第2話 初めての魔法薬
私たちはお釜を「お釜師匠」と呼び、修行の日々が始まった。
朝早く起きて、仲良く並んで師匠の響く美声でおっちにーと準備体操。
ここまでは良かった。
次の薪割りでは斧の重さにつんのめって失敗し、水汲みはうっかり中身をこぼし、部屋の掃除は埃を巻き起こし・・・・・・。
「あんたたち、ほんとに2人で生きていくつもりだったのー!? 特にフラン、あんたやばいわ」
師匠が悲鳴を上げた。
イクコが甘やかしていたのは知っていたけど、まさかこれほどとは・・・・・と絶句している模様だ。
自分もショックだ。
おばあちゃんのお手伝いを毎日していたつもりだったのに。
妹はんしょんしょと資材置き場の荷物をゆっくり整理しているが、なにも壊していない。
5歳の妹にも負けるなんて。
がくっと気落ちしながら、竈に鍋を置く。
師匠は自分で竈の火のコンロールが出来るらしく、薪さえ入れれば着火も消化も思いのままだ。
いい匂いが漂ってくる。
今日のご飯は、これでも食べなさいと、村の宿屋を経営しているおばちゃんがくれた具たくさんのスープとパンだ。
妹が子供椅子に座ってスープに匙を入れると、目を輝かせた。耳がぴんと立っている。
「お姉ちゃん、これソーセージが入ってるよ! 粗挽きだよ! すごいよっ」
「う、これは・・・・・・!」
なんて美味しいの!
あつあつの蕪も人参もごろごろ入っていて、甘い。ローリエの香りとソーセージのうまみが合わさって絶妙なハーモニーを奏でている!
じーんと感動する。
ライ麦パンのすっぱくて甘い味を噛みしめ、おばちゃんの優しさが感じられるなあと思うと、ふと我に返った。
「だめよ。だまされちゃ」
「お姉ちゃん?」
「これは宿屋のおばちゃんが、私たちに魔女の修行を断念させる罠よ! ほだされなんてしないんだから」
「そうなの~?」
危ないところだった。
村の人たちはあの後何度も、私たちを引き取ろうとしてやってきた。
でもここはおばあちゃんの思い出が詰まった場所だから、人の手に渡したくなんてない。
それに、村人がどんなに上面の甘いことを言ったって、私は他人を信用なんてしていないんだから。
精一杯反発して追い返してやった。
・・・・・・ご飯には罪がないから、ありがとうって言ったけど。
あの笑顔だって、頭巾の中身を見た瞬間消えてなくなって、私たちに石を投げるに違いないわ。
妹とおばあちゃん以外は、みんな敵だ。裏切る存在なんだ!
「全く、警戒心だけが強いんだから。ぜんぜんいい人たちじゃないの。もう少し素直になりなさいよ」
お釜が何か言っているけど、聞こえないもん!
お昼になって、家事が一通り終わったので、師匠が私たちを呼んだ。
「さて、では修行を始めるわよ。どころであなたたちどこまで変化の術ができるのかしら」
私は、ぽんっと煙を出し、本体の狸に戻った。
立てかけの鏡を覗くと、毛玉のような小柄な体躯に黒い毛がつぶらな目を囲んでいる。首回りは特にふわふわしており、実はこっそり自慢である。
このふわふわ、昔お里でよく喧嘩をした妖狐には絶対負けない自信がある。
妹はもっと小さい毛玉狸に戻った。
にーと鳴く妹がたまらなく可愛い。
思わず妹を前足で転がしてあちこち毛繕いしてしまい、師匠に後にしなさいと怒られた。
「じゃあはい、そこの壁に積んであるワインの瓶になってみなさい」
変化はしたが、どうにも違和感がある。
隣の妹を見ると、少しミニチュアにした瓶からしっぽがはみ出ていた。
まさかと思って後ろを確認するが、しっぽは見えなくて安心した。
すると師匠から呆れたと突っ込まれる。
「瓶の口を見なさい」
「お姉ちゃん、耳が生えてる~」
「はっしまった」
「仕方ないわね。じゃあ次、生き物をまねしてみましょう」
何にしようかしら、と師匠が悩んでいると、妹がぽんっと小さいスナネズミになった。
ちょろちょろと動くその様は屋根にいるスナネズミの一家にとてもよく似ていて可愛い。
「まあ、そっくりね。シンシアは動物は得意のなのね」
「ちゅちゅ~」
妹が誉められて得意げに鳴くのを聞いて、姉のプライドが刺激された。
自分ならもっとすごい動物にならなければならないと必死に考える。
(ええと、猫とか、犬とか、狐・・・・・・それはいや。カラスの方が良いかしら)
ぐるぐる考えながら変化を始めてしまったせいで、ぼぽんっと妙な音を立ててなった動物は、体が猫で、犬の頭を持って、カラスの羽をつけた珍妙な動物だった。
「・・・・・・にゃわん?」
「はい、大失敗ね。すぐに戻りなさい」
「ちゅ~・・・・・・」
2人からのだめ出しに、がっくりと変化を解いた。
◇◇◇◇
目には見えないが、師匠が腕を組んでいるような気がする。
「あんたたちが上手に人型に変化できない理由が分かったわ。化けるのが得意じゃないというのもあるけど、一番の理由は他人への恐怖心ね」
「人なんて怖くないわ!」
「こわくないよ!」
「しっぽがお腹に丸まっているわよ」
反論した矢先にびびりしっぽを指摘されてしまった。
ええい、戻れよ私のしっぽ!
