真夜中の少女
コツッ...コツッ...コツッ...
残業で遅くなった帰り道。
ちらりと見た腕時計の針は
午前二時を少し回っている。
昼間の騒がしさが嘘のように
静まり返っている住宅街。
その中を私は歩く。
私の足元を照らすのは
弱々しい光を放つ外灯のみ。
その光に急に心細さを覚えて
さらに足を早めた。
コツッコツッコツッコツッ...
小さな公園の入口。
無意識に足を止め公園の中を覗く。
がらんとした公園。
昼間とは、まるで違うその姿に
少し不気味な感覚を覚えた。
「....あれ?」
私の声が小さく響く。
公園の中ほどにあるブランコの前に
小さな人影がポツンと佇んでいた。
「おんな…のこ...?」
歳は、八歳前後だろうか。
長い黒髪は、みつあみで
フリルのついた長袖の白シャツ。
フワリと膨らんだスカートは
可愛らしいピンク色。
白のハイソックスと
真っ赤な靴が
月明かりに光っている。
もう一度、腕時計に目を落とす。
時間は、夜中の二時過ぎ。
そんな時間に少女が一人で
公園にいるものなのか?
私は、その少女を見つめた。
ポーンッ...ポーンッ...ポーンッ...
「いーち… にーい さーん…
しーい…ごーお…… …」
静まり返っている公園の中。
ボールをつく少女の声が
風に乗って微かに聞こえてくる。
「はーち…きゅーう….」
ポーンッ...
ポーンッ...
ポッ...
ポンッ...ポンッ...ポンッ...
コロコロ...
トンッ...
ボールが少女の爪先に当たり
入口の方へ転がってきて
私の足にぶつかると止まった。
少女の視線は
ボールを追いかけて
ゆっくりと私の方を見た。
真っ白な肌は陶磁器みたいで
切れ長のキリッとした目。
小さな唇は綺麗な桃色。
目を見張るような
美しさを持つ少女に
私は目も心も奪われた。
少女も私をジッと見つめてくる。
『あぁ…
ボールを取ってほしいのかな?』
我に返った私は
しゃがんでボールを拾う。
「…お姉ちゃん。一緒に遊ぶ?」
いきなり間近から声がした。
手を触れたボールのすぐ近くに
真っ赤な靴がある。
『え…?』
ゾワッと鳥肌がたった。
少女から視線を外したのは
ほんの数秒…
そんな短時間で音も立てずに
こんな近くまで来れるはずがない。
頭の先から血の気が引き
背中を嫌な汗が伝った。
「ねぇ...遊ぼ?」
《見ちゃダメだ!》
そう頭の中で警報が
鳴り響いているのに
私の体は上を向き始める。
小さい真っ赤な靴から
白いハイソックス
ピンクのスカート
フリルシャツ。
ボールを両手に抱えた私は
完全に上を向いた。
「…ねぇ、遊ぼうよ?」
少女が、にっこりと微笑む。
声を出したいのに
ノドが引っ付いて何もでない。
「そのお姉ちゃんは飽きちゃった」
斜め下に視線を流して
少しつまらなそうに発した
少女の言葉が引っかかる。
ソノ オネェチャン...?
ズシッとボールが重くなって
私は、恐る恐る下を見た。
「きゃぁぁぁぁぁっ!!」
手の中のボールが
女性の頭部に変わっている。
指に絡みつく長い髪の毛と
ヌルヌルとした血の感触。
そして、鉄の臭い。
まるで、たった今
切断されたような生々しさ。
恐怖に彩られた女性の
大きく見開かれた目が
私を見つめてくる。
投げ捨てるように、その首を落とした。
グチャッ...っと嫌な音がして
私は、その場にしゃがみこんで
胃の中のものを吐き出した。
あらかた吐き終えて
息を整えていると
また頭上から声が聞こえた。
「お姉ちゃん。私が遊んであげる」
完全に腰が抜けた私は
ただ力なく首を横に振る。
もちろん、少女を見ずにだ。
「お姉ちゃんなら、よく跳ねそう」
少女は、しゃがむことなく
ありえない体勢で
私の顔を覗き込んできた。
少女の目…
白目は赤く血の色に染まり
点のような黒目が
まるでカメレオンのように
左右別々にグルグルと回る。
小さな白い手が伸びてきて
髪を撫でたかと思うと
両手で力強く頭を掴まれた。
「お姉ちゃんのもーらった。
んふふふっ」
少女とは思えないほどの力で
私の頭を引っ張る。
首の筋が張って
ミシミシと嫌な音を立てた。
「痛いっ!!痛いぃぃぃっ!!
やめてぇぇぇぇぁぁぁぁっ!!」
「アハハハハハハハハッ!!」
大声で笑う少女の口の中は
私たちを囲んだ闇のように
ただただ真っ黒だった。
ブッツンッ…
それが私が最後に見た光景。
耳の奥で聞こえた嫌な音を最後に
私の意識は闇の中へ落ちていった。
「……いーち…
…にーい……
……さーん……ふふっ…」
ポーンッ…
ポーンッ…
ポーンッ…