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アスの眼

作者: 九日

ずっと、この世界はつまらないと思っていた。

俺は特に趣味もなく、特技もなく、成績も中ほど。

いや、多分下に落ちていっているはず。

成績表も見る気がしないので、確かなことは分からない。

クラスでも、そんな中心的立場じゃなかった。

中心的立場の友人はいるが、その隣に立つのも臆病だった。

比較されるのが怖くて、隣には立たなかった。

そんなキャラじゃないから、臆病になる必要もないが……。


「……つまんね」


最近の口癖だった。


だけど、そのつまらない人生も

捨てたくないって、あの時本当に強く思ったんだ。


高校2年、高野太洋。

2学期が始まったその日の夜。

俺は一度、死を見たんだ。




夏休み終了2日前。


「ありがとーございましたー」


都会や駅から離れて、住宅しかない所が俺の住む世界。

駅から離れているし、昼は人少ないコンビニで

俺は夏休みの間バイトをしていた。

主にレジで。外とは違って涼しい店内で

それなりに快適に過ごしている。

毎日、店長から残り物だって貰えるし。

苦痛なのは、朝早く起きることだけだろう。


ベルを鳴らしながら出て行く客の背中を

横目でチラリと見た。


「……またアイツ」


それは、最近気になっていた客だった。


「ん〜?釣り渡し忘れたか」


「お前じゃねーよ莫迦」


俺の隣のレジで、暇そうに常備している雑誌を読んでいるのは

学校は違えども、同じ年の男。

身長は、あっちの方が高くて、長期休暇のせいか

髪は金髪のショート。

後ろから見ると、女の子みたいなショートヘアーだったりするが

彼は気にしていない様子。


これが不思議な話

彼の本名を俺は知らない。否、ココで働く者誰も知らない。

バイト用の制服の名札には、いつも違う。

昨日は『カイ』で、その前は『ポー』だった。


バイト歴だったら、俺の方が先輩。

夏休みに入って8月はじめ、俺が働き、あいつは客だった。

その時彼はこう言った。

「ここって客多いのか?」

時間にもよるが、ほぼ忙しい時は無いので

同じ年に見えたが、一応お客様用の「いいえ」という返事で適当に答えたら

次の日から隣のレジに立っていた。

今でも覚えている。

その時の名札に書かれた名前は『キン』だった。


店長に聞くが、履歴書には『丸丸星』と書かれていたらしく

それでも採用したのは、最近バイトが2人も止めて

人手が足りないせいらしい。


まったく世の中甘いんじゃないのか。

これじゃあ、初めてのバイトの申し込みに夜な夜な頑張って

履歴書を書いた俺が惨めみたいだ。


しかも『丸丸星』とか変換したら『〇〇☆』で

思いっきり伏字記号じゃないか。どんだけ本名が怪しいんだよ。

放送禁止用語満載だな。


取り合えず、呼ぶのに困るので

その履歴書の名前であいつを呼んでいる。

こんな風に。


「スター」


「ん〜?なんだサン」


「だから!たしかに『たいよう』だけど太平洋の『太洋』っつってんだろ」


お互いの名前(スターは本名じゃないだろうが)を

英語に変換して呼ぶようになっていた。


「いいじゃねーか別に」


「ミステリーサークルって呼ぶぞ」


「サンってば短気」


スターは俺をからかう様に、女の仕草をして

横目で俺を見てきた。

それが妙に様になっているから

そんな仕事をしたことがあるんじゃないのかって

本気で疑ったことがある。


ふと気が付けば、彼の唇が動きが終る瞬間だった。

彼はどうやら何かを俺に言ったらしい。