妹もよいしょよいしょと両手でしっぽを戻そうとするが、形状記憶合金のごとく元に戻ってしまう。
「・・・・・・まあ、こればかりは徐々に慣らしていくしかないでしょうね。変化の訓練は続けるけれど、手っ取り早いのは変化の薬を服用することね」
「そんな便利なものがあるなら、早く言ってよお釜師匠ー」
「そうだよおかまししょー」
「ふん、最初から薬に頼ろうなんて愚の骨頂よ! 薬とは最後に頼る手段。そもそも薬とは安全なものではないのよ」
毒と薬は紙一重。
元々は毒であったもので、副作用で思わぬ良い効果があった一部だけを改良して薬にした話は、この世にごまんとあるというのだ。
「おばあちゃんも天秤で生薬を量りながら[1g多ければ死ぬ、1g少なければ効かない]と言っていたことがあるわ」
「そう、それよ。食べ物だって体に合わなければ、体調を崩すわ。
薬はどんなものでもその人の個性や状態にあった作り方・飲み方があるのよ」
師匠は私たちに指示をして、薬の材料を用意させた。
カッコン、ショウキョウ、マオウ、ケイシ、タイソウ、シャクヤク
「・・・・・・これ、おばあちゃんが良く作っていた引き始めの風邪薬のレシピだ」
「そうよ。どんな薬も突拍子もないものは存在しないわ。良く効く薬は、系統別に基本骨格が似るものなのよ」
「じゃあこれはー?」
妹が取ってきたのは、白っぽいキノコの干したもの。
「マジョッコマッシュルームよ。これを手に入れるためには魔族の国の奥地に行かなければならないわ。テオナカトル池の大蛇の肝臓に生息しているの」
「それって寄生虫・・・・・・」
「いいえ、キノコよ」
師匠に強く否定されたので、とりあえずそういうことにした。
小さい子供もいるからとマオウを少な目にと指示を受け、残り材料をお釜師匠の中に材料と水を入れ、竈に薪を放り込む。
師匠が自分で火を微調整してくれるから、ありがたい。
キノコ以外を入れていた時は、ケイシの強い匂いがする茶色の液体になっていった。
しかし、寄生虫疑惑のあるキノコを放り込むとどろどろの粘液に変化し、色も茶色ではなく赤色が染み出てきた。
「ほら、両方からよくかき混ぜなさい」
自分は両手で掴む大きな木の匙でよく回す。
椅子に乗った妹は、自分のものよりも幾分小さな匙で回す。
ねるねるねるねるねる。
両足に力を入れて踏ん張る妹のしっぽがぴんと立った。
「お姉ちゃん! 色がだんだんピンクになってきたよ」
「ホントだ、なにこれすごい」
「焦げ付いちゃうから2人とも手を休めない! ここからが本番よ」
色の変わる面白さに、必死なって回していると、水分がだいぶ飛び、抵抗が強まる。今度は黄緑色に変化していった。
「明るいみどりだー!」
「この色・・・・・・メロン色だ」
「これでいいわよ。金属パッドに移しなさい。小分けにして手早くね」
師匠は自分で残り火の消火をすると、私たちに次の作業の指示をした。
パッドに延ばしたメロン色の固まりは堅い飴状で、網上の切れ目を入れたらあっという間に固まった。
切れ目のところに包丁の刃を入れて力を入れるとぱきりと割れて、少し透き通った四角いキャラメルがたくさんできた。
「ほわあああ。きれ~い」
「うまくできたようね。フラン、試しに1つ食べて見なさい」
「うん・・・・・・」
恐る恐る口に入れると、風邪薬の強い香りはなくなり、ふんわりメロンの味がした。
これは甘いキャラメルそのものだ!
「おいしい・・・・・・」
「うんまい!」
私はじっくり味わい直し、妹は耳を立てて喜びを表現する。
その様子を見ていた(気がする)師匠は、満足気だ。
「普通の薬は良薬口に苦しっていうけどね。魔法薬はよくできるほど甘くておいしい味になるのよ。あなたたち、耳としっぽを触ってみなさい」
「あ・・・・・・耳がない!」
「しっぽもないよ!」
「今回使用したマジョッコマッシュルームの量だと、効き目は1粒で約1日というところかしらね。日中はしばらくそれでなんとかなるでしょう」
なんということでしょう!
あれほど頑張っても姿を隠してくれなかった耳としっぽがないなんて!
魔法薬のすごさを初めて目の当たりにして感動に打ち振る一方、疑問も湧いてきた。
「なんでおばあちゃんは、最初からこの薬を作ってくれなかったんだろう・・・・・・」
そうすれば、あの嫌な神父に疑われることもなく、いじめっ子に耳を見られて追いかけ回されることもなかったのに。
「そうねえ、イクコは魔法薬を作ることを躊躇していたから」
「え、なんでー?」
「魔法薬は薬。一時的には人化を手助けしても、癖になってなんども服用するのは良くないわ。薬がなくても時間が味方してくれるならと、自力で変化できるのを待っていたのでしょう。それに・・・・・・」
魔法薬を作る道具のほとんどがワケ有りでね。
可愛い我が子のためとはいえ、魔法のために利用するのを良しとしないイクコを、道具はみんな慕っていたわ。
お釜師匠が遠い目になっている(ような気がする)脇で、妹がもう一つのキャラメルを口に入れようとするのを慌てて止めた。
「だめよシンシア。これは取っておくの」
「ええ~、だってこれ甘くて美味しいんだもん。もっと食べたいよう」
「お前等、何をやったんだ? この部屋中に広がる甘ったるい匂いは何だ?」
戸口には、トレードマークの制帽を被り、カーキの軍服をカジュアルに着崩した駐在さんが立っていた。