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第一話『あいつは突然やってきた。』

 幽霊――。


 彼女に出会った瞬間、少年はそんな感想しか抱けなかった。誰もいない深夜の地下鉄のホームで白いワンピースを着た黒い髪の少女がゆっくりとこちらに視線を移す。


――何をしているのだろう。


 ふとそんなことを疑問に思う。地下鉄ホームにいるのだから電車を待っているのは間違いないと思う。だが、それにしても少女の姿に違和感を覚えた。肌は白く、髪は長い。別に、ホラー映画に出てくる幽霊のように前髪を隠しているわけでも、生気がない目をしているわけではない。


 ただ、彼女はどこか現実から離れている。そう、少年は思ってしまった。


 少女の傍らには黒いおそらくヴァイオリンが入っているであろうケースと、花瓶に入れられた花束ががちょこんと地面と垂直に立っていた。


 二人っきりの駅のホームで少女はこちらには気にしていないようにイヤホンを耳に当て、オーディオプレイヤーを操作している。


――何を聞いているのだろう。


 疑問に覚えながら、自分もイヤホンを耳にあて、スマートフォンを使って音楽を再生する。


 別にこれと言って話しかけようと思っているわけではない。ただ、少女の事が気になる。可愛い顔立ちをしているとも思うし、見方によっては美人にも見える。


 通り過ぎた人にちょっと興味を持ってしまっただけだと思いながら、少年は時間通りにやってきた地下鉄

に乗り込むと、ホームの方を見る。


 しかし、少女は電車には乗らずその場で立ち尽くしているだけだ。


 駅の構内から最終電車を告げるアナウンスが鳴り響き、合図とともに地下鉄の扉はしまってしまった。


――不思議な娘だな。


 少女の姿に疑問を覚え、少年は走り出した地下鉄の扉に体を預けてゆっくりと目を閉じた。



「おい、ミカゲー。 今日は付き合ってくれるよな?」


「悪い、今日はパス。 ちょっとやりたいことがあって」


 ミカゲと呼ばれた少年は友人である男に声に申し訳なさそうに謝罪する。帰りに一杯やっていこうと言うお酒の席の誘いだったが、あいにくミカゲ自身お酒には強くなくあまりお酒の席が好きではなかった。


「またかよー。 予定開けとくからまたなー」


 もう一度、悪いなと返してミカゲは席を立ちあがった。今日も最寄り駅へと続く道を歩く。


――本当に、これでいいんだろうか。


 毎日繰り返される授業に嫌気がさしてきたころ。ミカゲは友達との関係のためにわざわざ好きでもない酒の席に行っていたが、それも限界を感じ始めていた。


 幽霊の少女を見たあの日、あの日は久しぶりに付き合いで飲みに行った帰りだった。


 また会えるだろうか。


 すれ違った人に興味を持つことなんて今までになかったが、何故か少女にだけはそんな感情を抱いてしまった。


 ICカードを改札にタッチしてホームへ続く階段を下っていく。


 今日はいないようだ。何故だろう。すごく気になる。


 いつもあの時間にいるのだろうか。


 そんなことを思いながらホームへと滑りこんできた地下鉄に乗り込み家に帰宅した。


 家といっても学校から二駅ほどしか離れていない場所にあるワンルームマンションだ。


 今日も帰ってきた。誰もいない家に。少しの寂しさを感じながら電気をつける。


『こんばんは』


 電気をつけた瞬間、いた。そこに、少しだけ宙に浮いている姿を見ればまさしく幽霊。黒い長い髪に白いワンピース。


「――――えっ?」


 驚き玄関のドアに背中をぶつけてしまう。何が起こった。いや、何が起きている。


 目の前の出来事に疑問を覚えてミカゲは後ずさろうと、足を後ろに動かすが玄関の扉が邪魔して動かす事が出来なかった。


『ごめんなさい。 いきなりでは失礼でしたね』


 そう言いながら少女は足を地面につけて普通の人間のようにちょこんとその場に座った。


『少しだけ、お話ししませんか?』


「お……はな……し?」


 恐怖というか驚きに支配され、現状の把握が追い付いていないミカゲをよそに少女は目の前に座るようにジェスチャーをしていた。


『貴方にお願いがあるの……』


 そう言いながら身を乗り出してくる少女にミカゲは驚くように後ろに下がろうとしたが、やはり玄関の扉が邪魔をして後ろには進めなかった。


「嘘……だろ……」

 一度自分の方を思い切り叩いてみるが、それでも目の前の少女は消えていなかった。もしかしたら、何かのトリックを使って部屋に侵入し驚かせるために空中に浮く道具を使っていたのかもしれないと、無理に納得して少女の正面に腰を下ろした。


 そもそもベランダへと続く窓は常に鍵などかけていない。


『あっ、心配しなくても私は幽霊だから』


 そんなことを話す少女にどうしようもなく逃げたくなったが、それでもミカゲは覚悟を決めて少女の話し

に耳を傾けることにした。


「あっ……ああ」


 結局、少女の声に素っ頓狂な声を上げて答えること以外できない。


『それで……話なんだけど……貴方の体、貸してくれないかしら?』


 晴々とした太陽のような笑顔。まるで、今から夕食でもご一緒にどう?とでも言わんばかりだ。


「はっ?」


 意味がわからない。なんで知りもしない幽霊のために体を提供してあげなければいけないのか。そもそも幽霊を知らないが。


『私ね、志半ばで死んでしまったの。 あの日……』


「いや、悪いけど何を言われても体を貸すつもりないから。 悪いけどお引き取り願っていい?」


 どうでもいいと言わんばかりにミカゲは立ち上がって玄関の方へと手を向ける。


『ちょっとくらい話聞いてくれてもいいでしょ!』


「そのちょっとで体を貸せるかって言ってんだよ!」


『いいじゃないケチっ!』


「なんだと!」


 今にも取っ組み合いの喧嘩がスタートしそうな勢いでミカゲも少女も迫っている。当然、ミカゲには体を貸す義理もない。貸したところで何をされるかわかったものではないからだ。


『まあ、いいわ……。その交渉はゆっくりとさせていただくことにするから』


 最初の頃のしおらしさは何処にやら。ワンピースの状態で床に胡坐を書いて近くのガラステーブルに肘を乗せて頭を乗せた。


「で、帰ってくれないんですか?」


 このまま居座る気満々の状態の少女に呆れた目でミカゲは訴えかける。


『帰るところがないもの。このままここへ居させてもらうわ』


「ここから出ていけ!」


『何でよ』


「幽霊と一緒の生活とかどんな罰ゲームだ!」


『いいじゃない、私これでも色々できるわよ。 それにこんな美少女の幽霊と一緒だなんて約得じゃないかしら?』


「いらねぇよ! 頼むからどこへなりともいってくれ!」


『嫌よ。 私、ここが気に入ったもの』


「嫌よじゃねぇよ!」


 結局話は平行線のまま、居座る気の少女にため息をついてミカゲは自身が使用しているベットに腰を下ろす。


「はぁ……もういいよ。 で、とりあえず理由だけは聞いていいか?」


『えっ!? 体貸してくれるの?』


「そうは言ってねぇよ!」


 目を輝かせてこちらに乗り出してくる少女にミカゲはもう一度深いため息をついてから言葉を絞り出した。


「聞いてやるだけだ」

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