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第弐話 隔世の扉と金毛の乙女

今日最後の投稿です。

以後は基本的に一日一話の投稿となります。

「ふぅん。それで、俺をその若い土地神とやらの相談役に……」

「そういうことだな。まあ仕事内容的には相談役とは名ばかりのゴミ拾いといったところだが」


 カウンターに背を預け、腕組して頷く助六に、甘太はぽこぽこと尻尾の先で床を叩きながら答えた。

 懇切丁寧に多くの時間を費やした甘太の説明は、素っ頓狂なものではあったが一応の筋は通っており、助六としては納得せざるを得なかった。

 だがしかし、彼の中にはまだ、一つの疑問が残っていた。


「けどさ、なんで俺がその相談役に選ばれたわけ?」


 素朴な疑問に、甘太は間を置かず答える。


「お主は現世の世情、特に都についての経験を一通り積んでおる。そのうえこのように未だ里の色の残る土地との親和性も高い。ただまあ、決定打となったのは、助六殿はさほど責任のある要職についているわけでもなく、比較的生活に余裕があると見たひゃらだぁぁあ!!」

「悪かったな、出戻りフリーターで」


 あけすけと言い放つ狸の頬を摘まむと、枯れた老齢の男の悲鳴が店内に響き渡る。

 じっくり数十秒かけた後にぱっと手を放し、助六はじろりと甘太に視線を向ける。


「それで、俺が相談役になったら、何か報酬があったりするのか?」

「ふむ、早速給与面の話にいきおったか……」


 がめつい奴だと零しつつ、甘太は袴の袂から一枚の半紙を取り出した。


「これが契約書だ。目を通してみよ」


 差し出されたそれを受け取り、助六は達筆な字を追ってゆく。

 しばしの沈黙が流れ、次第に彼の目が大きく見開かれた。


「報酬は現世に流れ着いた物品の中からご自由に? その漂着物ってのは全部ガラクタなんだろう? そんなのもらったところで……」


 胡乱な視線を向ける助六に、甘太はあくまで毅然とした態度で答える。


「ところがな、そうでもないぞ。隔世に流れ着く物品は、現世で忘れ去られたもの……。端的に言えば、捨て物や失せ物の類だ。中には隔世で流通しておる硬貨も珍しくない」

「そ、そんなものが!」

「本来ならばそれらは全て正式な現世の持ち主に返すのだが、隔世に流れ着いてしまったものは仕方がないのだ。現世にあるものは現世のもの、隔世にあるものは隔世のもの。これが二つの世界の神の間で定められた掟なのだ」


 甘太の言葉を聞いて、助六が目の色を変える。

 日本全国津々浦々の自動販売機の底などで眠っている百円玉その他。

 それらすべてを這いつくばって集めるのは無謀なうえ、世間体にもかかわる。

 しかし、隔世ならば。

 探さなくても流れ着くそれら硬貨の山を、神様同士の契約によって助六の所有物だと正式に認められるのだ。

 正々堂々胸を張って、楽に生活費が稼げる。

 動機はかなりグレーだが、助六の胸に湧き上がる興奮とときめきは、ちっぽけなプライドをかなぐり捨てた。


「き、勤務時間はどうなんだ?」


 既に振り子のごとく盛大に心が揺れる助六だったが、都会の荒波によって鍛えられた精神力でかろうじてもちこたえる。


「朝は十時から夜は五時まで。時間自体は二つの世界で共通なので気にすることはない。行き来は希望の場所に龍神様が”門”とつながる扉を設けてくださる。土日祝日は休み、報酬自体が特殊であるため、昇給などはない」

