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ねるねるねるね~お釜師匠と子狸少女の魔女修行~  作者: 帰初心
1章 師匠は台所に棲息していた
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第6話 守ってくれる大人

「あらら~逃げてばかりでどうするのかしら。失敗したゴーレムでも動力はまだ数日は持つわよ~」


 お釜師匠の薄情な声が聞こえる。

 現在私たちはひいひいと、小屋の周りをぐるぐる逃げ回っている最中だ。


 フルマラソンを2時間切れるようになってきた私だが(妹は1時間半を切っている)、日が傾いてきてもただひたすら走るのはスタミナが持たない。

 シュッシュと走っていたゴーレムのペースが、だんだんシュシュシュシュと線路で鹿でも挽き殺さんばかりの速さになってきている。


 そうこうしているうちに私の前を走っていた妹が、ぺちりと転ぶ。

 急いで草まみれの妹を拾い上げた。


「おねちゃ~」

「もうこうなったらっ」

「あら、どうするの」


 私は妹を両腕に抱きながら反転をして、煙を吹き上げるゴーレムに向けて走り出した。

 両腕を突き出すゴーレム。


 大きな体の欠点は、下からの細かい動きに弱いことだ!

 すかさずゴーレムの足の間にスライディングして、後ろをとる。

 相手は獲物が目の前から消えたことで、足を止めた。


 今だ!

 妹を下ろして、黒い煙から覗く肩の木骨部分に、跳び蹴りを食らわせた。


 ボキボキと派手な音をたて、左腕は半分ちぎれる。

 だらんと垂れた左腕。

 次は右膝の露出部分をと狙ったが、最初の跳び蹴りの勢いで前方に転げてしまう。


 体勢を立て直そうと黒ゴーレムを見据えるが、一瞬で間合いを詰められてしまった。

 背中を曲げたゴーレムの、黒い顔がすぐ上にある。


「ひ」


 ゴーレムの割れた口がさらに大きく開く。


 その瞬間。

 頭の上を越えて飛来した爆発音。

 ゴーレムの顔の上半分が吹っ飛んだ。






 助っ人は、思わぬところからやってきた。


 動きの弱ったゴーレムからジャンプして、一気に距離を取る。

 思わず後ろを振り向くと、小道の先にいたのはいつもの着崩れた制服に、夕日を背にしたシルエット。


「駐在さん!」


 駐在さんが、ショットガンを構えて立っていた。

 顔は陰がかかってよく見えないが、いつもの不敵な表情に違いない。


「うちの子を追いかけ回すような変態はあ、問答無用で死刑だよなあ」


 再びショットガンを構えて、今度はゴーレムの右膝を吹き飛ばす。

 木組みを露出しながら、バランスを崩すゴーレム。

 煙が忙しなく全身から溢れ出る。


「魔法だろうが魔力だろうが。鉛玉が効いているうちはしっかりと食らわせてやる」


 ドンドンと2度3度続けて打ち抜くと、黒い煙を出す部分と木に分離しながら小さくなる。

 しかし、抵抗するを続ける黒い部位はいまだ激しく蠢いていていた。

 駐在さんは舌打ちをする。


「ち、しぶといな。だから魔法生物っての厄介なんだ。おい、神父」

「はいはい。仕上げですね」


 よく見えていなかったが、駐在さんの後ろにはもう1人いたようだ。

 でもあの服は・・・・・・神父だ!


