第8話 村の子狸
「今日は魔法薬の中でも【ゲロ甘梅あられ風味】に挑戦するわよ」
初夏の近づく快晴の空。
お釜師匠は今日も絶好調だ。
私と妹は材料を用意し、いつもよりも大きくて艶々の木匙を構えている。
以前の反省をふまえ、匙や皿等の小道具の手入れはきちんと欠かさずやっているのだ。
そして、頭巾を被るのはもうやめた。
今日は2人でカーネーション・ピンクのワンピースに白いエプロンを付けている。
「なんで味しか指示をしないんだ? 薬なら効果の方が大事じゃないのか」
ダイニングの椅子の背もたれを抱き込んで座る駐在さんが、疑問を呈する。
ズボンだけは軍服で、上にTシャツを着ている。実に夏らしい。
その横で、襟をきっちり正した神父さんが、メモを用意して聞き耳を立ててる。
「私も疑問に思っていました。ぜひお釜さんの御講釈を聞きたいものです」
2人は主に魔法薬の修行の時を見計らって、ちょいちょい小屋に顔を出すようになった。
国に強い影響を与える貴重な魔法薬のことなので、少しでも私たちの修行から情報が欲しいらしい。
もちろん駐在さんは、私たちがお釜師匠の無理難題で悲鳴を上げそうなときには助けてくれるし、意見もしてくれる。
神父さんは・・・・・・役には殆ど立っていないのだけれど。
まあ、お釜師匠と学問の話に花を咲かせたり、私たちに可愛い小物や服などの賄賂を持ってきてくれる。
妹はすっかり買収されて、神父さんにべったりだ。
「効果よりも味の方が大事に決まってるじゃない!
魔法は心の力学に乗っ取っているのよ。不味くてテンションの下がるものは効かない。これは魔法学をやるものの常識ね」
「ほうほうほうほうほう」
お釜師匠に食いついてメモをしまくる神父さんを、駐在さんは呆れた様子で見ている。
「ほら、あと2時間で昼飯の時間になるぞ。早く始めた方がいいんじゃないのか?」
「あらそうね。あんたたち、材料入れちゃってちょうだい~」
今回の材料は
ウバイ、サイシン、カンキョウ、オウレン、ホウブシ、トウキ、ショクショウ、ケイシ、ニンジン、オウバク
そこに魔国の王立植物公園の、壁にしか塗装されていないという、ヘンアという物体だ。
「師匠、塗装材ってもはや生薬でもないと思う・・・・・・」
「いいえ、立派な生薬よ」
・・・・・・師匠がそういうのなら、そういうものなのだろう。
駐在さんの呆れた顔が目端に映る。
2人で材料を水なしで放り込み、師匠が自分に火を掛ける。
火が通ってきたので、ヘンアと紙が貼られた缶の蓋を開けると、ツーンと鼻を刺激する。
裏面を見ると「ペイント希釈剤」と書かれていた。
「師匠! この缶の希釈剤ってどういうことですか」
「私が生薬と言ったら生薬なのよ」
ほれ、早く入れろと竈の火がせっつく。
慌ててどろっとした中身を入れると、粉は一気にどろどろに溶けだした。
後ろの神父さんが、シンナーみたいでやばそうですねははは、と笑っている。
き、聞こえないもん!
ねるねるねるねるねるねるね ねるね
ゴーレムの時よりは抵抗は少ないけれど、スプーンには結構な重さが来ていた。
全体的に黄色かった粉は、白いどろどろへと変わり、やがて固まりピンクのビー玉大の丸いコロコロとしたものになる。窓から差し込む光を浴びて、きらりと光った。
「あ、きれいな飴」
「きれーい」
「ほう」
思わず見ほれるほどの透明感のあるベビーピンクだ。
トレイに並べて冷めると、一粒取り上げる。
窓の光に透かすと、プリズムが入ったようにも見えて素敵だ。
妹は目をきらきらさせて飴を手のひらに並べ、神父さんに貢いでいた。
代わりに神父さんは、ポケットから板チョコレートを、って、餌付けされてる!
馬鹿妹にやきもきしながら、師匠に質問をした。
「師匠、ところでこの薬の効果はなんですか?」
「爆死効果よ」
ん?
「これが人間の胃液で溶けると、小さな町一帯が吹っ飛ぶくらいの爆発力を発揮するのよ」
魔法薬に「破壊」の項目があったでしょう?