生憎、自分の世界に入っていて気が付かなかった。


「……あ?何か言った?」


「だから、気をつけろって言ってんだよ」


「何が。スターの方こそ気をつけろよ。

お前後ろから見たらマジ女。

髪型変えればいーのに」


「莫迦。こんな長身の女がいるかよ」


「……どーせ俺はチビだよ」


184cmのスターと違って俺は167cm。

おまけに、平凡な俺の顔とは違って

アイツはモデル並みに整っている気がする。

パーツの1つ1つが違和感無くて羨ましかったりもする。

俺は男だから、そんなにこだわらないが

こうも自分と違うとどうもむかつく。

母さんにほぼ似た事を少し恨みたい……。


「太洋くん、星くん、こうたいしようか。

お昼休憩とっていいよ」


客が来てくれてもいい昼間なのに、お店に客はおらず

中年の店長が俺達の昼休憩を、早めに作ってくれたみたいだ。


「店長〜、こんなヤツに「くん」付けることないっすよ」


「酷いなサン。山犬の背中に乗って山に帰っていいぞ」


「星型の宇宙船に乗って星へ帰れ」


何だかんだ言っても、

学校の友達より、スターとこうやって言い合ってる時の方が

幾分、楽しかったりもする。

だから、バイト三昧なこの夏休みでも

俺は楽しく過ごせた。


「あ、そうだ太洋くん」


休憩室へ行こうと、弁当コーナーの前を通っている時

店長が、何か思い出した様に俺を呼び止めた。

俺より数歩前を行っていたスターも止まる。


別にお前は先に行けよ。


「ごめんけど……7日も来てくれないかな?

夕方だけ!間違って一日多く太洋くんのシフト入れちゃってたんだ」


「『ちゃってたんだ』じゃないですよ〜……店長何やってんっすか」


「だからごめん!変わりお菓子2個まで、何でも持って帰っていいから!」


「……分かりました!4時からでいいっすか?」


「うんうん!ありがとう!助かったよ!

その日僕も集まりが会って、1人になっちゃうけど……」


「お菓子3つで」


「ん〜……まぁしょうがない!お願いするよ」


「はーい。あ、スターは?お前バイトいつまでだよ」


「……6日」


なんだよその間は。


それから俺達は、休憩室へ戻り

机に用意されている弁当を見て、苦笑した。


「「昨日と同じだな」」


実はその前の日も、同じ弁当だったりする。

この店で一番易い、から揚げ弁当だ。




それから俺は、運命の日を迎えた。

9月7日。夏休み明けの2学期。

午前中に学校は終り、帰宅した俺を待っていたのは

この夏休みだけで、随分と親しくなったスターだった。


何故か、学校が始まったっていうのに

アイツの頭は金色のまんまだ。


校則がそんなに緩い学校なのだろうか。


バイトをしている時、開始はバラバラで終りは一緒だったので

スターの私服はよく見ているが

やっぱりほぼ制服なのと、帰りは夜で暗いってことから

スターの私服姿は新鮮だった。


「なにしてんだよ。人ン家の前で」


「今学校終ったのか」


無視かよ。別にいーけど。


「おう。お前ん所早いんだな」


「俺の所、2学期せいだからLHRしかなかったんだよ」


「あぁ〜、そうか。もう世の中全部2学期制だもんな。

3学期制なんて、ここらじゃ俺の所だけだ」


大げさに溜息ついてそう言ったっきり

俺も、スターも言葉を発しなくなった。

スターは複雑そうに、こっちをジーっと見てきて

その視線は本当に辛かった。

何が嬉しくて男に見つめられなきゃならないんだ。

しかも、整った顔だから余計嫌だ。


「……気をつけろよ」


「……いや、何が。なんか前も言ってなかったか?