「お、おお……」

「ちょちょちょ、ちょっと待って!!」


 震える手で契約書にペンを持っていく助六を止めたのは、いつの間にか目を覚ました鈴の声だった。


「助ちゃんがそんなとこにいっちゃったら、バイトはどうするの!」

「あ、そ、それは……」

「ふむ、しかたがないな……」


 拾ってもらった手前、何も言えなくなる助六を一瞥して、甘太がとてとてと鈴の足元に寄る。


「あ、ちょ。なによ」

「よいから少しこっちへ来い。そしてワシの話を聞け。なに、悪いようにはせん」


 そうして、甘太は困惑する鈴の手を引いてバックヤードに消えた。


「ど、どんな会話をしてるんだ……」


 よほど小さな声で話しているのか、助六の耳には何も聞こえてこない。

 それが逆に、彼の好奇心と不安を刺激した。

 そして、数分後。

 先ほどとは打って変わって晴れやかな表情の鈴が、満面の笑みを浮かべた甘太と共に戻ってきた。


「隔世に瀬川書房二号店を出すことになりました」

「は!? えっ!? 唐突すぎるだろっ!!」

「ちゃんとお父さんにも許可は取りました。建前としては隔世に現世の知識を広めるためです」

「建前って言っちゃってるじゃねーか!」

「とにかく! これは決定事項なの! それで、二号店の店長として私も隔世に行きます」

「えええ!? 鈴も来るのかよ」

「何よ? 行っちゃ悪いのかしら」


 一度自分で決めたことは梃子でも動かさぬ鈴の頑固さは助六もよく知るところである。

 冷静になって考えてみれば特に困ることもないし、見ず知らずの土地に単身乗り込むのも不安だったため、最後には助六も首を縦に振った。

 一連の様子を見ていた甘太も深くうなずくと、ぽこぽこと尻尾で床を叩き注目を集める。


「それでは、早速二人を隔世に送ろう。まずは、扉をどこに作るかだが……」

「普通にこの店のバックヤードとかでいいんじゃないか? あんまり目立つのもあれだろう」

「そうね。基本的にそっちにはお父さんと私と助ちゃんくらいしか入らないもの」

「では、そちらに設けるとしよう」


 手短な相談ののち、三人はバックヤードへと移動する。


「扉ってどの程度の大きさのものなの?」

「特に決まってはおらん。お主らの希望がほとんど叶うと思ってよい。ただ、どこか空いている壁を使わせてもらう必要があるな」

「うーん。それじゃあこの辺で、これくらいの大きさでどう」

「承知した」


 鈴が指定したのは座敷の面した壁だ。

 予備のエプロンが長押に掛けられて並んでいるだけの何もない壁である。

 甘太が袂から灰色のチョークのようなものを取り出し、鈴の指示に従って長方形を描く。

 フリーハンドにしては正確な直線に、助六はほうと声を上げた。


「甘太って図形書くのうまいんだな」

「ワシの本業は陣術師であるからな。この程度造作もない」

「陣術師?」

「意味のある図形や文様を並べ、神力を通すことで様々な術を構築する術を持った者のことだ」

「なんか、すごいファンタジーだな……」


 横文字には馴染みがないのか、ファンタジーという単語に首をかしげながらも、甘太が長方形を描き上げる。

 途中、手が届かず鈴に持ち上げてもらったのはご愛敬だ。


「では、失礼」


 甘太がチョークをしまい、代わりに袂から取り出したのは何やら難解な文字の書きこまれた札だった。


「なんか、火事除けのお守りみたい」

「言われてみればそうだな」


 鈴の率直な例えに、助六も同意した。

 背後でわちゃわちゃと雑談を繰り広げる二人に構うことなく、甘太は札を長方形の真ん中へと張り付けると、ぎゅっと両手を組んだ。


「破ァ!」


 腹の底から響くような声が建物を揺らす。

 衝撃波が壁を貫く。

 不意を突かれた助六達はもろにその大声を受け、キーンと耳の奥に響く音に苦しみうずくまった。


「ふむ。さすが龍神様、仕事が早い」

「いたた……。甘太、事前になんか言ってくれよ……」

「うああ、耳がぁ……!」


 一仕事終え満足気な顔の狸を恨めしそうに見ていた助六だったが、すぐに壁に現われた変化に気が付き驚愕する。


「う、わ」

「どうしたの?」


 遅れて鈴も壁へと視線を移す。

 そこにあったのは、いつもの見慣れた壁ではなかった。

 艶のある漆が塗られた木で縁取られた襖が、まるで元よりそうであったかのように泰然と立っていた。

 上貼りに描かれているのは、優雅に雲の中を泳ぐ龍の姿。

 色鮮やかに、今にも動き出しそうな迫力を持つ天龍の姿に、二人は絶句した。


「これで、現世と隔世はつながった。どれ、試しに開くとよい」


 嬉しそうに尻尾を振る甘太に促され、助六は恐る恐る引手に手をかけた。

 しゃらしゃらと新しい木の擦れる音と共に、(ふすま)が開く。

 その向こうは、隙間風に苛まれていそうな、昔話みたいという言葉がぴったりの暗い日本家屋の中だった。

 太い梁の上には茅葺き屋根の裏側が見え、奥には囲炉裏と土間もあった。

 助六は、想像よりも数段みすぼらしい風景に思わず落胆する。


「ね、あの子……」

「うん?」


 だが、エプロンの裾を引っ張る鈴に促され、部屋の奥に視線を移す。

 そこには、使い込まれ平らになった畳に三つ指を立てて控える、簡素な菖蒲(しょうぶ)柄の着物を纏った黄金色の髪の少女がいた。

 腰元から伸びるふわふわとした三本の尾と、頭頂に乗る三角形の耳が、助六と鈴の目を奪う。

 ゆっくりと、顔が持ち上がる。

 鳶色に輝く瞳、すっきりと通った鼻梁、薄く紅を引いた細い唇。

 まるで絵巻から舞い出てきたような可憐な少女はにっこりと笑みを浮かべる。

 そして、自然な所作ですっと立ち上がると、音もなく歩を進め、


「お待ちしておりました。あるじ様」


 助六にひしと抱き着いた。

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