それよ。
手元から美しいはずの飴玉が転げ落ちる。
「なるほど、TNT火薬100kgくらいの自爆テロが可能とは、実に画期的ですね!」
神父さんが感動しながら激しくメモを取る。
いやなるほど、これなら敵の食事に混ぜ込むだけで空爆レベルの攻撃が可能かもですねうんぬん。
「えええええええええ!? なにそれ危ないから!」
「バカやろう! なんてもの子供に作らせる! こんなもの全部没収だ!!」
「ええー、これは魔女の魔法薬初歩メニューよ。そもそも修行に子供も大人もないじゃないのよ~」
駐在さんが慌てて飴を回収するが、シンシアのほっぺたは既にリスのように膨れていた。
「ひえ、シンシア!?」
「それを吐けシンシア!」
「?」
駐在さんに両ほっぺたを摘まれた妹の喉から、ゴクン音とがする。
一同真っ青になった。
マシュマロのような両ほっぺがみよんと延びた妹は、飴を味わえなかったと不服を訴える。
お釜師匠は脳天気に一言付け加えた。
「大丈夫よう、『人間』の胃液って言ったでしょう? 人間以外には無害だから安心しなさい」
「俺たち人間には十分脅威だ!」
結局駐在さんは物騒な飴を全部回収し、常識と村の安全も考えろとお釜師匠を叱りつけ、処理させた。
師匠はブツブツ文句といいながら処理をする。
竈の炎が、断末魔を上げる飴を飲み込んでいった。
「ああもう。昔は周りでとやかく言う人はいなかったのに」
「いつの昔を言っているのかは知らないがな。
今後最新鋭の釜を誇りたいのなら、少しは俺の意見も取り入れてもらおうか、ああ?」
お釜師匠と駐在さんの漫才は相変わらずだ。
神父さんは煤のついた妹の顔を拭ってあげている。
妹の手には齧りかけの板チョコがあった。
ぼーんぼーんと柱時計が12時を教えてくれる。
あ、ご飯の時間だ!
「シンシア、ご飯食べに行こう」
「うん!」
いってきます!
2人のエプロンを椅子に掛けて、妹と一緒にドアを飛び出した。
後ろからいってらっしゃーいとお釜師匠の声。
細い小道をまっすぐ行けば、遠くの丘の教会が近づいてくる。
そして教会の前を越えれば、丘の下には人の住む家々が小さく見える。
さらにまっすぐ降りていけば、家々は大きくなり、大通りに合流する。
大通りの郵便局兼商店の隣には、おばちゃんとおじちゃんの宿屋がある。
今日も愛情いっぱいのおいしいご飯を、おじちゃんおばちゃん私たちの4人で食べるのだ。
———ゴーレム騒ぎの後、私たちには正式な保護者ができた。
あの晩、小屋に戻って、おじちゃんおばちゃんを入れた大人5人(大人4人と1釜)で話し合った。
私たちの『おばあちゃん』である、魔女レイコへの思慕も考慮して、養子という形ではなく、保護者という名目で宿屋の子供になることになったのだ。
夫婦はとても喜んでくれたし、私たちも気兼ねをする必要はなくなった。
妹はちゃっかりおばちゃんの胸に埋もれて寝てしまったほどだ。
生活の基盤は村に出来始めている。
小屋は、修行の為に通う施設となった。
留守はお釜師匠が守っているから、セキュリティーは万全だ。
駐在さんが仲立ちとなり、村では宿屋の子供としてお披露目をされた。
私たちを罵っていた前の神父の取り巻きの青年たちは、なんと土下座をして謝ってくれたのだ。
これには改めてびっくりした。
初めてきちんと顔を見て話してみると、意外に気さくで優しい人たちだった。
ちゃんと人の話を聞くって、大切なことだったんだと反省する。
また、おばちゃんに連れて行かれ、村の子供たちにも挨拶をした。
最初は広場に連れて行かれたときは、いじめられないかとびくびくしていたのだが。
でもそれは杞憂だった。
みんなすぐに声をかけてくれて、その日のうちには一緒に遊ぶようになれたのだ!
以前いたいじめっ子は、子供グループのカリスマだったらしい。
その子が私に近づくなと子供たちに命令していたために、見ていることしかできなかったというのだ。
なにそれ、信じられない!
・・・・・・修行で身についてきた腕力は、それこそあいつをぶっとばすのに役立つよね!
どうやら、来月の夏至祭には王都から一度帰省するらしいから、その時が楽しみだ。
それと実は、私は耳としっぽを隠せるようになった。
自力の完全な人化の術に成功したのだ。
でも。
この村に居る限り、もう隠すのはやめようと思う。
私たちは魔女レイコの子供で、宿屋おばちゃんおじちゃんの子供で、将来は立派な魔女になる化け狸だ。
妹なんて、完全に気を抜いて、狸姿でクマのぬいぐるみとひなたぼっこをするようになっている。
その愛らしさに、近所のお姉さんたちはメロメロだ。
頑張って修行をして、このグリーンペアー村の魔女となるのだ。
お釜師匠の課題は難しいものが多いけれど、たくさんの人たちが優しさが分かった今なら、なんでも乗り越えられそうな気がする。
満月の晩には、お里の山のことを思い出す。
なんでここに来たのかも分からないし、帰れるのかも分からない。
でも居場所はここにある。
私はここで、生きていくのだ。
一章が終わりです。まだ続きます。