だからお前が気をつけろよ。

夜道とか女に間違われて、後ろから襲われても知らねーぞ」


「……女顔に言われたくない」


「髭うっすら生えてきたけど」


「その顔でか?キモイな」


「お前俺を貶しにきたのか?それとも忠告しに来たのか?」


普段より低い声を出した成果か、スターは少し申し訳なさそうな顔をして

「後方」とだけ言った。


「あのなー。気をつけろったって、なんで、何を、どこで、いつ、どうやってだよ。

4W1Hきっちり答えろ」


鞄を持っていた手が、外気で上がった自分の体温で湿ってきた。

いつの間にか額は汗で濡れていて

向かいで、涼しそうに立っているスターが不思議で堪らない。


「取り合えず、家入ってけよ。今親仕事でいねーし」


「言えない」


「は?話噛み合ってねーよ」


「噛み合ってる。理由は言えない」


「……」


初めてスターを不気味な奴だと思った。

スターの本名を知らなくても、何処に住んでいるか

何処の学校に通っているか、

本当にスターのことを知らなくても

別に気にしないほど、コイツは人が良いと思った。

楽しいと思った。一緒にいて丁度良い奴だと思った。


だけど、今は、少し不気味だ……。


そんな俺の心を読み取ったのか、

スターは少し寂しそうに苦笑いを向けてきた。


「言ったら、お前はいずれまた同じ目に会う。

サークルの中に放り込まれるんだ。

でも、その時がきて、自分で希望を捨てずに戦えたのなら

つまらない人生が、楽しく見える」


「……意味、わかんねぇ。スター、太陽にやられたか?」


「俺は忠告することしかできない」


「助けてくんねーのかよ。友達なのに」


押し黙ったスターを見て、正直「言うんじゃなかった」と思った。

恥ずかしい発言だとも思った。

アイツは俺のこと友達と見ているのか、ただの知り合いとして見ているのか

それを分からないまま勝手に友達と言って

これじゃぁなんだか、俺が友達が恋しいみたいじゃないか。


「友達……」


「ち、違うのかよ」


やっぱり違うのか!


「いや、こんな変な俺と友達って……お前が変だな」


「自分が変だって自覚あっただけでも俺は嬉しいよ」


棒読みでそう言ってやったら、スターはいつもの様に

小さく噴出して、静かに喉を鳴らしてクククッと笑った。

その抑えた笑いは、愉快な感じがして嫌ではない。


「今日、7時だ。気をつけろ」


「……あ!そうか!アニメの最終回!

