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序 龍神の疑惑

 こことは異なる世界、隔世(かくりよ)

 人々が住まう現世(うつしよ)とは表裏一体となった、小さな世界。

 そこに住むのは、人々から忘れ去られた古い神々や精霊、妖たち。

 天地創生の時代よりその世を治めるのは、天上に座する龍神だった。


 その日の朝、龍神はいつものように下界を眺めていた。

 龍神の立つ雲上の宮からは、隔世の全貌が手に取るように見える。

 龍神は世界を司る者の責を全うするため、片時も目を離すことなく下界を見つめているのだ。


 隔世には、いくつか要とも呼べる重要な土地があった。

 黄金ヶ原と呼ばれる原野も、その一つ。

 しかし、黄金とは名ばかりの荒れ果てた土地に住むのは、龍神より管理を任された若い土地神ただ一人である。


 土地神は、今日も今日とて額に汗して原野を歩く。

 草木に紛れて捨て置かれているのは、現世より流れ着いた品々である。

 七色に輝く薄い円盤、不思議な弾力のある極彩色の鞠、精緻に形作られた人形、中でも最も多いのは複雑怪奇な構造と不可思議な程に表面のつるつるとした絡繰(からくり)の数々だ。

 それらを土地神は十把一絡げに拾っては、己が住む庵の隣に建てた土蔵の中へと放り込む。


 ここ、黄金ヶ原は猫の額ほどの小さく寂れた土地である。

 そのような土地が、龍神も注視するほどの要地である理由は、ここが隔世でも数少ない現世とつながる“門”であるからだった。

 “門”である土地には、現世の品々が日夜膨大になだれ込んでくる。

 大きな土地であれば多少放っておいたところで支障はなかったが、ここ黄金ヶ原のように小さな土地では、毎日のように片づけなければすぐに周囲の土地に溢れかえってしまう。

 それ故、若い土地神は非力な四肢に鞭打って、尻尾をふりふり片づけに勤しんでいるのだった。


「ふむ……」


 龍神は休むことなく手足を動かす土地神をみて、ふと白い眉を動かす。

 昼夜を問わず黄金ヶ原に流れ着く現世からの漂流物は、龍神の想像を超えていた。

 いくら神とはいえ、その幼い体には過酷すぎる重労働だと龍神は思う。

 なんでも、現世では未来ある若者を馬車馬か奴隷かといった扱いで酷使していると聞く。

 人の定めた則を人は軽く踏みにじり、支配者たる者どもが本来対等であるはずの労働者の背に腰を下ろす。

 何者よりも深い叡智を持つ龍神は、銀の瞳を開くと側に立っていた従者に声をかける。


「これはもしや、噂に聞くぶらっく(・・・・)企業ではなかろうな?」

「失礼ながら、現世の則を鑑みるとなれば、そもそもかようにうら若き神に労働を強いることが逸脱した違法行為となりまする」

「ふぅむ……。良くないな、これは誠、良くない。だが代わりとなるような、素質ある土地神はほかにはおらぬ」

「では、現世より相談役を採るというのはどうでしょう」


 龍神は瞠目する。

 続けよという言外の意思を汲み取り、従者は言葉をつづけた。


「現世の世情に通じた者を、あの土地神につけるのです。慎重に見極めることが重要になりますが、閉塞した隔世に、新たな風を吹き入れることができましょう」

「だが、現世と隔世は本来不干渉を貫かねばなるまい」

「これだけ現世からガラクタが流れ着いているのです、天照様とは交渉の余地がありましょう」


 従者の弁に、龍神は思索を巡らせる。

 遥か太古の時代に断ち切られた二つの世界は、完全に二つとなったわけではない。

 ”門”に現われる大量の品々がその証左だ。


「そもそもの労働の発端は、現世からの漂着物。なれば、その始末にも手は貸してもらわねばなるまいか……」


 龍神はもう一度、遥か下方の原野で汗水を垂らす土地神を見る。


「よし。天照に取り次げ。同時に、お前は相談役として適任な者を選定しておくのじゃ」

「御心のままに」


 そうして龍神の命を受け、従者は即座に行動を始めた。

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