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私の名前は吉田花子――通称ダナコ。
ちょっとダサいネーミングな気もするけれど、皆が私のことをダーナの末裔と尊敬の念を抱いている可能性も否定できない。
だから私はこの女神級なアダ名をあまんじて受け入れている。抗議する勇気がないわけではない。
現在の季節は春。
一年生が集う我が教室は入学当初の新鮮な空気も薄れ始め、ゴールデンウィークを間近にひかえて、多少浮ついた雰囲気があるように思える。
高校生というのは「人生のなかで最も輝く」と言っても過言ではないだろう。
その特上のステータスでむかえる最初の大型連休ともなれば、皆が浮かれるのも仕方ない。男子も女子も頭の中は桃色な感じの希望でいっぱいといったところか。
いやいや。これは少し失礼な物言いだったかもしれない。
部活やら勉強やらに燃えている人もたくさんいるだろうし、かく言う私もつい先ごろまでは趣味一筋の人間だったのだから。
しかし趣味に没頭していたとはいえ、私も色恋事に興味がなかったわけではない。
せっかく現代社会でトップクラスのジョブであるJKになったのだから、その力を最大限に利用しようと行動するのは罪ではないだろう。
この大型連休を経ていよいよ私もリア充の仲間入りというわけか……。なかなか感慨深いものがあるな、デュッフッフッフ。
そういうわけで今この瞬間も、窓際後ろから二番目というなかなかのポジションの我が座席にて「誘ってくれてもよくってよオーラ」を発しながら悠々と読書をしているのだが誰も話しかけてくれない。
机に広げられたお気に入りの悪魔事典に写る悪魔王の表情も、心なしか寂しそうだった。
この作戦を決行してからというものの、もともと少なかったクラスメイトととの会話がすっかりなくなってしまった気がしなくもない。解せぬ。
そんなこんなで貴重な自由時間は終わり、午後の授業を無難にこなしてあっという間に下校時間とあいなりましたとさ。
私は本日の会話数ゼロという結果について、熟考しながら一人下校する。
色恋沙汰どころか普通の会話すら失ってしまった状況に、私はある結論へと至った。
「フッ……、どうやら私は賭けに負けてしまったようね」
なんてこったい。
知らず知らずのうちに、勝ち組JKの称号を得るため普通の会話をベットしていたらしい。
そしてその勝負に負けて掛け金を奪われてしまったというのが今回の真相のようだ。
まあいいわ。
もともと孤高を愛する私にとってはたいしたダメージではない。
しょせんは脳内トイレにサラッと流せる程度の事案である。断じて寂しくなんてない。
私立仏宇野高校前にある名物「乙女坂(命名ダナコ)」をゆっくりと下りながら、これからの勝ち組JKあらためボッチJK生活をどうするか考え続けていた。
うちの家族は父と母と私の三人家族。そして我らが城はとある閑静な住宅地のなかにあった。
申し訳なさそうに建っているこじんまりとした戸建てではあるが、隠れ家としては申し分ないだろう。隠れ家ではないけど。
ちょっと年季は入っているが、三人ならば十分すぎるほどの広さでなかなかの快適さである。
しかもちょうど両親は旅行に出かけており、現在の快適さはマシマシだったりする。一人娘の女子高生をほったらかしにして、旅行に出かけるというのはどうなのかと疑問に思わなくもないが……。
まさか愛娘たるこの私に魅力なんて皆無だからと、安心してラブラブ旅行を楽しんでいるんじゃないだろうな、父よ母よ。私が石油王や銀行王の毒牙にかかってしまってから泣いても遅いんだからね!
まあいいか。
おかげで私もこうして自堕落な生活を楽しめているわけだから、この案件については忘れてあげるとしよう。
それに私が完璧すぎる人間なせいで、両親が未熟になっている可能性も大だしね。
そんなわけで今日も私はベッドの上で優雅に漫画やラノベを楽しんでいる。
部屋の中央にはいまだ大量の未読本が積まれていた。
これらはしばらくの間の生活費として頂いた資金が化けた戦利品なわけだが、これを眺めるだけで思わず笑みが浮かんでしまう。
まだまだこの上流階級の生活が楽しめそうだわ、デュフフ。
こうしてしばらくの間、現代文学を楽しんだあと栄養補給タイムがやってくる。
まずはお米を研いでごはんの用意。
わざわざ残り少ない軍資金を使うまでもなく米はすでにあるので問題ない。ただで食う飯はうまいとはまさに至言ね。
そしてお茶を沸かしつつ、スーパーでまとめ買いしていたナーガ谷園のお茶漬けをスタンバイ! 実にお安いオカズである。
しかしこのままでは栄養が偏るのは否めない。そこで私は必勝の策にでた。
最もコストがかかるタンパク質を安くて簡単にとる方法――プロテインパウダーの出番である。我がことながら恐ろしき智謀よ。
しばらくののち私は完成した至高のお茶漬けを楽しみ、マルチビタミンのサプリメントを口に放り込むとプロテイン(プレーン)で流し込んだ。ん~、不味い。
こうして完璧な栄養バランスを誇る食事を済ませた私は、二階の我が部屋へと向かう。プロテイン系女子高生の時代が到来する予感に胸を躍らせながら――。
食後、小休止したあと。まことに遺憾ながら高校生らしく宿題に励んだ。
いまだボッチの呪いが解呪できていない私はコマンド「宿題を写させてもらう」が使えないため致し方ない。
頭が沸騰したところでトレーニング。いついかなるときに異世界転移してもいいように日課の体力向上である。
「アブローラーよ……。我が腹部に宿りし悪魔を鎮めたまえ!」
軽く脂肪という名の悪魔と戦闘をこなしたあとお風呂に浸水。
このサービスシーンを想像して、今日もたくさんのクラスメイトたちが賢者への悟りを開いているのだろうな。
やれやれ、ヒロインとは罪深きものよ。
お風呂上り。しばらくの休憩をはさんだ後、宿題という名の残敵掃討を完了する。これで安心してネットの海へと飛び込めるってもんだわ。
私は今日も広大なネットの海を探索し、ネタ集めに励んだ。
それから同志である漆黒の稲妻カールハインツ氏に連絡をとり熱く語り合う。
カールハインツ氏は私の価値観を変えてくれた師匠とも言うべき恩人である。
世界を我が物にせんと企む秘密結社エロミナティ。性遺物を隠し持ちながら姿をくらませたニップル騎士団。
この世界は知らないうちに危機に瀕しているのだ。私たち覚醒者がこの破滅への流れを止めなくては!
そうこうしているうちに眠くなったのでカールハインツ氏とは再会を約束して就寝。
潜在能力を引き出すとされる音楽を聴きながら眠りについた。
こうして日常のとある一日は幕を閉じる。
活動報告を更新しました。興味のある方は覗いてやってください。