クソみたいな掃き溜めの町で成功するには
初めて嘘を吐き、血が出るようなケンカをしたのが五歳。
万引きをしたのが六歳。
スリをしたのが八歳。
拳銃で脅して金を奪い取ったのが十歳。
学校に行かなくなったのが十二歳。
カツアゲをしたのが十三歳。
タバコや酒、クスリに手を出したのが十四歳。
家出少女を引っ掛けて犯したのが十五歳。
人を殺したのが十六歳。
人を殺すのに躊躇いを無くしたのが十八歳。
――まるで、クソみたいな人生を歩んでいるのが俺のコト、クソ野郎だ。
こんな人生を歩み続けて来て二十数年経つ。今日も俺はこのクソみたいな掃き溜めの町の更に掃き溜めみたいな場所――本物のごみ捨て場の傍らでターゲットを見つけながらタバコを吸う。狙いはしゃんとした身なりのヤツ。そうヤツほど金やカードはたんまりと持っている。
「いるか? クソ野郎」
俺に対してそう言ってくるのが幼馴染のカス野郎だ。見た目は優男で頭の回転は速い。そいつは隣のポリバケツの上に座ってガムを噛んでいる。こいつは最近禁煙だ何だと我慢強いコトをしている。俺はムリだ。これがオイシイからな。
カス野郎の言葉に俺はごみと落書きだらけの汚ぇ通りの方を見る。金ナシ、マフィア、金ナシ、家ナシ、警察、ギャング、金ナシ、家ナシ――どれもこれも金を持っていない連中ばかりだ。それもそのはず、こんなクソみたいな掃き溜めの町なんかに金持っているヤツらはほとんどいないに等しいから。
いるとするならば、セキュリティの厳しい高層タワーでソファに座り込みオンナと楽しくワイワイしているだろうよ。
じゃあ、何で俺らがここにいるかって? いるんだよ、たまに。自分は襲われないとでも思い込んでいるのか、はたまた返り討ちにしてやるというオメデタ頭のヤツなのか――。俺はどちらでもいい。金さえ手に入れば、今日のクラブでの酒代が手に入るならば。
「今のところ、いなさそうだな」
「じゃあ、もう誰でもいいから適当に金捕まえようぜ」
カス野郎は飽きたのか、欠伸をしている。
適当に捕まえろと言われても……こいつは何と言う面倒なコトを言いやがる。適当に捕まえたトコロで、そいつが敵対するマフィアの手下だった時が一番ヤバいというのに。
「考えてやろうぜ。キングに怒られちまう」
キングと言うのは俺たち二人の上司のことで、一応この町を取り仕切っているマフィアの頭となる。
「んなワケ無いって」
カス野郎はそんなヤツのコトも気にせずに笑うと、俺の肩に手を置いてきた。
「なあ、クソ野郎」
「何だ、カス野郎」
「俺たちはこのまま、キングの下で手足のようにして動くコトは無いと思うんだ」
にやにやと笑うこいつは何か企んでいると分かる。一体、何を考え付いた。キングの金を持ち逃げして逃げるのかい?
なんて考えていると、ヤツは「聞け、クソ野郎」と言う。
「殺すんだ、キングを」
その大振りの発言に咥えていたタバコを落としてしまう。ああ、もったいないコトをしてしまった。まだ吸えたんだがなぁ。
しかし、今日は生憎の雨に加えて落ちた場所は地面。もう吸う気など無い。そして何よりこいつはとんでもない爆弾発言をしやがった。
俺は馬鹿なコトを言うな、と困惑しながら新しいタバコに火を点けた。
「冗談じゃねぇよ」
味でも無くなったのか、カス野郎はその場にガムを吐き捨てた。そして、新しいガムを取り出してクチャクチャと音を出す。
「お前、ウチの派閥のコト知らんだろ?」
「派閥だぁ? 俺ぁ、どっちでもいいよ。毎日のクラブの酒代が手に入るならな」
どうでもいいとか言いつつも、俺は知っている。キングに忠誠を誓う直属の部下と野郎のやり方が気に食わなくて反乱でも起こそうかと考えている危ない連中。そして、ただの傍観者――。
俺の場合はどうでもいいんだ。確かに上の連中らが高い酒を浴びるように飲んで、綺麗な姉ちゃんと毎日セックス。ヤクも使い放題。好きな物は何だって買える夢のような世界。羨ましいよ。それでも、俺はどっちでもいい。
ここはならず者たちが集う掃き溜めの町。まさにゴミみたいな町であり、クソみたいな人生を歩んでいる俺は下っ端人生でも何ら文句は言わない。逆らわぬが吉と言うヤツだ。
「つまんないコト言うなぁ、お前は。それだからクソ野郎だなんて言われているんだよ」
「同じようにカス野郎と言われているお前にだきゃ言われたかねぇよ」
「いいか、これはビジネスチャンスだと思えよ。お前にもツキというのが回ってきているんだからよ」
「へぇ、ビジネスねぇ。こーんな商売相手にすらもならない町でビジネスが出来るとは思わなんだ」
「いいから最後まで聞けよクソ野郎」
「何だよ」
俺は紫煙を燻らせながら返事をする。カス野郎はにやにやとしていた。ああ、こいつは一体どんな危険なコトを考えたんだ?
