ? 身体が勝手に……。
クッ、神経干渉って反則すぎでしょ!
ん? おい待て。なぜ私だけを立たせた。やっぱり私なのか? 私が最初なのか!?
ちょっ、待てよ。
なんで私が最初なのよ。イチゴショートはイチゴを最後に残すのが王道でしょう? ここは美少女の私を最後に残すのがお約束ってものなのよ!
「そういえば君には散々コケにされたね。力も持たぬ小娘に多少とはいえしてやられたのには私も少々傷ついたよ。だがこれで少しは気分が晴れるというものだ」
小っちゃ! アンタ小さすぎ!
神の叡智に触れたとか言ってたわりに考えが小さいのよ! もっとでっかいことやりなさい!
というわけでただの小娘さんを見逃してあげてください。
「何も怖がることはない。今から君の自我を消失させてあげよう。私の魂が入り込むのに少々邪魔だからね。以前は薬物や魔術やらで準備を整えるのに手間がかかったが、この秘術を手にしてからはずいぶんと楽になったよ。さあ、私を迎え入れる準備をしたまえ」
「吉田さん! 気持ちをしっかりもって! 意識を手放しちゃだめよ!」
会長、そんなこと言ってないで助けておくんなまし。
ああ、これで私の人生バッドエンドで終了なのか……。
意識がだんだん遠くなって……、遠く……。
あれ? まただわ。たしかにボーっとする気がするけれど、全然たいしたことない。さっきの重力なんかよりさらに効果が薄いわ。なんでなのかしら?
アイツは神経系を操る力を持つ。私はそこに無意識に抵抗できている? それに感覚の種類によって差があるようね。
今回はとくに効きが悪いわ。自我の消失……。意識の喪失……。催眠……。睡眠……。
ん? ひょっとしてさっき飲んだプレワークアウトのせいじゃないかな。
あれにはトレーニーが力を最大限に発揮するためのサプリメントが入っている。カフェインをはじめとしてベータアラニンやアグマチン、シトルリン、ナイアシンなどなど。その効果は興奮作用や血管拡張、覚醒作用と様々である。たしか神経に作用するなんてものもあった気がするしこれは当たりか!
フフフフ、これまでの鍛錬がついに実を結んだわ。
エドモンド、アナタの秘術は確かにすごい。でもアナタは私に敗れるわ。私が学んだ現代栄養学がアナタの秘術を凌駕したのよ!
というわけでこのチャンスを逃すものか。とりあえず首をカクンと力抜いて無表情な感じでいこう。そうしましょう。カクーン!
「吉田さん!」
「叫んでも無駄だよ。我が秘術でこの娘は完全にコントロールされている。次に彼女が動き出すのは私の魂が入り込んだあとだ。さあ、本番といこうか」
なんだ? 床から光が漏れ出した。見た感じ魔方陣のようね。
「さて、これで準備は整った。私は神の叡智を授かりにいくとするよ。残りしばらくの間だが、せいぜい別れを惜しむことだ。ハハハハ」
エドモンドが盛大に笑い声をあげていたと思ったら、まるで操り人形の糸が切れてしまったように急に力を失い倒れてしまった。
逝ったか。