 頭に草を付けた妹が、慌てて駆け寄り私のスカートの裾を引っ張った。


「お姉ちゃん、あれくろふくだよっ!逃げようよっ」

「シンシアは私の後ろに隠れてて!」


 警戒を露わにする私たちに、亜麻色の髪にメガネを掛けた神父は苦笑する。


「おやおや。私の名前は黒服ですか。なんだか縁起が悪そうですね」

「まあ、お前等は神の教えとやらを語る武器商人だからな。あながち間違っちゃいない」

「それはちょっと言い過ぎですよ、カイルさん」


 神父は背中に背負っていたボンベのようなものから、ホースを取り出した。

 蠢く煙の黒ゴーレムと対峙する。


「せめて私自身は科学者と呼んで欲しいものです」


 メガネがきらりと起動する。


「ふむむなるほど、煙と黒スライム状の粘性生物ですか。煙内部に高熱を保持している。これは火炎放射器は使えないな。液化窒素が一番無難ですね」


 ダイヤルを回して、ホースから白い煙を放出する。

 シュッシュと音を出していた黒い煙は、瞬く間に消えていった。


 その様子を私に抱きつきながらポカンと見ている妹。

 きっと私も似たような顔をしているのだろう。


 黒いスライムも白く縮み、やがてボロボロに割れて、小さな種だけが残った。







 お前等無事だよなと駐在さんが聞くので、何度もうなずいた。

 ほっとした駐在さんは、小屋に向かって険しい顔で声を掛ける。


「おい、釜っ。これでいいんだろ」

「もうちょっと、フランが根性を出すところを見たかったんだけど。仕方ないわねえ、まだまだ甘ちゃんの子狸なんだからもう」

「こんなの子供にやっていいことじゃねえだろう! この釜っ」

「ああん、もっと言って~。イケメンに名前を呼ばれるとたまらないわあ」

「ふざけんなっ」


 お釜師匠と駐在さんが会話をしている。


「え、師匠?」

「おかまししょーと駐在さん、なかよし?」


 頭の中を疑問符が飛び交う。

 2人(1人と1釜?)が喧嘩をするのを眺めていた。





「かわいい耳ですね」


 唐突に、優しい声色で声を掛けられた。

 声の主は、先ほどゴーレムを滅した亜麻色の髪の神父だった。


 ———頭巾がずっと外れていたことを忘れてた!

 慌ててかぶり直す。

 しっぽもスカート越しに片手でしっかりと押さえた。


 妹もマネをして両手で頭巾を引っ張るが、先ほど転んだせいで布の真ん中が破れている。

 破れ目から真ん丸な顔が覗いていた。


 神父は思ったよりも若くて綺麗な顔をした男性だった。

 とても優しそうな表情で、にっこり笑いかけられると、妹はしっぽをぶんぶんと振る。


(ばかシンシアー!)


 それを見た神父がさらに破顔した。


「なぜ隠すのですか? そんなに可愛らしい丸い耳や、愛らしいしっぽを見せないなんてもったいないですよ」


 思わぬ言葉が降ってきて、目を丸くした。


 可愛らしい耳?

 愛らしいしっぽ?

 この人何を言っているの?


 戸惑いながらも、反論する。


「でも、神父は私たちのことを悪魔だと思っているんでしょ。人間と違うものはみんな汚らわしいって言われたもん」

「くろふく、石なげないの?」


 神父はレンズ越しの緑の瞳を哀しそうに揺らす。


「投げませんよ。可愛らしいお嬢さん方。

 私が差し上げるのはーーーむしろこちらです」


 懐から出してきた物に警戒をしたが、それはほんの一時のことだった。

 彼が出してきたのは、かわいいピンクのリボンのついた、2体の小さいくまのぬいぐるみ。


「くまちゃんだー!」

「あ、こら、シンシア!」


 妹がぼろぼろの赤い頭巾をはねのけ、神父に飛びついた。

 優しく差し出された手から受け取り、大はしゃぎしている。


「お姉ちゃん、このくろふくいい人だ!」

「知らない人から物をもらっていい人認定なんてしちゃだめでしょー!」


 あ、こら頭と耳をなでられてうっとりするな!

 しっぽをぶんぶんふるな!

 思わず神父から離そうとすると、妹は逆にぬいぐるみと神父を守ろうとする。


「お姉ちゃん、めっ」


 なんでこうなるの!?


「シンシア、その人間はあのひどい男と同じ神父なんだよ! すぐに気分を変えて殴ってくるに決まっているじゃない!」

「ううん、このくろふくはいい人だよ。

 だってたすけてくれたし、くまちゃんくれたし、前のくろふくとちがってきれいなかおだもん」

「顔が決め手!?」


 顔で妹の無罪判定をもらえた神父は少し笑う。

 だがすぐに、白皙の顔に深い哀しみを浮かべた。

 そして。


「あの男と一緒にされるとは、哀しい限りです。しかしあんなイカレた人間でも、同じ教会のもの。

 代わりにお嬢さんたちには、心からの謝罪をさせていただきます」


 深々と、私に頭を下げた。


(人間が、大人が頭を下げた!)


 天地がひっくり返ったのかと思った。

 私のしっぽが、ぴーんと張る。


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