「先日、全部ではないにしろ、反乱分子を抱き込んだ」
「は?」
またしても長めのタバコを落としそうになる。これは落として堪るか。後二本しか残っていないんだ。金無いのに、もったいねぇ。
「でも今のキングに対する忠実な部下は十人にも満たない。――お前、俺たち組織がどれぐらいの人間がいるか知っているか? 千五百ぐらいだ」
「そんなにいたの、ウチ」
「知らなかったのかよ、クソ野郎。キングを舐めるなよ。あいつぁ、慕われちゃいないが、経済力や表の連中には信頼度が高い。だから、ここで俺たちはヤクも売れるし、売春だって出来る。さっきも俺言ったろ? ビジネスだって」
「キングの周りに集まって来ていた連中は全員ビジネス付き合いだと?」
「その通り」
「……つまり、キングを殺したらそれらの地位も手に入ると?」
「おうよ。抱き込んで、勢力も、もっと拡大出来るワケだ」
「そりゃ、凄いコトを考えなさる」
俺はタバコの煙を吐いた。やりたいコトがあるなら、好きにやればいい。カス野郎がキングになるって言うのも悪くは無いからな。
「そう、だからクソ野郎は次期キングな」
勢い余って煙を吸い過ぎた。おかげで鼻から煙が出るわ、出る。咽るわ、咽る。カス野郎、とんでもないコトを言っているんじゃねぇぞ、この野郎。
「……俺が連中を束ねるボスになれるワケないだろ」
ただえさえ、この町は全てにおいて下剋上のような物だと言うのに。仮になったとしても、命を狙われるがオチだって言うのに。
「俺がいるじゃないか。俺を誰だと思っている。クソ野郎の幼馴染にしてカス野郎だぞ。おい、頭脳役は誰がやって来たのか忘れたとは言わせないぞ」
「……でも、何で俺だよ……」
「顔役だよ。お前は。お前は毎日と言ってもいいほどクラブに通い詰めているからな。知った顔は多いだろ」
それは否定しない。だが、それはあくまでもクラブ内で会った連中だけに限る。俺は警察や資産家と言ったヤツらの顔と合わせたことすらないのだから。
そのことをカス野郎に伝えた。俺なんかよりも、もっとキングに相応しいヤツがいるのではないか、と。
「何を言っているんだ。この町のキングになるのはお前だ。――いや、お前しかいない」
カス野郎はそう言うと、手を差し伸べてきた。
「俺はお前を信頼しているのだよ」
元より、俺は一応こいつを信頼出来るパートナーとして一緒に生きてきた。
大金、酒、ヤク、女――。
羨ましいと思うのは当たり前。この町で育ってきた俺だからこそ。
「クソ野郎にとっても悪い話じゃないと思うぜ」
「……分かった。協力しよう」
俺は己の欲に負けてしまった。どうせならば、くだらなくも小さな欲で生きていれば、と後悔する。
カス野郎が立てた綿密な計画はすぐに実行された。前から考えていたらしい。後は俺を抱き込むだけだったとか。
そう、こいつの策略に俺はハマってしまったんだ。クソ野郎とともに。
俺は言われた通りの作戦に従って、キング殺害に成功した。部下たちもカス野郎が従える連中が殺した。意外にも呆気ないものだなと俺はド頭ぶち抜かれて死んでいるヤツを見て思った。
「これで俺たちの時代が来るんだよな?」
「……そうだな、お祝いにこいつで乾杯しよう」
クソ野郎は死体まみれのこのボスの部屋でシャンパンを開けた。注ぎ口から液体が吹き零れる。
「瓶ごといこう」
「ああ、素晴らしくも新しき世界に――」
言葉が出なかった。何故か。俺の体が動かなくなったから。理由は明白だろう。裏切り者が出たんだ。
えっ? そいつはカス野郎だって? 残念だ。違う。ヤツも俺と同じように倒れ、口から血を流している。じゃあ、誰か。そう――。
「お前らの考えているコトを知らないとでも思ったか」
俺たちが殺したはずのキングは偽者だった。殺したのはただの影武者である部下。俺たちの体から血を出させたのはキングだった。
「いいか、クソみたいに掃き溜めの町で成功するにはそう言うコトも考えておかないとな」
笑うキング。ヤツは一人の部下――カス野郎が抱き込んだはずの反乱分子の一人を呼び、片付けるように言った。
薄れゆく意識の最中、そいつの顔は俺たちを嘲笑していた。
つまりは俺たち二人騙されていたと言うコト。
俺たちはヤツらによって町のごみ捨て場へと捨てられた。空から雨が降ってくる。まるで自分たちの存在を消すかのような暗い空だった。
「……ははっ……」
これぞ、クソみたいな掃き溜めの町で生きるクソ野郎の愚かな結末だ。俺は体を動かすコトが出来ずにそのまま目を閉じるしか出来なかった。
読んでくださった皆さんの貴重な時間をありがとうございました。