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現在、私は一時限目の授業の真っ最中である。科目は国語。
子気味良いチョークの音が教室に鳴り響くなか、私は軽い恐慌状態にあった。
なぜだ! なぜこんなことに!!
今日の私は朝から絶好調だったように思う。エネルギーに満ち溢れ、乙女坂を登る足も実に軽やかだった。
しかし、朝のホームルームが始まり、そこで異常事態に気づいてしまう。
ラカンがいない!?
そう、私の「勝ち組JK道 序章 ~脱ボッチ計画~」の最重要アイテムであるラカンがいなかったのだ。
アイツ! いったい何度、私の期待を裏切れば気が済むのよ!
思えば最初の出会い――私の勝ち組JK道を模倣していたときから嫌な予感はあったけど、ここまで私の生活をかき乱してくるとは!
クッ、仕方がない。とりあえずラカンのことは忘れよう。
今はこの最悪ともいえる状況を、どう打開すべきなのか考えるときだ。
そう、この監獄という名の学校から、今日どうやって脱出するのか。目下の議題はこれよ。
機嫌のよかった今朝からしてみれば、まさに急転直下――絶体絶命の大ピンチ。しかし、桃色の脳細胞を持つと称される私でも、この急展開に解決策を見出すことはできなかった。
結局、昼休みになっても良いプランを思いつかぬまま。私はフラフラと教室を出ていく。
特に目的があったわけではない。ただ、すべてを忘れて気をまぎらわせたかっただけだ。
私は非常階段の手すりに寄りかかり、ボーッと街並みを眺める。
今日は少し風があるわね。なかなか心地よいわ。これで少しはリフレッシュできるってものよ。
目の前に広がっている住宅街に、じわじわと抑えていた欲求が溢れてくる。
ああ、娑婆が恋しい。あんなに近くにあるのに、今は遠く感じる。
私の髪をやさしく撫でてくれている風も、この監獄の空気だと思うとテンションがさがってしまう。
「風が教えてくれる……、絶望の闇がせまってくると」
このまま解決の糸口が見つからないとなると、数時間後にはウサギ小屋へドナドナだってありうる。なんてこったい。
そんな感じに沈んでいると、まるで鈴の音のような美しい声が耳に入ってきた。
「フフフ、貴方とても面白いのね」
私は誘われるようにそちらに目をやった。
その美しい声の持ち主は階段の上で微笑んでいた。腰のあたりまで伸ばされた髪が流れるように風に揺れている。モデルと見間違わんばかりの長い脚に、均整の取れたスタイル。まさに完璧ともいえる美少女だった。
まさか私の美少女力を上回る者がこの学校にいたとは。しかしなぜか悔しさを感じさせない。それほどまでに圧倒的な魅力をもつ女性だった。
「あなたは……」
いったい何者だ。突然話しかけてくるコミュ力。あなどれん。
「あっ、ごめんなさいね。突然話しかけてしまって。私は三年の風間彩綾香。生徒会長をやってるんだけど一年生にはまだ覚えられてないかな」
なるほど。私のような平ボッチの対極に位置するといってもいい生徒会長様のお出ましとは。学校のヒエラルキーでも最強クラスの支配者層か。
やれやれ、運命は私に僅かばかりの休息すら与える気はないらしい。