俺いつも見てんだよなー。サンキュー。

予約し忘れるとこだった」


わざとそう言った。

好きなアニメの最終回は本当だけど、

もう自動的に録画されるように、そのアニメが始まったことから設定してある。

だから、予約し忘れてもちゃんと録画されているし

忘れてなんかいなかった。


だけど、スターの真面目な顔を見たら

そう言いたくなって……。

なんか恥ずかしいけど、コイツには笑っていてほしかった。

なにか、俺とは……

と言うより、人とは違う気がしたから。


「おう」


スターは少し笑って、そう言った。

ヤバイ。演技が下手すぎた。

これじゃぁ嘘ついたのバレバレじゃないか。



それから、スターは帰っていき、俺はバイトの為に仮眠をとった。

4時、店長から説明を受けて

1人、ガランとしたコンビニのレジの前に立っていた。

店長は「8時には戻る」と言い、直に出て行ってしまった。

1人というのはかなりつまらなかった。


「……そんなこと、思ったことねーのに」


今までは1人でいる時は無心で

何も感じなかった。

なのに今は、「つまらない」と感じてしまっている。

その原因は明白で、それを俺は認めたくなかった。

悔しいじゃないか。

スターといることが、楽しいって思うなんて。


なんだか……親友みたいだって思ってしまって

そんなのは小学生以来で、

それ故に、スターを親友にしたいと思ってしまった。

楽しかった、あの時のように一緒にいたいと。


ハッとした時には、ナイフが目の前にあって

状況が飲み込めなかった。

警戒音は脳の中で鳴り響くが、その音の意味が掴めずに

ジッと、光るナイフの先端を見ていた。

それは、確実に、自分に向かっていて……


『金を出せ』


頭の中で声がする。

それはきっと、俺の頭の中がどっかに行っていた時に言われたんだ。

全身が、恐怖で粟立ったのは理解できた。


ソロソロと目線だけを上にあげると

そこには、ありがちな強盗の格好。

黒いニット、黒いサングラス、マスク、黒い上下の服。

顔は隠れていても、すぐに誰だか分かった。

それは、毎日数回このコンビニに寄って

雑誌を立ち読みしては、何も買わずに帰って行く男。


「……」


「ヒッ」


空の、これまた黒い鞄を差し出されただけで

少し飛び上がって、引きつった声を漏らしてしまった。

金を入れろ。

とのことだろうが、上手く体は動かなかった。


「早くしろ!」


それに痺れを切らしたのだろう男は、

初めてそう怒鳴った。

ズイッと前進するナイフの刃。

それに比例して、俺は後退してレンジにぶつかってしまった。

スタートの押された電子レンジは、

その中に何も入れないまま、電子音を出した。


ふと視界の隅に入るもの。

いつもスターが読んでいる雑誌だった。


(アイツ……!また片付けずに帰ったな!)


現実逃避しだした脳は、更に目の前の状況を悪化させるだけなのに

全く止まる気配を見せず

今日のアニメのこと、今日ご褒美に失敬するお菓子のこと

最終的には、納得してしまった。


(あぁ、スターが言ってたのは、このことなんだ……)


すると、なんだか視界がしっかりとしてきた。

犯人は、俺が恐怖で動けなくなったのかと思ったのか

ナイフを突きつけながら、逆の手でレジを乱暴に扱っていた。

だが、ガンガン叩くだけで、正確な操作の仕方は分からないようだ。

一向にお金が顔を出す気配はない。


それを見ていると、なんだかおかしくなって

つい笑ってしまった。

口の端を上げて、ふっと息を吐くだけの笑い。


生憎犯人は、それに気が付いた。

キレたのか、身を乗り出して

ナイフが振り上げられる。



(どうしよう。死にたくねーよ……)



つまらない世界を、愛してしまった瞬間だった。



目をギュッと閉じて、反射的に腕で顔を隠した。


(スター!!)


そう叫べば、心のどこかはほっとして

なかなかこない激痛や、衝撃の訳も瞬時に理解できた。



「やっぱ……友達だな」


そろりと開けた瞳が見たのは

さっき視界の端に捉えた雑誌の表紙。


右を見れば、少し悲しそうで、それでいて激怒しているスター。


雑誌手を突いて、ナイフは左側の床に落ちてしまっていた。

怯んだ犯人は、鞄を持たずに逃げようとするが

スターが、レジ台に両手をついて

ふわりと両足をレジの向こう側へ回したと思ったら

その遠心力で犯人の顔面を、足の先が直撃した。


ただ俺は、その身軽な身のこなしに感動するばかり。


(あぁ、俺生きてる)


気絶した犯人は、無様に床に倒れていて

レジの向こう側から手を差し伸べるスター。



「お前をお前の死のサイクルから俺が守ってみせる」


真剣な表情でそう言った後に

コイツは恥ずかしそうに


「友達、だしな」


と付け加えた。

どうやらコイツにとって俺は

初めての友達らしい。


俺は少し嬉しく思い

それと同時にコイツに着いていくべきだと

判断して、その手をとった。


今から俺は、生きるために死から逃げて生きる。


それが、今までの人生より楽しく思えてしまったのは

きっと……スターのせいなんだ。















後に聞いた話、

スターの目は未来が見えるらしい。

でもただそれだけじゃないと、俺は思っている。


だけど、俺はあえて聞かずに

寂しそうに笑って話すアイツに俺は一言言った。



「また俺の明日をその目で見て

守ってくれよ?」




今までの分、人生楽しむからさ。




END


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― 新着の感想 ―
[一言]  ども、近藤です。  文章も上手、お話としても悪くない。でも、なんとなく物足りなかった。  余計なお世話だろうけど、どこをどうするべきかいろいろ考えてみました。で、読んだ人にアピールする力が…
2008/04/19 23:14 退会済み
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