第伍話 蜘蛛の糸
本日二話目の投稿です。
もし前話が未読の場合、ご注意ください。
「ん~~、やっぱり現世からくるガラクタは一味違うっすねぇ」
「よくあんな硬いもの食べられるな……」
「というか、おいしいの? あれ」
澪は八本の脚と二本の腕を器用に扱い、ガラクタの山を食べ進める。
傍から見ているとまるでおしゃれなカフェのパンケーキに舌鼓を打っている少女のようでもあるが、実際食べているのは壊れたテレビや冷蔵庫である。
バリボリ、バキボキと金属のひしゃげる音を響かせながら、澪は目を細めて幸せをかみしめている。
うず高く積まれたガラクタの山が、見る見るうちに嵩を減らしていく光景は、いっそ壮観でもある。
「あるじ様~! お待たせしました!」
二人が澪を眺めていると、荒原の方面からこのはがやってきた。
野に落ちている漂流物を集めて持ってきたのだ。
「お、このは。お客さん来てるぞ……って」
「ほえ? どうかしましたか?」
振り向きざまに放たれた助六の言葉は、尻すぼみになって消えていく。
戦慄く助六と絶句する鈴を、巨大な影がすっぽりと包む。
黄金色の尻尾を振るこのはの背後には、巨大な球状を形作ってふよふよと宙を浮くガラクタの山があった。
これがこのはの繰る妖術であるらしい。
たしかにこれなら効率もいいだろうな、と助六はこのはの実力に思わず身震いした。
「いや。このははすごいな」
「ほええ!? あ、ありがとうございますっ!」
何気なく漏れた助六の言葉に、このはは瞳を輝かせる。
尻尾をぶんぶんと振り回し、耳もぴょこぴょこと忙しなく動き回っている。
「ちょちょ、このはちゃん!?」
集中力が乱れた為かガラクタの球が崩れかけ、鈴が慌てて正気に戻した。
見上げるほどの巨大な山が崩れてしまっては、周囲にいる自分たちは無事ではすまない。
バランスを取り戻し、ゆっくりと地面に着地していくガラクタの山を見て、ほうっと鈴はため息をついた。
「やっほ、このはちゃん。お邪魔してるっすよー」
「あ、やっぱり澪ちゃんだったんですね」
いつの間にかガラクタの山を食べ終えた澪が三人に歩み寄り、このはに向かって手を振った。
このはは土地神らしく、黄金ヶ原にやってきた澪の存在は認知していたようだった。
澪に向かって手を振り返す。
「とりあえず鋼糸だけでよかったっすよね?」
「はい。お願いします」
そんな会話を交わした後、澪は両の手のひらをあわせ、むっと唸る。
次第に青白い光が彼女の腕に纏われ、ぐるぐると渦を巻く。
「助ちゃん、あれも妖術なのかな」
「だろうなぁ」
およそ現実離れした光景に、助六たちもそろそろ慣れてきた。
次第に勢いを増す光の渦を眺めながら、二人は歓声の声をあげる。
さながら、仲睦まじく観劇にやってきた老年夫婦のような息の合い様である。
「ほいっ」
軽い掛け声とともに、澪が勢いよく手を離す。
光の渦だけがその場に残り、次第に固体化していく。
「おお~」
「えへへ。どもども」
二人はまるで手品でも見ている気分で拍手した。
それに気がついた澪が、恥ずかしそうにちろりと舌を出す。
青い光は急速に凝固し、銀色の細い糸束となる。
やがてそれは、重力に従いすとんと地面に落ちた。
「ほい、一丁あがりっす!」
「ありがとうございますっ」
澪が落ちたそれを拾い、このはに手渡す。
このははぶんぶんと尻尾を振って喜びを表現していた。
「これが女郎蜘蛛の紡績術か」
「そうっす。体に取り込んだものから成分を抽出して、糸として紡ぎ出すっす」
助六はこのはから出来立ての鋼糸を貸してもらい、表面を撫でる。
「おお……これは、なかなか……」
助六は溜息を洩らし、糸束をもにゅもにゅと握りしめる。
「な、なんか恥ずかしいっすねぇ」
自分が紡いだ糸をまじまじと見つめられて、澪は頬を染めて身をくねらせた。
「私も触りたいっ」
鈴も鋼糸に手を伸ばし、その感触に驚いた。
ひんやりと冷たく、針金のような硬さと絹糸のような柔軟性を持っている。
なかなか癖になる感触である。
「澪ちゃんの家は呉服屋さんなんです。いろんな材質の糸を使ったいろんな種類の着物を売ってるんですよ」
「私はまだ見習いっす。だからここでいらない漂流物を使わせてもらって、術の練習をしてるんっす」
「へえ、こんなに綺麗な糸なのにまだ見習いなんだね」
「っす。おか、母ならもっと細くて柔らかくて強靱で、もっと艶のある綺麗な糸作るっす」
自分は将来、母を抜いて隔世一の呉服屋になるんっす! と澪は瞳の奥に炎をたぎらせる。
このはの説明によると、澪の母親は隔世の中でも指折りの織女で、わざわざ都から出向いて服を誂えてもらう者もいるほどだった。
