第肆話 饅頭と女郎蜘蛛
腹ごしらえも終わり、このはの淹れたお茶を楽しんだ後、三人はようやく仕事に取りかかった。
「ひとまず、漂流物を集めるのはわたしがやります。お二人は土蔵の前で待っていただいて、使えるものと使えないものの選別をしていただければと」
「え、集める方がしんどいんじゃないのか?」
「漂流物集めは、妖術を用いますので。おそらく、あるじ様よりも効率的に集められるかと」
「妖術?」
このはの口から飛び出た言葉に、二人は首を傾げる。
「甘太が使ってたような不思議な術か?」
「はい。あれほどまでに高度なものは使えませんが」
助六の言葉に、このはは頷く。
妖術とは、妖怪が扱う術の総称であり、甘太の本業である陣術は細分化された分類の一つである。と、このはは説明した。
「わたしが用いるのは言霊術と使精術です」
「二つも使えるのね!」
「わたしたち妖狐は妖術の扱いに長けている種族なのです。基本的に、尻尾の数が使える術の種類と考えていただければ」
得意げに二つの尻尾を振って、このはが言う。
現世でも狐の七変化、狸の八変化と言うように、妖狐と化け狸は妖の中でも特に妖術に長けた種族だ。
それ故、土地を管理する土地神の多くも彼らが担っていた。
「尻尾の数は長い時を生きて、術の練度を高めていくと増えるのです。一尾から始まり九尾まで、それを越えるほどになると無尾となり、仙狐。最後には空狐となるのです」
そこまで力を持つ妖狐なんて数千年単位でいませんけどね、とこのはははにかんで尻尾を振る。
助六はこのはの年齢が気になったが、すかさず飛んできた鈴の殺気によってそれを尋ねることは阻まれた。
「ともかく、漂流物集めはわたしにお任せください!」
手早く紅色の襷で襷掛けをしたこのはが腰に手を当て胸を張る。
彼女が早速漂流物集めにでかけると、助六たちは彼女に収集を任せることにして土蔵の中へ入っていった。
このはが野原を回る間に、土蔵の中にしまわれている漂流物も見ておこうという魂胆だった。
「うーん、結構薄暗いね」
軍手を助六に手渡しながら、鈴が言う。
「そうだなぁ。次からは懐中電灯とかも持ってくるか」
土蔵には明かり取りの小さな穴が一つ開いているだけで、扉を全開にしても視界は悪かった。
壁の両側に設けられた頑丈な棚には、多種多様なガラクタが無造作に押し込まれている。
壊れたラジオやひび割れた液晶テレビ、石油の入ったポリタンクなども並んでいた。
なかなかの大仕事になりそうだと、助六は腹をくくった。
「とりあえず、機械類は全部壊れてると思っていいだろうな」
「今更だけど、使えるものと使えないものってどうやって分けたらいいんだろ。隔世って電気とかも通ってないだろうから家電製品はだめだよね」
「ゴミは全部、回収業者が持って行ってくれるんだと。ただ量が膨大すぎて処理が追いつかないらしいが」
「まあ、こんなにあったら仕方ないわね。レアメタルとかもたくさんありそうよねぇ。ザ・都市鉱山って感じ」
壊れて使えないもの、壊れてはいないが隔世では使えそうにないもの、隔世でも問題なく使えそうなもの、という三つの分類に大まかに分けながら、助六は蔵の中から漂流物を取り出す。
それらを、明るい外で待機している鈴が再度検品して、分けていく。
いつの間にかそのような分業が成立しているほどに、二人は阿吽の呼吸のコンビネーションを発揮していた。
収蔵されている物品は、いくら助六が運び出しても底が見えなかった。
大抵の物は壊れて使えないものに分類されたが、まれにほとんど新品と言っていいようなものも混じっており、なぜこんなものが漂流してきたのか二人は首を傾げた。
スーパーボールやバット、フリスビーといったおもちゃも比較的多く、それらは使えるものとして一カ所に集める。
「結構いろんな物があるなぁ」
額に汗をにじませつつ、助六が思わず声をあげる。
一つ一つは小さなものでも、何度も往復していると体も疲弊する。
ここ最近の運動不足もたたり、助六はすでに荒い息をしていた。
「大体全部ゴミだけどねー」
壊れた電子レンジをゴミの山に積み上げながら、鈴も答える。
彼女は趣味がランニングと、普段から体を動かしているためか、へこたれている様子はない。
「ちわーっす、このはちゃん!」
二人が小休止していると、蔵の背後に茂る森から声が響く。
聞き慣れない、少女の声だ。
助六と鈴は顔を見合わせると、恐る恐る蔵の陰から顔を出す。
「あれ? 見ない顔っすね。このはちゃんのお知り合いっすか?」
突然現れた見慣れない顔に、声の主も不思議そうな顔をする。
水色をした髪と赤い瞳の、一見すると少年にも見える少女だ。
「く、蜘蛛……!?」
だが、人の姿をしているのは上半身のみ。
下半身、腰から下は巨大な蜘蛛の八本の足になっている。
鈴が思わず息を飲んだ。
「女郎蜘蛛ってやつか?」
「あ、お兄さんは知ってるんすね。私、女郎蜘蛛の澪っていいます」
「俺は助六。今日からここで働いてる、現世から来た相談役だ」
「わ、私は鈴。助ちゃん……助六と一緒に現世からきたの」
異形の姿を見ても動じない助六と、彼の背中に隠れて顔だけ出した鈴に、澪は目を輝かせる。
「このはちゃんから話は聞いてるっす! 正真正銘の人間さんなんすよね!」
「ぴっ!?」
八本の脚を動かし、俊敏に助六に駆け寄ると、澪は助六の手を握りしめた。
何度も何度もこのはから相談役の人間がやってくるという話を聞いていたらしく、自分も楽しみにしていたとしきりに手を振る。
しばらくそうしていた彼女だったが、ここへ来た本来の目的を思い出したようで、唐突に手を離した。
「私、漂流物を回収して再利用する仕事をしてるっす。それで、今日も回収に来たんすけど……」
どうやら、彼女が件のゴミ処理業者らしい。
蔵の前に並べられた三つの山を眺めて、頭上にはてなを浮かべる彼女に、助六は自分たちがしていた作業について説明した。
「使えなさそうな物の山があっちで、使えそうな物の山があれ、真ん中のは隔世だと使えないけど壊れてはないものだ」
「了解っす。それじゃ、とりあえずあの使えなさそうな山を食べますね」
「た、食べる?」
怪訝な顔の鈴に、澪は胸を張る。
「むふん。なにを隠そう私たち女郎蜘蛛は、物を分解して糸に作り替える紡績術が使える唯一の妖なんすよ!」
「紡績術……。それも妖術の一種かな」
「そっす!」
特定の妖にしか使えない術もあるんだなー、と助六が関心していると、早速澪はゴミの山に近づいていった。
そうして彼女は大きく口をあけると、無造作につかんだ電子レンジにかぶりついた。
「ちょ、ほんとに食べるの!?」
もぐもぐとおいしそうに咀嚼する女郎蜘蛛の少女に、鈴は第一印象とは別の意味で驚いた。
硬い鉄でできているはずの電子レンジを、まるでケーキか何かのように軽くかみ砕いている。
「ん~~~~!! おいしいっす!」
戦慄する二人をよそに、青髪の少女は止まることなく、ガラクタの山を食べ進めていった。