「でも……」
澪は一転して、肩をおとす。
「最近、母は妹たちの世話で忙しくて、仕事が思うようにできてないんっす。私も手伝ってるんすが、何せ人数が多くて……。それに、もう剣玉とか鞠は飽きちゃったみたいで、ずっと母にまとわりついてるんす」
澪はぎゅっと拳を握り、やるせない気持ちを押し込んでいた。
「女郎蜘蛛は多産ですからね。今は何人いるんですか?」
「二十人っす」
「にっ!?」
予想以上の大所帯に、助六と鈴は目を丸くする。
子供など一人でも目を離せない自由奔放な生き物だ。
それが二十人もいるならば仕事などできるわけがない。
「あ、そろそろ帰らないとっすね。じゃ、ありがとうございましたっす!」
「え、あ。はい! こちらこそありがとうございました」
傾いた太陽を見た澪は、慌てた様子で来た道を戻る。
このはたちも彼女を見送り、背中も見えなくなったあたりでほっと息を吐いた。
「どうにかしてあげたいですねぇ」
尻尾を力なく垂らし、このはがこぼす。
その言葉に、助六と鈴も頷いた。
「黄金ヶ原で一時的に預かるとかどうだろ?」
鈴がこのはに訪ねる。
このはは難しい顔になって、首を横に振った。
「小さい妹さんたちに、漂流物がたくさん転がっている黄金ヶ原は危険でしょう」
「う、それもそうね……」
即座に断られ、鈴は難しい顔になる。
すると、おもむろに助六が口を開いた。
「なあ、澪の家は結構大きいのか?」
「ええ、とっても大きいですよ。女郎蜘蛛自体が大きめの妖ですし、有名な呉服屋さんですから」
「なら、このあたりのおもちゃ持って行ってあげたらいいんじゃないか? 剣玉とか鞠に飽きたんだったら、それ以外の武器であたるのが一番だろ」
助六は使えるものの山にあるゴムボールやプラスチックのスコップを持って口元を緩めた。
漂流物の多くは機械類だが、中にはスポーツ用品も少なくない量がある。
まだまだ使用に耐えうる状態の物も多い。
それらを使えば子供たちも勝手に遊んで負担が減るのではないか。と助六は考えていた。
助六の言葉にこのはと鈴はぱっと顔を輝かせる。
「それはいい考えですっ! さすがはあるじ様!」
「いや、そんな誉められるようなもんじゃないよ……」
ぐいぐいと詰め寄ってくるこのはの対応に困り、助六は乾いた声をあげた。
「でも、結構いい考えだと思うよ。隔世って昔の日本のまま文化が止まってる感じがするから」
サッカーとか知らないんじゃないかなぁ、と鈴も山の中に埋まっていたサッカーボールを蹴り出してリフティングを始める。
学力はともかく、こと運動神経に関しては鈴は同郷の誰よりもよく、大抵のスポーツならそつなくこなす。
助六も人並みにはできる自負はあったが、今の今まで一度も彼女と勝負した勝ったことがなかった。
「それじゃ、早速持って行くおもちゃを選びましょう!」
そう言って、このはは早速山に駆け寄る。
助六と鈴も顔を見合わせた後、一緒におもちゃの発掘を始めた。
「あれ、でもこのはって黄金ヶ原から離れられないんじゃなかったっけ?」
「はうっ!? そ、そういえばそうでした……」
「このはちゃんって、案外抜けてるのね」
しょんぼりと耳をしおれさせるこのはを、苦笑いで鈴が慰める。
しかし、これではおもちゃを届けようにも澪の家どころか黄金ヶ原の周囲についてもなにも知らない助六たちには荷が重い。
「仕方ないですね……。少し待っててください」
このはは帯に付けた巾着の中身をごそごそとまさぐる。
そうして取り出したのは、紙でできた人型の札だった。
助六たちが頭上に疑問符を浮かべていると、このはは不敵な笑みを浮かべて答える。
「これは人形といって、使精術の触媒となる呪具なのです」
そうして、このはは人差し指と中指で人形をはさみ、呪文を唱える。
はじめはただの紙のようにたわんでいた人形が、言葉を紡ぐごとに張りを持ち始める。
パシッと乾いた音が響き、ついにはこのはの指の間から抜け出す。
「このように、仮初めの命を少しだけ与えることができるんです。ちなみにさっき漂流物を運んできたときは、漂流物自身に命を与えて精霊化させました」
「このはちゃんかっこいいわね!」
ふよふよと周囲を漂う白い紙の人形を見て、鈴が目を輝かせる。
このはは照れたようにうつむいて、紙人形を指先に呼び寄せた。
「澪さんのお宅へ伺って、伝言を伝えてください。澪さんに渡したい物があると」
人形は頷くように頭の部分を折り曲げると、そよ風に乗って天高く舞い上がる。
そうして、瞬く間に森の向こう側へと消えていった。